2022/03/11

それは夏の暑い日にオーシャンパークに行った時のことです。お昼時にレストランに入りましたが、とにもかくにも子どもたちがうるさいので、とりあえず彼らを黙らせるため、夫に子どもたちの飲むジュースを買ってきてもらいました。
するとオレンジジュースと共に、どろどろした緑色のジュースを買って戻ってきた夫。なに、その奇妙な飲み物は? と思ってトレーの上にあったレシートを見てみると……。

『奇異果汁』……?

またうちのおとぼけ夫がわけわからないことをし始めた!子どもたち、もうその変な緑の液体ゴクゴクいって飲んでますけど!! 焦ったわたしが「ちょっと、子どもたちに一体何飲ませてんの!?」と詰め寄ると、「え、キウイジュースだけど、なんで?」と夫。あ、なるほど『奇異』でキウイ、か。奇妙で異常な果汁ってわけじゃないのね。広東語でキウイは『奇異果(キイグォ)』でした。

キウイの話が出たところで、他の果物についても見てみましょう。香港で果物といえば、観光の名所にもなっている油麻地(ヤウマーデイ)の果物市場ですね。わたしが初めてそこを訪れた12月。近所のスーパーでは、“清水の舞台から飛び降りる覚悟を決めないと買えない”というくらい高い日本産のイチゴが、市場では半値で売っていました! 嬉しくなって品定めを始めると、横からおばちゃんが、『シードーベーレイ、シードーベーレイ、安いよ!』と言っているのが耳に入ってきました。『シードーベーレイ』……? それ、ってもしかして『ストロベリー』って言っている? と思って表示を見てみますと。。。

『士多啤梨』と書いてありました! これで『シードーベーレイ』と読むのですね。早速おばちゃんに『シードーベーレイ、ンゴーイ(please!)』と言い、その光り輝く日本のいちごを箱買いしました。
すると今度はお隣の店の売り子さんが、箱にぎっしり入れられたオーストラリア産のチェリーを指して『チェーレイジー、美しいチェーレイジーはどう?』と言うのが聞こえてきました。『チェーレイジー』! これまた、ちょっと空耳アワーでチェリーですね! ちなみに広東語では『車厘子』と書きます。

家に帰って、子どもたちに日本のイチゴを大盤振る舞いしながら、ふと疑問が湧きました。イチゴもさくらんぼも日本では『苺』『桜桃』と言う漢字があります。標準中国語では苺は『草莓』、さくらんぼは日本と同じく『桜桃』と書くのだそうです。ではなんで香港ではこんな当て漢字をするのかと北京出身の友人に聞いてみたところ、彼女は「私の推測だけれど」と前置きをし、「多分、苺もさくらんぼも元々香港にはなく、外国から英語を話す人が持ってきた。だから、聞こえた音をそのまま漢字に当てはめた。そして中国本土ではこれらの果物の表記を統一しているけれど、香港は英国統治下にあったから、その統一が及ばなかったのかもね」と。

するとまたここで疑問が湧いてきます。同じ漢字でも標準中国語話者と広東語話者では、違う発音をします(例えば、『你好』は標準中国語では『ニーハオ』と発音しますが、広東語では『ネイホウ』です)。すると、外来語の表記は標準中国語と広東語とでは違ってしまうのでしょうか。

そんなことを調べていると面白い記事に当たりました。題して『ピカチュウ騒動』。今から遡ること6年前、2016年に起こった事件です。前述の通り、標準中国語と広東語では同じ漢字でも発音が違うため、外来語に関しては中国本土と香港とでは表記が違うことがあるそうです。ピカチュウもその例外ではなく、中国本土でのピカチュウは『皮卡丘』で、香港では『比卡超(ベイカーチゥ)』と表記されていました。それを何と任天堂が「ピカチュウの表記を香港も中国本土と同じ『皮卡丘』で統一しちゃいまーす!」などと発表したものですから、香港のポケモンファンが激怒! 漢字表記を変えたら、我らの愛する『ベイカーチュウ』がなんだか全然違う名前のモンスターになっちゃうよ! と。このファンの怒りは、6000人もの反対署名を集め、在香港日本総領事館前でのデモ活動にまで発展したものの、最終的には『皮卡丘』の表記で統一されました。

このニュースに関してBBCがこれは単なるポケットモンスターの名前の話ではなく、香港のアイデンティティの問題だ! と報じていました*1。なるほど、広東語は少数言語ですが、香港の歩んできた特異な歴史、そこで培われてきた文化と共に、香港人の誇りであることに間違い無いでしょう。だから、利便性と言う名の下に、自分たちの大切な言語を、大多数の話者の言語と統一するなんて、たとえそれがポケモンの中の一モンスターの名前であっても我慢がならないのです。
英語然り、標準中国語然り、大多数の人が理解できる言語は便利です。でも世界には多数の少数民族と少数言語があり、それぞれの歴史があり文化がある。企業であれ国であれ、便利という名の物差しだけに捉われず、そんな多様性をできる限り尊重して欲しいなぁと思いました。

さて、学校閉鎖で一日中家にいる我が家の騒がしい子どもたちには、本日『シードーベーレイ』と『奇妙で異常な果物』をガッツリ準備しました。面白い広東語名を持つ果物を頬張る彼らを横目に見ながら、わたしは世界がこれからも多様性に富み、そして互いの違いを尊重しあえる平和で楽しい場所であり続けてくれることを切に願います。

それでは香港はコロナ禍で色々と大変ですが、皆様、お体にお気をつけて。

また次回!

*1
https://www.bbc.com/news/world-asia-china-36414978


小林杏 (Anne Kobayashi)


東京都出身、青山学院大学仏文科卒。ニュージーランド、日本、フランス、英国での就業経験あり。ロンドンでの出産子育てを経て、2020年に来港。今まで住んできた土地のように、香港も愛おしい場所となりつつある今日この頃。趣味は読書、舞台芸術鑑賞とカンフー映画鑑賞。

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