2023/04/04
インタビュー:画家、江上越さん
インターナショナルに展開する日系ギャラリーWhitestoneで若手実力派アーティスト、江上越(えがみ・えつ)氏の展示会「The Philosophers」(2023年3月17日~4月6日)が開催中だ。彼女の作品は展示会が開催される前に完売になるほどの人気。今回は、ご本人がギャラリーにいらっしゃるというのでお話を伺った。
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「The Philosophers」
渋沢栄一の著書「論語と算盤」から着想を得て、中国の春秋時代(前770〜403)末期から戦国時代(前403~221) に輩出された思想家の油絵肖像画と、格言を書で表したコラボ作品。油絵は江上越氏作、書は中国人書家のJY氏作。
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初めて遠くから見た江上さんは、物静かで、でも決して弱くなく、内に秘めた闘志が青い炎となり静かに燃えているような、そんな印象を受けた。1994年千葉県生まれ。2020年に、Forbesが選ぶ30歳以下の世界を変える30人に選出された。北京・中央美術学院で学び、北京語、英語を操る。フランス、イギリス、ドイツなどでも創作活動をしてきた彼女は広い視野と視点を持つ。
ーなぜ北京を留学先に選ばれたのでしょうか?
江上氏:高校時代に、北京オリンピックがあり、アジアの中でも中国の現代美術が注目された時期でもあって、見ていくうちにとても新鮮に思えてきました。わたしは、日本の近代洋画家の安井曾太郎や岸田劉生が好きで、東洋的な油絵ってなんだろうと考えていた時に、中国の現代アートに共通点を感じて、この違和感が何かを知りたくて、北京の中央美術学院に留学しました。中国で一番古くて、一番良い美術大学なんですよ。でも、行ってみると古典的な手法や基礎に重きが置かれていて、日本と基礎の捉え方が違っていました。解剖学も学び、人物像を描くときに骨格から描くことを繰り返し訓練しました。現代アートを学びにきたのに、なぜこんなことばかりしなければいけないのか、よくわからなくなることもありました。
ーご自身の今のスタイルを確立したのはどういうきっかけだったのでしょうか?
江上氏:絵画の世界はほぼ全てのことがやり尽くされているので、その中から自分のスタイルを見つけていくのは本当に大変で、かなり時間がかかりました。でもわたしは基礎を徹底的に学んだおかげで、その中から見えてくるものがあったのですが、そうですね、スタイルは探してはいけないと思います。わたしは絵を描くのが好きで、リラックスして描いていく中で偶然に「このパラレルのラインって面白いな」っと思える瞬間が出てきて、自分の世界観の中で発見があったり、進化したりしました。自分自身をみつめることが大事なのではないでしょうか。
ー江上さんの絵は油絵ですが、普段見る油絵とは違いますね。
江上氏:普通オイル絵の具は重ねて塗っていきますが、わたしは流れるように描くストロークを大事にしています。文化庁より派遣されてボストン美術館に行った時に、「これは『書』からきてるのですか?」と聞かれたことがありました。小さい頃から書を勉強していたので、関係しているかもしれません。見る人によってはグラフィティーのようにラフに描かれてると思われるかもしれませんが、全ての線と曲線は油絵の歴史的背景や色彩の関係性、解剖学などに裏打ちされたものなので、専門家が見たらわかるのではないかと思います。でもだからと言って専門的に見て欲しい訳ではなく、見る方が自分で自問自答して行くことが必要だと思います。一つの答えがあるのではなく、年齢や背景によって見え方が違ってきます。
ー今回のテーマは元々、渋沢栄一の「論語と算盤」に着想を得たという話ですが、お若いのになかなかシブいですね。
江上氏:この年齢でなかなかいないですよね(笑)。元から哲学は好きで、ステイホームの時期に本などをよく読むようになりました。言葉って人を動かすし、影響力も持ちます。コレクターの中でも歴史的な論語などが好きな方がたくさんいらっしゃって。それが古いものではなく今に息づいています。だから渋沢栄一が1万円札になるとか、テレビでも取り上げられていた時期に「論語と算盤」が流行っていて、わたしも当然のように手にとったのですが、とても新鮮に思えました。その時に『諸子百家』が思い浮かび、孔子などが語る人間の知恵が、今も通じるものだと思いました。乱世の多様性と共存などのテーマが、時代の転換期を迎えている現代のわたしたちにも共通していると思いました。その後、儒教や老荘思想などをリサーチして、思想家のカラーであったり、人間性などを絵に反映するようにしました。今回の作品は『油絵と書』と言う全く違うもの同士が組み合わさった1つのコラボ作品になっています。現代アートは作家が同時代を生きていることが大事で、常に時代の事象を反映しているのが醍醐味なのです。
ー江上さんの作品は「コミュニケーション」が一貫したテーマだと伺っています。
江上氏:はい。わたしはドイツやアメリカやフランスなどで生活したことがありますが、言葉が通じなくても、通じても、コミュニケーションというのにとても苦労してきました。アートを通してコミュニケーションを問題定義していきたいです。
ー江上さんの肖像画を見るときに近くで見ると何が描かれているかわからないけれど、少し離れて見ると見えてくると言う人もいました。
江上氏:最初ストロークを始めた時は「わからない」と言う人もたくさんいました。でも自分の中でその道を信じて描いていく中で、海外で生活して同じようにコミュニケーションの難しさを感じた人がだんだん共感してくれるようになってきました。わたしの絵は近くにいくと、ストロークなど細かいところがよく見えます。コミュニケーションも同じで近くに行けばよく見えますが、本当のコミュニケーションは距離を知ることではないかと思うのです。一定の距離をとることで心地の良い関係性が見えてくる。それはわたしの絵も同じです。
ー実際に立ち位置を変えてみて見ると、まるで絵画と対話しているようで、面白い現象だと思いました。
江上氏:わたしも日によって自分の作品をどこから見たいかが変わるんですよ。そうすると見る場所や見る状況によって受け取り方も違いますし、やはりその場の質感やリズム感、そして絵のバイブレーションというのが存在すると思います。みなさんがどのように受け取られても良いのですが、それがわたしの作品の一貫したテーマでもあるコミュニケーションです。ぜひ実際ギャラリーに来て、ここの空気感も含めて味わっていただきたいです。
インタビュー:画家、江上越さん
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