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2026/07/20

聞き手:紅磡リンダ
編集:野津山美久


〈目次〉

〈世界を目指し、自分で決めた道へ〉
〈ドラゴンボートとの運命の出会い〉
〈究極の団体競技〉
〈北澤さんに3つの質問〉


〈世界を目指し、自分で決めた道へ〉

「こんにちは! 」インタビュー場所に指定された村に向かう道すがら声を掛けてくれた、ほっそりした朗らかな女性が北澤さんだった。香港を拠点に世界を飛び回るフライトアテンダント、そして香港の伝統競技である「ドラゴンボート」の漕ぎ手という2つの顔を持った女性だ。本業で30年、ボートで20年という長いキャリアを築いている。

北澤さんは新潟県出身学生時代はバスケットボールに心血を注ぎながら、世界を飛び回っていろいろな国に行ってみたいという夢も抱いていた。短大卒業後は団体勤務をしながら機会をうかがい、香港を拠点とする外資系航空会社に合格。実家にも事後承諾で、迷わず香港への移住を決めたという。「昔から自分の道は勝手に決めてきたんです」と、笑顔の奥にさらりと芯の強さが垣間見えた。

北澤さんが越してきたのは90年代初頭の香港。勤務のベースはビル群をかすめるように飛行機が発着陸していたカイタック(啓徳)空港だった。街は今より雑然としており、職場もコンプライアンスとは無縁。「スチュワーデスの訓練生が教官や訓練生仲間にしごかれながら成長する姿を描いたTVドラマがありましたよね、あの世界そのものでした」

移住してきたばかりの頃の香港。 左が北澤さん

また、意外なことにフライトアテンダントは孤独な仕事だと彼女は語る。つのフライトごとに、毎回異なるクルーとチームを組み、スタッフもその場限り。フライトが終わればそれぞれの場所に散っていく。完璧なサービスを求められる『個』の仕事であり、同僚と深い人間関係を築くことは難しかった。世界を飛び回る夢を叶えた充実感の裏側で、北澤さんはどこか、寂しさを覚えてもいた。

 

〈ドラゴンボートとの運命の出会い〉

その一期一会の連続の中で、北澤さんの心の拠り所となったのが、香港の伝統競技である『ドラゴンボート』だった。当時の同僚に誘われて行ったのが、その後20年以上在籍することになる、在香港日本人のドラゴンボートのチーム『日本龍』との最初の出会いとなった。試乗の時、パドルで水を掻き船が動くと「おお、進む! 進むぞ! これ、楽しい」と心に響くものがあったという。しかもその日は『進水式』の日だった。

ドラゴンボートを始めたばかりの北澤さん(右列ネイビーブルーのキャップ姿)

ドラゴンボートはもともと中国の伝統的な行事が、香港でスポーツとして体系化されたもの。そのため昔ながらのしきたりにのっとり、シーズン中の安全とチームの活躍を祈願する『進水式』という儀式が行われる。

「天后(海の守護神)の祠にお参りしたり、村の長老が出て来てドラゴンの目入れの式をしたり、ボートに乗って祠に向かって3回往復して漕いだり。初めての異文化体験に心躍りました」

学生時代にバスケットボールで味わった、「仲間と同じ目標に向かって時間を積み重ねる感覚」が蘇った。フライトはいつも異なるメンバーとの仕事だが、ボートは同じ仲間と愚直に練習を積み重ねていく団体競技。「この場所があれば、香港でバランスを取って生きていける」と直感した。

北澤さんはボートの魅力にどっぷりはまっていった。練習日を確保するために、滅多に回ってこない人気の便を、同僚が嫌がる不人気の便と交換するなど、仕事も調整。むさぼるように練習した。その甲斐あってか、チームは着実に力をつけていき、当時は男子、女子、ミックスチームそれぞれでレースに出場。表彰台を狙える好チームとして存在感を示していった。

 

