2026/02/21
第二部では、第一部でご紹介したHK4TUCを題材とした、ドキュメンタリー映画『フォー・トレイルズ 72時間の挑戦』(原題:Four Trails、中題:香港四徑大步走。以下『フォー・トレイルズ』)のロビン・リー監督とのインタビューをお届けいたします。
ロビン・リー監督。2025年11月某日、コーズウェイベイ(銅鑼湾)にて。©Hong Kong LEI
自主制作のため、広告宣伝費もほぼなく、上映開始直後は、上映館も上映回数も少数に限られていた本作品。けれども、その評判は口コミによって瞬く間に広まり、ついには興行成績HK$1100万(約2億2千万円*)突破という、ドキュメンタリー映画として異例の大ヒットを記録しました。また、第43回香港電影金像奨新監督賞を始め、数々の賞も受賞しました。(LEI編集部でも大いに話題となり、こちらのコラムでも紹介しています)
コーズウェイベイにあるカフェに、気取らない格好で現れたロビン・リー監督は、とても物腰の柔らかい、丁寧な受け答えをしてくれるジェントルマン。彼が、あの熱量の高い『フォー・トレイルズ』を、どのようなプロセスを経て、成功に導いたのか、今回お話を伺ってみました。
2025年、第43回香港電影金像奨新監督賞を始め、香港で数々の賞を受賞しました。最初に監督と香港の関係を教えてください。
両親は英国人ですが、僕は香港で生まれ、香港島の南で育ちました。出身は、現在も多くの学生が通う国際学校、ESFアイランド・スクール。だから香港は僕の故郷ですね。
英国で大学を卒業しましたが、在学中にSNSに投稿していたビデオ作品が知り合いの目に留まり、CNN香港でインターンをしないかと声をかけてもらいました。それがきっかけで香港に戻り、その後はスポーツ映像撮影の仕事の依頼を香港で色々と受け、今に至っています。そうそう、日本にもスキー映像撮影でしょっちゅう行っていましたよ。
香港育ちのロビン・リー監督。撮影で日本にもよく行く機会があり、日本びいきだそう。©Hong Kong LEI
監督ご自身も、昔ラグビーをしていたりと、運動が好きなことがスポーツ映像の仕事をしている所以だと思いますが、『フォー・トレイルズ』制作の最初のきっかけはなんでしたか?
海外の山にスキーの撮影でよく行っていたんですが、香港にも山はあるし、何か撮影したいな、と思っていて。そんな時、ちょうど兄(本作プロデューサーのベン・リー氏。香港在住)がトレイル・ランを始めて、このクレイジーな「香港フォー・トレイルズ・ウルトラ・チャレンジ」の存在を知り、興味を持ったんです。
2017年に撮影が叶い「香港の4大トレイル、計298キロを60時間以内に走りきることができるか?」というランナー達の挑戦に焦点を当てた『Breaking 60: Challenging the Impossible』(“60時間突破:不可能への挑戦”の意)という45分の短編映画を自主制作しました。
『Breaking 60: Challenging the Impossible』(2017)と『フォー・トレイルズ』(2023)©LOST ATLAS
そこから、なぜ、同イベントを題材にした長編映画制作に至ったのでしょう?
2017年の『Breaking 60』から、2021年に『フォー・トレイルズ』を撮影するまでの間、「60時間の壁を越えるかどうかだけじゃない。物語はもっと壮大だ」と気づいたんです。プロのランナーじゃない、教授、エンジニア、会社員など「普通の人」が300kmを走り抜くという「普通じゃないこと」をやり遂げる。自分たちの限界に挑む。そのストーリーを伝えいと思ったんです。それは、『Breaking 60』では伝えきれていなかったので。
撮影は3日3晩、寝ずに走り続けるランナーたちを追いかけます。ドキュメンタリーはやり直しがきかず、失敗は許されませんが、撮影は計画通り運びましたか?
