2022/07/11

早いもので、我が家が香港に越してきてから2年の月日が経ちました。気がつけば、わたしにも香港在住日本人特有の妙な特技が身についています。それはある地域の漢字表記を見て、日本語でも広東語でもない読み方ができるということです。例えば『銅鑼灣』と見たら、迷わず『コウズウェイベイ』と読めます。

それから『浅水湾(レパルスベイ)』。「なんでシャロウウォーターベイじゃないんかい!」「その西の『深水湾』は『ディープウォーターベイ』なのに?」、とツッコんでいたのは昔の話。今は、ここ香港には英語名と広東語名の二つの名前を持つ地域があるからこれでいいのだ!と納得しています。

皆さんの中にも、地名やショップ名について、誰にも通じない自分独自の読み方をしている方いらっしゃいませんか? わたしは『何文田』行きのバスを見るたびに勝手に『何もんだ!』と読み、「いえ、名乗るほどのものでは……」と謙遜しています(ホーマンティンが正しい読み方ですよ!)。

地名と言えば、香港で無料配布されている英字紙The Standardにはしょっちゅう海外不動産物件の広告が掲載されていて、その地名の漢字表記が気になり始めたわたし。

ある日の広告を何気なくみていると、『二世古』と書いてあるのが目につきました。北海道に行ったことはありませんが、知ってます。ニセコですね。

でもちょっと待てよ……。二世古?ニセコって、そんな漢字表記だったっけ??

調べてみました。峡谷にある川、と言う意味のアイヌ語が由来で日本ではカタカナ表記です。うーむ、このニセコ物件はニセ物じゃないんだろうな?ちょっと不安になります。

また、とある日の広告。ぼんやり見ていた私の前に現れた地名は……

『多倫多』

……ダ、リンダ?

一瞬にしてザ・ブルーハーツの甲本ヒロトが私の脳裏を飛び跳ね始めました。そして彼が『どうにも止まらない!』って。……あ、それは山本リンダか。

うーん。……ダ、リンダー、ドリンダ、トリント…。あぁ!わかりました。正解はカナダ最大の都市、トロントですね!

カナダの次に英国の広告も多数見かけます。やはり首都『倫敦』の物件が人気のよう。『倫敦』などと書かれると、何となくセピア色の情景と夏目漱石が頭に浮かびます。倫敦だけでは物足りなかったので、他の地名は何というのか調べていたら面白い地名を二つほど見つけました。

『牛津』と『劍橋』。『牛津』(ナウジョンと発音)は音からではなく、意味を漢字に置き換えています。『牛』を『Ox』と訳して……。はい、正解は映画ハリーポッターのロケ地ともなった有名大学のあるOxfordでした。そして名門オックスフォードに並ぶ大学といえば、『劍橋』。そうです、ケンブリッジです。『剣』の部分は音を、『橋』の部分は意味を使うという合わせ技!

北海道はさておき、なぜカナダと英国の不動産広告が多いのか。それは多くの香港の人は政治的混乱が起きた時には香港を離れる覚悟をしていて、その移住先に英国、カナダが大きな比重を占めているからではないでしょうか。

1997年の返還前までに香港で生まれた人は、ある一定条件の下BNOパスポートという特殊な英国パスポートを取得できます。香港で国家安全法が施行された後の2021年1月からは、そのBNOステータス保持者は申請により英国へ移住することが可能になりました。2020年、BNOパスポート保持者は推定60万人を超えているとされています。*1

また、約35万人もの香港人が、中国への返還が確定した1984年から1997年までの間にカナダへ移住。これはカナダが移民に対して広く門戸を開けているからでしょう。この中の多くはパスポート取得のために数年滞在の後、90年代後半から2000年代にかけて景気の良い香港に戻ってきたようです。*2

カナダの他にも、オーストラリアやアメリカでパスポートを取得、その後に香港に戻ってきた人が多くいるようで、2021年のHKFPの記事によりますと、香港に30万人のカナダパスポート保持者、10万人のオーストラリアパスポート保持者、8万5千人のアメリカパスポート保持者がおり、その多数が香港人(つまり香港との二重国籍者)であるのだそうです。*3

リンダリンダの中で甲本ヒロトは「決して負けない強い力を僕は一つだけ持つ」と歌います。でも香港の人に関していえば、歴史の大きな流れの中で、あちこちに移動しながら生き延びてきた逞しい祖先を持つ人たち。「決して負けない強い力」を、きっとただ一つと言わず、いっぱい持ちあわせているはず。

だからどこででも元気に生きて行き、きっと世界各地に美味しい飲茶文化とかっこいいカンフー文化を広げ、そして高い英語力とせっかちだけどスピードのある仕事っぷりで行く先々で歓迎されることでしょう!

この夏香港を離れてしまう多くの方も、香港に残る方も、夏休みの後には香港に戻ってくる方も、泣いてばかりの恋はもう終わったリンダさんも(竹内まりや!)皆様、楽しい夏休みを送ってくださいね!

ではまた次回。

*1 https://en.wikipedia.org/wiki/British_National_(Overseas)_passport

*2 https://en.wikipedia.org/wiki/Hong_Kong_Canadians

*3 https://hongkongfp.com/2021/02/08/hong-kong-govt-says-it-does-not-recognise-dual-nationality-uk-warns/


小林杏 (Anne Kobayashi)


東京都出身、青山学院大学仏文科卒。ニュージーランド、日本、フランス、英国での就業経験あり。ロンドンでの出産子育てを経て、2020年に来港。今まで住んできた土地のように、香港も愛おしい場所となりつつある今日この頃。趣味は読書、舞台芸術鑑賞とカンフー映画鑑賞。

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