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2026/03/26

香港の老舗の歴史にまつわるお話を香港老舖記錄冊 Hong Kong Historical Shopsさんとのコラボでご紹介したいと思います。香港老舖記錄冊さんは、Facebookなどで香港の歴史的なお店を独自で取材して発信しています。香港文化の象徴として老舗の存在は欠かせない、老舗が存続していくことが香港の文化を盛り立てることだと言います。香港を愛するHong Kong LEI編集部のわたしたちもまた、昔から愛され続けている香港で誕生した商品が、どんな会社によって作られ、どんな背景で誕生したのか、また、どんなところで、どんなふうに作られていたのかなどを垣間見たくなりました。題して「香港オタクのための愛すべき香港老舗の歴史をたどる」です。でも長いのではしょりまして(笑)「香港老舗の歴史をたどる」と命名いたしました。どうぞよろしくお願い申し上げます。


今回ご紹介するのは、「ミシュランガイド香港・マカオ」のビブグルマン常連店、深水埗にある「劉森記麵家」です。創業70年の店は、広州での担ぎ売りにさかのぼります。毎日手作業にこだわり、ここでしか食せない売り切れ御免の竹昇麺やエビ入りワンタン麺など、三代続く伝統の味の歴史を辿ります。


劉森記麵家 – 深水埗

創業:1956年
業種:麺料理店
住所:深水埗桂林街48号 地舗
文:Sarah Tseng
写真:Neo

一本の担ぎ棒から店へと発展し、深水埗の福榮街と桂林街の角に店を構える「劉森記」は、すでに60年以上の歴史を歩んできました。家業は現在三代目に受け継がれ、いま店を率いるのは劉発昌氏。人々からは「昌哥」と呼ばれています。祖父は1946年、広州で担ぎ売りで麺を売り始めました。1956年になると父・劉庭深氏が香港へ渡り、屋台(車仔檔)で営業を始め、その後深水埗に根を下ろしました。1975年には政府から大牌檔の営業許可を取得し、1992年に桂林街の店舗へ正式に入店。2007年には福榮街に支店を開き、その後元州街にも2号店を出店しましたが、コロナ禍後の家賃値上げにより閉店することになりました。(中略)

劉森記は当初、店名がありませんでした。1970年代に大牌檔へと形態を変えた際、初めて正式な名前を付けることになりました。もともとは父の名前の「深」という字を取る予定でしたが、当時の香港は「水深火熱」という言葉が象徴するような厳しい時代だったため、「深」という字は縁起がよくないと感じました。そこで同じ発音の「森」に変え、「新しい景色が広がる」という意味を込めて「劉森記」と名付けられました。

劉森記で最も有名なのは、手作りの鮮蝦雲吞麵と蝦子撈麺です。具材の仕込みからすべての工程に手間を惜しみません。ワンタンにはエビと豚肉が入り、水餃子にはさらに細切りのタケノコ、干し椎茸、キクラゲも加えられています。エビは一匹ごとに大きさが違うため、すべてのワンタンと水餃子に必ず丸ごとのエビが一匹入るよう、具材の分量や配置は職人の手と経験で調整します。これは機械では代替できません。

餃子の皮や麺のベースとなる竹昇麺も自社工場で作っています。生産が追いつかない場合のみ外部から仕入れます。竹昇麺は広東地方の伝統的な麺です。小麦粉と水で作る上海麺(水麺)と異なり、竹昇麺は小麦粉、水、卵を使い、保存性を高めるために鹼水(かんすい)を加えます。そして長い竹竿で生地を押し延ばす伝統技術によって作られます。劉森記の竹昇麺はアルカリの匂いが強くなく、歯ごたえのある弾力に加えてやや柔らかさもあり、スープに長く浸しても膨らみにくいのが特徴です。香港に残る数少ない老舗の竹昇麺店として、現在も毎日手作業で麺を作り、自店のみで提供しています。

