2024/06/20

Tasting Table Japan Premium

「Hong Kong LEI – Cover Story」は、香港で輝いている人をご紹介するシリーズ企画です。当記事は、健康と食の安全をお届けする Tasting Table Japan Premium より当企画への賛同と協賛をいただき制作しています。


廃墟は五感を研ぎ澄ましてくれる場所


目次

〈マルチな才能を持つ現代の探検家〉
〈コロナがきっかけを作った廃墟との出合い〉
〈五感を研ぎ澄ます廃墟〉
〈サシャさんに3つの質問〉


〈マルチな才能を持つ現代の探検家〉

サシャ・ヤスモトさんはフォトグラファーであり、現代の探検家だ。キラキラと茶目っ気のある瞳を持ち、笑顔で探検を語る彼女が巡るのは、香港のそこかしこに残る廃墟。わたしたちが通常イメージする探検は野生や未開の地を対象としているが、サシャさんのように都市に放置、遺棄された人工的な構造物を対象に探索する活動は「Urban Exploration(都市探索)」と呼ばれ、近年人気を集めつつある。

(写真提供:Sacha Yasumoto)

サシャさんは香港に存在する400以上の廃墟を探検し写真に収めている、香港の都市探索グループの中心人物のひとりだ。しかし、彼女が持っている顔は探検家、フォトグラファーだけではない。サシャさんは非常に鋭敏な感覚を持ちあわせており、日本料理、イタリア料理、アロマセラピー、二胡、フラワーアレンジメント、クリスタルリーディング、リフレクソロジーなど五感を刺激する様々な分野で講師を務めるマルチタレントな女性なのだ。

サシャさんは英国北部、チェシャー州の出身。州都こそ賑やかだが、車で数十分走ればのどかな田園風景が広がる美しい地域だ。幼少期から、近所に点在する廃墟を遊び場にしていたという。一方で、アートに造詣の深い父親のコレクションに囲まれて育ち、さまざまなインスピレーションを受けた。

大学卒業後、イギリスのテレビ業界で働いていたサシャさんは20代後半、変化を求め海外へ飛び出した。彼女が選んだ旅先は日本。英語を教える傍ら、英国大使館から依頼を受けてイベントを手掛けるなど、さまざまな分野でパワフルに活躍した。日本語を習得し、日本人の夫と出会ったのもこの時だ。その後、夫の転勤に伴い豪シドニー、さらに香港へ居を移したが、どの地でも教室やイベントを主催し、精力的に活躍した。

サシャさんの作品は、5月に開催された「Affordable Art Fair」にて Grey Walls Gallery から出展された。

〈コロナがきっかけを作った廃墟との出合い〉

そんな彼女のライフスタイルを覆したのが香港で遭遇したコロナだった。当時仕事としていた料理教室などの活動ができなくなり、家に閉じ込められた。「あの時は本当に意気消沈していました。そんな時、息子が気分転換を勧めてくれたんです。キッチンの窓の外を指して『ママ、あの家誰も住んでないんだよ。行ってみよう』って。身近な場所から廃墟という非現実な場所が見えることに、興奮しました」。ふたりは翌日、早速その場所を訪ねた。

山歩きののち目的地に辿り着き、壊れたドアから中に入ると、敷地内には古い型の車、廃屋内には食器、家具など生活感が感じられる遺留品が多く残っていた。サシャさんはかつての住人達と彼らの暮らしぶりに思いを馳せた。

「例えば、化粧台。わたしにはその化粧台が新しかった時が目に浮かびます。どんな人がそこに座り、化粧をしていたのか。家族と何を話していたのか、などに思いを巡らせます」

(写真提供:Sacha Yasumoto)

サシャさんは夢中でそれを写真に収めた。その後、Facebookで香港の廃墟を巡るグループがあることを知り、すぐに加入。持ち前の行動力と廃墟への情熱は仲間から「Unstoppable Explorer(停止不能の探検家)」と称され、あっという間にコアメンバーの一人となった。サシャさんはこのグループの活動を通じて現在までになんと400もの廃墟を訪れ、写真に収めている。

