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2025/10/08

香港の老舗の歴史にまつわるお話を香港老舖記錄冊 Hong Kong Historical Shopsさんとのコラボでご紹介したいと思います。香港老舖記錄冊さんは、Facebookなどで香港の歴史的なお店を独自で取材して発信しています。香港文化の象徴として老舗の存在は欠かせない、老舗が存続していくことが香港の文化を盛り立てることだと言います。香港を愛するHong Kong LEI編集部のわたしたちもまた、昔から愛され続けている香港で誕生した商品が、どんな会社によって作られ、どんな背景で誕生したのか、また、どんなところで、どんなふうに作られていたのかなどを垣間見たくなりました。題して「香港オタクのための愛すべき香港老舗の歴史をたどる」です。でも長いのではしょりまして(笑)「香港老舗の歴史をたどる」と命名いたしました。どうぞよろしくお願い申し上げます。


今回ご紹介するのは、2025年4月に閉店した菓子販売店「新美廉」です。SARSやコロナ禍を経て、厳しい状況の中でも50年営業してきたこの店。存続を願う声がある中で、店主はこう言ったそうです。「(新美廉は)美しい始まりであり、完璧な終わりだった」。その言葉にどんな思いが込められているのでしょうか?


創業:1975年
業種:菓子販売
住所:元朗 壽富街71号 元発楼 地下5号店
執筆・撮影:Kiko

伝統的な菓子店「新美廉」は、元朗の中心地に位置し、周囲には塾、市場、住宅、学校が立ち並んでいました。お菓子は世代を問わず好まれる食品であり、ここには幅広い客層が訪れます。放課後の学生が好きなお菓子を選び、一日の疲れを癒す姿。買い物帰りの主婦が家族のためにお菓子を買い足す姿。祖父母が孫を連れてお菓子を選ぶ光景――。その小さな店は地域の生活に溶け込んでいました。しかし、新美廉は2025年4月に閉店し、そうした風景は元朗の人々の集団的な記憶に刻まれることとなりました。

新美廉は元朗で33年、店自体は50年の歴史を持ちます。1975年、林氏が葵涌・石蔭邨で創業し、妻や義弟の余氏と共に経営を開始。当初は主に雑貨店への菓子卸を行っていました。1990年代、香港各地で零食の直販が盛んになる中、元朗ではまだ普及していなかったため、林氏は新たな市場を開拓。余氏は幼少期に元朗で学んだ縁もあり、知人の紹介で元郎の壽富街に出店しました。石蔭邨の再開発に伴い本店を閉め、以降は元朗店に注力。余氏、林氏の子どもたち、林夫人、そして一人の従業員で経営を続け、元朗に新しい賑わいをもたらしました。

時代とともに経営形態は変化。看板には「食品批発公司(食品卸会社)」と掲げ、創業当初は卸売中心でした。当時は菓子の種類も少なく、特定商品をまとめて扱えました。やがて小売へと転換し、品揃えは多様化。物流の発展や中国本土での製造拠点拡大によりコストを削減、海外製品との価格差も縮まりました。社会の変化も大きく、生活水準の向上により、かつて安価な菓子しか買わなかった層も日本製品を選ぶようになりました。大きな打撃は2000年代以降、大手企業による団地商場の買収です。団地内の雑貨店や軽食屋が相次いで閉店し、新美廉は固定の卸先を失いました。物流コストの負担も重く、小規模店が大手代理店と競うのは難しく、卸から小売へと方向転換せざるを得ませんでした。

新美廉には長年の経験と元朗に根ざした信頼関係がありました。新しい代理店だけでなく、伝統的な製菓業者とも取引し、珍しい昔ながらの菓子(卵花酥、生仁糕、花生酥など)を扱いました。新式店舗では対応できない取引条件にも柔軟に応じ、伝統菓子を供給できる強みを発揮しました。地域の人々にとっても、新美廉は大切な存在で、学校や団体がイベント時に菓子を注文するなど、単なる商店以上の役割を果たしていました。

経営50年の中で、余氏は数多くの浮き沈みを経験しました。商売が忙しいときは大変で、暇なときは不安になる――そんな日々でした。2003年のSARSでは売上が半減し、家賃減免を頼み込むほどの苦境に。のちに自由行政策により中国本土からの旅行客が増え、経営は一時回復しましたが、2019年の新型コロナでは再び大打撃。夜間の人通りが減り、売上も低迷しました。数十年の間に元朗ではインフラが整備され人口は増加しましたが、ネット通販や海外消費の増加で実店舗は厳しい状況に置かれました。

老舗が閉店すると、地域にとっては損失です。外からは「家賃値上げによる立ち退きでは」と憶測されることもありますが、新美廉の場合は違います。余氏は前向きな心境で、「(新美廉は)美しい始まりであり、完璧な終わりだった」と語ります。姉とともに人生の大半を店に捧げ、高齢となった今は余生を楽しみたい。次世代も家業以外の道を探したいと望み、創業当初から共に働いてきた従業員も、長年の功労を経て今はゆっくりと人生を楽しむ時期を迎えています。大家との関係も良好で、今回の契約満了にあたっては、むしろ大家の方から減額してでも続けてほしいと申し出がありましたが、店は幕を下ろす決断をしました。

地域の人々は惜しむ気持ちを抱きつつも、店主たちが納得のうえで迎えた「光榮結業(誇りを持って店を閉めるの意)」であれば、それも一つの誇らしい結末といえます。過去を懐かしむより、今ある小さな伝統店を訪れ、支えることが大切ではないでしょうか。

取材日:2025年4月26日

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