店内の各テーブルには、自由に食べられる酢漬け大根の瓶が置かれています。これは新鮮な大根を塩、酢、砂糖で毎日仕込み、1日におよそ100斤ほど消費されます。昔は冷房がなく、夏は暑かったため、多くの食堂でこのような食欲を刺激する小菜が提供されていました。劉森記の酢漬け大根は祖父が担ぎ売りをしていた時代から続くもので、父から受け継いだレシピでもあります。店ではこれを「おじいさんの味」と呼んでいます。現在は一年中味わうことができ、スープに入れて温めてもおいしいそうです。

担ぎ売り時代に提供していたのは雲吞麵と水餃麺だけでした。現在名物となっている蝦籽麵は、当初は高価な料理だったためメニューに書かれていませんでした。1970〜80年代には、蝦籽麵と牛腩麵が同じ値段で、満腹になる牛腩麵を選ぶ人が多かったそうです。その後、映画製作者で美食家の蔡瀾氏が食べて紹介したことで人気が高まり、次第に看板メニューとなりました。(中略)

品質を保つため、エビは冷蔵の鮮エビを使用し、牛バラや豚肉などは1日約200斤を使います。主な原材料は中国本土から仕入れています。食材は毎日新鮮なうちに調理し、売り切れた料理はその日のうちに終了します。これも多くの人が小さな店を好む理由のひとつです。

劉発昌氏は毎朝店に入り、夜10時まで現場に立って品質管理を行っています。最も忙しいのは開店前の午前11時から12時の時間帯で、母親や職人と一緒にワンタンや水餃子を十数トレー分包まなければ開店できません。そうしないと、わずか2時間で品切れになってしまうからです。すべての料理は作り置きをせず、毎日仕込みます。餡も機械ではなく手で混ぜます。機械だと力が強すぎて食感が損なわれるため、伝統的な方法にこだわっています。

家族経営とはいえ、人手不足や後継者問題にも直面しています。若者はこうした仕事を学ばず、伝統的な飲食店の忙しい働き方を敬遠するため、スタッフを集めるのは難しいそうです。家族は四兄弟で商売をしており、母は毎日店に来ます。妻や弟妹も手伝い、8歳の娘も時間があるときは手伝うそうです。しかし昌哥は「飲食業は本当に大変」と語ります。朝11時から夜11時まで週7日働き、ここ数年旅行にも行っておらず、記憶にあるのは、ある年の旧正月に3日間出かけた程度とのこと。品質を守るためには、常に細部にまで目を配る必要があるからです。娘に継がせるかどうかは、無理強いはせず本人に任せるつもりだそうです。それほどまでに大変な仕事であり、自分としてはできる限り続けて引退を迎えたいとしています。

昌哥は、香港返還前の時代、SARS、新型コロナなど多くの出来事を経験してきました。コロナ禍では多くの店が影響を受けましたが、スタッフを一人も減らすことなく、デリバリープラットフォームを活用して営業を維持しました。最近は伝統的なものを好む人が増え、メディアの紹介もあり、地元客だけでなく中国本土や海外からの観光客も訪れるようになっています。多くの店がオンラインブランドを展開していますが、プラットフォームの出店費用が高く、結果として価格が上がるため、今のところその予定はありません。コロナ後、香港の夜は以前ほど賑わいがなくなり、昔は午前2時まで営業していましたが、現在は夜10時までに短縮しています。将来は他のデリバリーサービスとの提携も検討し、適切な機会があれば新店舗の可能性も排除しないとしています。

昔の職人は雲吞麺作りに多くの「功夫」(時間や労力)を求めました。広東語では「工夫斗」と呼ばれ、細部まで妥協しない技術とこだわりのことです。祖父や父の時代、スープだけでも8~10時間以上かけて作られました。それでも一杯の雲吞麺はわずか三毫ほどでした。現在のミルクティーがHK$10数することを考えると、どれほど多くの職人の心血が一杯の麺に注がれていたかがわかります。

若い頃は別の仕事を考えたこともありましたが、長男だったため20歳でこの業界に入りました。店を継いだとき、父はすでに引退していたため、家業を背負わざるを得ませんでした。年月を重ねるうちに、商売は徐々に軌道に乗り安定していきました。(中略)

劉森記はこれまで何度も「ミシュランガイド香港・マカオ」のビブグルマンに選ばれています。今回の取材を通して感じられたのは、変わらぬ信念です。今日も伝統の味を黙々と守りながら提供し続けています。

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