もちろん、計画通りになんていきませんよ!(笑)ランナーたちの走るペースは、自分たちの予想通りにはいきませんから。
ただ、僕は4つのトレイルを知り尽くしていましたし、12人の撮影クルーは全員知合いで、誰がどの場所で、どの瞬間を撮影するべきかなど事前の計画は万全でした。それにGPSのおかげで、各ランナーの位置もわかります。だから、ランナー達の進み具合を確認し、計画に変更・調整を加えながら撮影を進めました。
ただ、3日目は苦しかった。疲れが極限に達して、自分が下す変更や調整の判断が正しいのかどうか、よくわからない、ということが起こりました。
ゴール前で仮眠をとるロビン・リー監督。宿で仮眠中に、鳴り続ける目覚ましに気づかないというハプニングがあり、ここで寝ることにしたそう。©LOST ATLAS
でも、撮影よりも、一番苦しかったのは編集作業で、というお話を聞きました。
そうですね。まず、「山の中での撮影」という自分が大好きで得意な事から始めたわけです。その時には、その後にくる長編映画編集の大変さや、お金がすごくかかることを、よく考えていなかった。でも、だからこそ、自主映画制作のスタートをきることができたんでしょうね(笑)。
自費での制作ですから、普段の自分の仕事をしながら、『フォー・トレイルズ』の編集作業をしていました。仕事と編集作業を行ったり来たりなので、編集に没頭しても、途中で仕事のために一時中断。そしてまた、映画の編集を始めて集中力を取り戻す……。編集に2年かかりました。
どういうものを目指して編集していましたか?
まず、物語をタイムレスなもの、つまり2021年だけではなくて、いつ見ても面白いと思えるストーリーにしたかったことが一つ。
あと、観客がランナー達と一緒に走っているように感じられるよう考えました。ドローン撮影を使用して、道の険しさなどを見せているのも、その一例です。
ドローンを使ってランナーを撮影 ©LOST ATLAS
それから編集作業は最初の90%に1年、残りの10%にもう1年かかりました。それというのも、最後、小さな細かい点まで、自分でできる限りの力を尽くして完璧にしたかったから。映画を見ていて「何かがしっくりこないな」って思うことがたまにあるでしょう? 音楽なのか、色味なのか、自分では何だか特定できないけれど、そこにある違和感。僕は、観客が一切、そういう違和感を感じない完璧なものを作りたかった。彼女に「これですごくいいと思うわよ。どうしてそんな誰も気にしないような細かい点にこだわるの?」って言われました。でも「納得がいくまでやらなかったら、自分に腹が立つだろうから」と思って。ランナー達の幻覚症状が出るシーンや、背景の音楽も、そうやってこだわって作ったものです。
映画は大成功を収めました。ご自身では、何が成功した要因だと思いますか?
最初、「ドキュメンタリーはつまらない」とか「なんで映画館でわざわざドキュメンタリーを見るの?」とか、何度もいろんな人に言われましたよ。
でも『フォー・トレイルズ』は見ていて興奮します。驚きもあり、エンターテインメント性も高いですよね。それに、あまり知られていない、山道から見える美しい香港の自然。それを香港の人々が誇りに思ってくれて「海外にいる家族や友人に見せたい」と多くの人に言ってもらいました。
ランナー一人一人のキャラクターやストーリーも際立っていると思います。故に観客それぞれに、自分の感情に訴えてくる、お気に入りのランナーがいます。「僕はサロモンが好き」「わたしは、ニッキーの姿に感動した」というような。
そして、彼ら「普通の人」が「普通でないことを成し遂げる」姿を見て、観客は「明日、自分も何か一つ頑張ってみようかな」という前向きな気持ちで映画館を後にしてくれたんじゃないかな、と思っています。
ロビン・リー監督。とても物腰の柔らかい紳士だ。©Hong Kong LEI
**インタビューを終えて**
2025年、この映画を観た多くの観客が、鑑賞後に「面白かったよ、ぜひ見て!」と周囲に勧めている姿を、筆者自身が目の当たりにしたのを覚えています。そして自身も鑑賞後、周囲に勧める一人となりました。
今回、監督の「細かいところにまでこだわり、観客が少しの違和感も感じない、完璧なものにしたかった」という言葉を聞き、なぜ作品の評判がここまで広まったのか、納得させられました。
2026年、新春。『フォー・トレイルズ』を見たわたし達が、監督の言葉やランナー達の姿に触発され、何か新しい目標を掲げ、挑戦をやり遂げ、その中で新しい景色を発見する。そんな素敵な年になるといいな、と思いました。
*1HK$ = 20JPYで換算(2026年2月)
取材・文 小林杏 (編集部)
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