〈究極の団体競技〉

ドラゴンボートは10〜20人で息を合わせて漕ぐ、究極の団体競技だ。しかし『日本龍』は日本からの駐在員など、短期から長期まで滞在期間も異なるメンバーが中心。その背景も生活スタイルもさまざまで、チームをまとめるのは簡単ではない。北澤さんはフラットメイトがキャプテンになったことに伴い、自然とアシスタント的な役割を任されるようになった。

「リーダーというより『縁の下の力持ち』なんだと思います」と自己評価する彼女は、「ちょっとでもサポートできてたらいいなぁと」そんな思いでチームに関わるうちに、いつしかチームから『サポートおっかさん賞』を贈られるほど、チームにとってはなくてはならない存在になっていった。

同時に、北澤さんにとってもドラゴンボートはかけがえのない存在だ。
「仕事は社会との繋がり。そして、ボートは私にパワーをくれるものです」

彼女は「ただ好きで漕いでたら、ここまで来てしまった」と笑うが、フライトでは自分を張り詰め、『個』として真摯に向き合う。そして、すり減った心身のバッテリーを海の上で仲間と一丸となることで充電する。この2つのサイクルを循環させて、彼女は自分で決めた道を、決めた当時と同じ芯の強さで進んできた。

迫力満点の近年の北澤さん(手前列前から2番目)とチームの様子。

「太鼓の音に合わせ、全員の息がぴったりと揃った瞬間、水面を滑るようにボートが加速します。メンバーの動きがバラバラだと、早く進まない。全員が、同じペースであることで初めて成功するんです。ドラゴンボートが究極の団体競技と言われる所以です。全員の動きがビシっとハマった時に生まれる凄まじい推進力は、何度経験しても心が震えるほど感動します。『仲間と一つになる』快感があるから、20年以上経った今でもやめられないんです」

 

ドラゴンボートを始めた当時、進水式の儀式をしてくれた長老たちはもういない。香港の街はすっかりきれいになり、空港はランタオ島に移転した。そして、北澤さん自身も今ではインフライトサービスマネージャーとして客室の最高責任者となった。30年でいろいろなことが変わったが、北澤さんは昔から変わらぬ「仲間の動きがビシっとハマる瞬間」をバッテリーに、今日も世界の空へ飛び立ち、香港の海へ漕ぎ出している。

北澤さん近影。今日も元気に世界の空を駆け巡っている。

 


〈北澤さんに3つの質問〉

 

Q1 ボートの上から陸を眺めることが多いと思いますが、そこから見て一番きれいな香港のエリアはどこですか?

きれいな場所はたくさんありますが、一番は陸が美しく見えるのはスタンレー(赤柱)かなと思います。 海からすっと立ち上がる山が見えて、そこにレジデンスがあって。ビクトリアハーバーも良いですが、ちょっとありきたりなので、やっぱりスタンレーを推します!

 

Q2 日本から香港を訪れた友人を必ず連れて行く場所はありますか?

私はトレッキングもたしなむのですが、山関連の人だったらピーク(山頂)に、ボート関連の海派の人にはスタンレー。 ピークならば夜、トラムで行くのが好きです。ピークから見る海もきれいで大好きです。

 

Q3 『日本龍』はどんなチームですか?

昨年35周年を迎えた、日本人が中心となったチームです。メンバー数は40人ほどで、うち女性が14人です。練習は基本、週末に1回。ただ、進水式から大きなレースがあるピークシーズン中は、土日の週2日練習しています。香港人のチームの練習や、夜練にもジョインさせていただいたりもしているんですよ!

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3 件の意見

  • 木船亨 より:

    早苗さん、素晴らしいお話を有難うございました。銅鑼湾のビクトリア公園内のランニングコースで時々お会いして、凄いなと関心していましたよ。制服姿は初めて見ました。素敵さが益々美しいです。頑張ってくださいね❤️

  • Tomoko より:

    コメントありがとうございます!

  • HK Panda より:

    香港で生きる日本人後輩として、龍舟チームメイトとして 元気で活躍してる北澤さんを応援してます。

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