2025/03/01

今月から、Hong Kong LEIライターのリンダと杏が、ぴーちくぱーちくお喋り感覚で最新の香港映画をご紹介するコラム《リンダと杏の香港映画ぴーちくぱーちく》が始まります。

映画評論家ではないけれど、香港映画に対する愛と情熱では誰にも負けません! と言うリンダと、気になる映画に関しては、とことん知り尽くしたくなる杏。そんな二人が、香港在住者の視点で、映画の背景となる香港の文化的事情やその歴史、そして知ると楽しいトリビア等を楽しく語り合い、読者の皆様にご紹介します。これを読めば香港映画が、そして香港が、もっともっと楽しめるようになること請け合いです!


記念すべき第1回は、『ラスト・ダンス』(原題:破・地獄)。2024年12月、公開から1カ月足らずで香港映画の最高入場者数を更新。さらに第43回香港のアカデミー賞こと「香港電影金像獎」で最優秀作品賞を始め18部門にノミネートされた超話題作です!

(参考情報:英題 THE LAST DANCE/2024年/広東語/127分)

 

香港の葬儀屋さんってどんな感じ? 感想とあらすじ

杏:公開当初から『ラスト・ダンス』は凄い人気。平日の午前中に見に行ったにも関わらず映画館はほぼ満席だった。でも正直、わたしには腑に落ちない部分がいくつかあって、そこまで夢中になれなかったかな。
ウェディングプランナーだった主人公のドミニク(ダヨ・ウォン/黄子華)が、コロナの影響で失業。葬儀プランナーとして働き始めて、そこで実際に儀式を執り行う文哥(マイケル・ホイ/許冠文)とパートナーになる。彼はこの映画のもう一人の主人公だよね

©2024 Emperor Film Production Company Limited. All Rights Reserved.

リンダ:香港の伝統を重んじ、頑なに守ろうとする頑固オヤジの文哥と葬儀に新しいアイデアを持ち込もうとするドミニクが衝突しながら、さまざまな死や家族のドラマに直面するっていうお話。わたしはこれまで観た香港映画の中で1、2を争うぐらい好きかも~! 3回観たけど、まだ足りない!

杏:まず原題の『破・地獄』って、とてもインパクトのある原題だけど、何故に地獄?

リンダ:『破・地獄』は道教のお葬式でやる儀式の名前なの。香港で一般的な宗教は道教で、その考えではまず、死者は地獄に行く。で、映画に出てくるあの儀式で地獄の扉を破って救い出すことで、晴れて輪廻転生ができるっていう考えかたらしい。

杏:なるほどね。日本とは全然違って映画の中の葬儀はかなり賑やか! 見たことのない独特な香港の儀式や習わしは、とても興味深かった。

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リンダ:日本人には馴染みがない慣習がいっぱい出てくるよね。それが腑に落ちなかった一因かもね。わたし、香港のお葬式の出席・喪主の経験アリ。この時に得た知識に加え大学で勉強した香港の歴史のトリビアも引っ張り出して、この素晴らしい映画を力いっぱい紹介しますー!

 

人生の様々な悩みを見事に描き出すストーリー

杏:香港アカデミー賞で最高作品賞と監督賞、そして脚本賞にもノミネートされているよね。

リンダ:だって、ストーリーが素晴しいもん。主演のふたりが衝突しながら、さまざまな事情がある家族の葬儀を手掛けるんだけど、その過程で人生のいろんなジレンマがあぶりされて、さらに彼ら自身もいろんな問題に直面して、答えを出そうともがく。
伝統と革新のどちらを選択すべきかとか、男女格差、不倫、同性愛、子の死、毒親、高齢出産、介護……。正解不正解がないけど選択しなければいけない、そんな状況がいっぱい出てきて、切なさマックス。

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杏:だれでも、人生のどこかでぶち当たりそうな問題だね。

リンダ:そうなのよ~!「人生、こういうことあるよね、あなたはどう思う?」って問いかけてくるの。それぞれのエピソードは監督が見聞した事実に基づいていて、リアリティーたっぷりだし。この映画の醍醐味は、凄みのある人生ストーリーにあります!(断言)

 

香港式お葬式の不思議:なんで紅磡? なんで土葬?

杏:映画の舞台、紅磡(Hung Hom)は九龍半島東部にある「紅磡」の街だよね?

リンダ:そう、地下鉄と列車の駅があるあの紅磡。駅を降りて東の黄埔(Whampoa)は日本人も多く住むエリアだけど、北側は葬儀の街。「棺桶ストリート」なんて呼ぶ人もいるくらい(笑)。葬儀会場、花輪屋、棺桶屋など、葬儀に必要なもの全てがぎゅっと詰まった街。
かつて新界の公営大規模墓地に直行できる通称「棺桶列車」が走る路線があって、紅磡はその始発駅。つまり、紅磡でお葬式を挙げれば、そのまま棺桶を電車にのせて墓地に移動できたわけ。

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杏:葬儀の町だなんて知らなかった! しかも棺桶って……つまり火葬ではなく土葬ってこと?

リンダ:香港で火葬が一般的になったのは1980年代。「死体を傷つけると転生できない」という考えが強くて、なかなか浸透しなかったらしい。

杏:へー! そういえば、映画の中ではお墓を掘り起こして、骨をきれいにするシーンもあったような……。

リンダ:お墓を掘り起こすのは「二次葬」[1]という昔ながらの埋葬方法。今でもそういった埋葬方法を選ぶ人がいるっていう描写じゃないかな。

 

軒並みアカデミー賞ノミネートの俳優陣

杏:俳優陣も見どころだよね。主演の黄子華(ダヨ・ウォン)は前作『毒舌大状』や『飯戲攻心』も大ヒット。ここにくるまで苦節数十年。芸能界引退を決意した後にブレイクしたという経緯を知っているとさらに味わい深い。

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リンダ:そうそう。彼はいつでも弱い庶民の代弁者。『毒舌大状』での「Everything is wrong!! (何から何まで、間違ってる)」っていう雄叫びは、香港では流行語にもなったね。今回もラストで権力に対してぶちまけていてスッキリした~。

杏:それから80年代日本で大ヒットした『Mr. Boo』こと許冠文(マイケル・ホイ)もダブル主演で、現在82歳。頑固オヤジっぷりがいい演技ですごく説得力あった。久しぶりの映画出演について、「お金がなかったから、出演を決めた」なんて言う冗談も彼らしい。

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リンダ:香港アカデミー賞の主演男優賞にノミネートされたのも、さもありなん。

杏:衛詩雅(ミシェル・ワイ)も主演女優賞にノミネート! ジュエリーショップの店員からモデル、女優に転身。さらにアカデミー賞ノミネートの直後にお医者様と結婚、というシンデレラストーリーを地で行く彼女。

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リンダ:ミシェルの兄役の朱栢康(トミー・チュウ)はお正月映画『祥賭必贏』にも出演しているんだけど、演技の幅が広すぎて、同じ人だと気づかなかった。いい俳優!
あと、息子の死を悼む母親役、韋羅莎(ローザ・マリア・ヴェラスコ)の迫真の演技には胸打たれたわ~。
この映画を観るだけで、今の香港映画で輝いている俳優陣を網羅できちゃいそう。

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杏・リンダ:いや~香港映画っていいものですね! それでは、また来月!

 

[1] 死者を一度、土葬などで葬ったのち、数年後に死者の骨を洗い(洗骨)、再度埋葬する風習。香港を含む東南アジアの風習で、日本の一部でも行われていた。

 

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