〈五感を研ぎ澄ます廃墟〉

廃墟の魅力は「そこにかつて人が存在した『記憶』だ」と語るサシャさんは、彼女の優れた五感を活かし、独特な方法でそれを伝える活動をしている。例えばサシャさんが出版した廃墟の写真集。彼女は廃墟にかつて生活した住人の生活をイメージし、オリジナルの香りを調合した。そして、その香りを扇子にまとわせ、写真集の付録としたのだ。

「廃墟に住んでいた住人たちの暮らしぶりを写真で見ながら、この香りをかぐことで読者の嗅覚が刺激され、廃墟と失われた生活への没入感が増すんです。わたしは洗脳と呼んでいますが(笑)」

廃墟を使ったイベントも行っている。香港の地元メディアにも紹介されるほど知られるようになったのが、Dangerous Dinnerと称される廃墟でのディナーだ。暗く整備されていない山の中、野生動物に遭遇する危険もある場所に目隠しをされながらやってきて、食事をするという趣向だ。開催場所を徹底的な清掃と害虫駆除を施し、食器やテーブルなどを廃墟に運び込む。提供するのはフランス料理にクラシック音楽の生演奏。キャンドルの下でいただく、ハイクラスなディナーだ。


Dangerous Dinner の様子。(写真提供:Sacha Yasumoto)

「廃墟のような危険で非日常的な場所にいると人間の五感は研ぎ澄まされます。しかも暗闇の中ですから、その効果は増します。味覚が敏感になり、料理を深く味わえます。音楽の聴こえ方、ゲスト同志の会話も普段とは異なる感じ方になります。深いレベルで廃墟の魅力を感じてもらえます」

もうひとつのイベントGrey Walls Gallery も同様のコンセプトに基づいている。これは彼女のアート作品を廃墟に展示し、45分という短い時間のみ展示するという風変わりなギャラリーだ。これも非日常な環境に囲まれ、感覚を敏感にした上でアートを味わって欲しいというサシャさんのこだわりの表れだ。

そんなサシャさんの最新の計画は「デジタルデトックス」。香港の廃墟でサシャさんのゲストたちが体験する五感の目覚めをさらに一歩進めた試みだ。廃墟を改装した宿泊施設で、ゲストに一定期間スマートフォンやパソコンなどのデジタル端末と距離を置いてもらい、心と体を癒やしてもらう。サシャさんはすでに緑あふれるイタリアの田舎に土地を確保。そこにある廃墟をリトリート(癒しの場)として生まれ変わらせている。

廃墟でのセルフポートレート。(写真提供:Sacha Yasumoto)

〈サシャさんに3つの質問〉

Q1 日本滞在中の、印象深いエピソードはありますか?
日本では日本料理や中華料理、フラワーアレンジメントの一つ「花くばり」や二胡など、いろいろ勉強しました。梨園の方と知り合い、彼女を通じて歌舞伎や日本文化を学べたのはとてもよかったです。彼女は90歳代なんですが、今でも交流があるんですよ。

Q2 廃墟を探索する際に気を付けている点はありますか?
廃墟には絶対一人で行ってはいけません。危険だからです。階段が崩れ落ちたり、地面に穴が開いたりする可能性があります。それから、手袋は必ず使います。太陽から肌を守るためというのが一番、また廃墟はカビやバクテリアだらけなので、手袋なしでは何も触れません。動物の死体が転がっていたり、ネズミ駆除剤が撒かれていたりすることも多いので、素手は本当に危険なんです。

Q3 廃墟はどのように探すのですか?
Urban Explorer では廃墟の場所は絶対明かしてはいけないというのが鉄則なので、探すのは簡単ではありません。ハイキングに出てたまたま見つけるという場合もありますが、新聞記事を利用する場合もあります。日本の新聞で、コロナの影響である地方の温泉宿が軒並み廃業したという記事を読んで実際に行ってみたりもしました。日本、香港などアジアの廃墟は建物に住人の持ち物が残っていることが多いので、興味深いですね。欧州の廃墟はたいてい建物だけが残っていて、中身は空なんです。

(写真提供:Sacha Yasumoto)

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