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2025/03/17

蜆蚧醬

(ヒンガイージョン:廣東語発音)
あさりの塩辛発酵ソース

消えゆく香港にあった味:蜆蚧醬

春の香港、市場に並ぶ魚たち。その中に、背を斜めに切られ、浮袋を露出させた鯪魚(レンユー)が見られます。背の肉には骨がなく、すり身にするのに最適だからです。この魚は中国東南部(廣東地方)でよく食べられている淡水魚です。この魚が『炸鯪魚球』(ジャーレンユーカウ)という揚げボールになります。外はカリッと香ばしく、中はふんわりと魚の旨みが広がります。

『羅富記』(ローフーゲイ)という小さな店が、この炸鯪魚球を看板料理に掲げたのは1948年のことです。羅焯林(ローチョッラム)が故郷・廣東省中山の味を香港に持ち込み、中環(チョンワン)の一角に店を構えました。『粥』(ジョッ)、『雲吞麺』(ワントンミン)、そして炸鯪魚球。庶民的な料理が労働者たちの胃袋を満たし、やがて香港人のソウルフードとなりました。

時代とともに店は繁盛し、1992年には擺花街(バイファーガアイ:地名)に支店を構えました。昼時には白い湯気が立ち上る店の前に行列ができ、注文が入るたびに油の中へと鯪魚球が放たれます。箸でつまんだ炸鯪魚球を、『蜆蚧醬』(ヒンガイージョン)にたっぷりとくぐらせ、一口。カリッとした衣の中から、ふわっと魚の旨味が広がります。

蜆蚧醬は、あさりを発酵させて作る広東地方の伝統的な発酵調味料です。イカの塩辛のように熟成された珍味で、その風味豊かな味わいは、炸鯪魚球などの料理と非常によく合います。

あの味こそ、香港人が食べなれた味でした。

1970年代、店の名を象った青地に赤字の『正宗小欖炸魚球』の鯪魚形のネオンサインが、皇后大道(クイーンズロード)を照らしました。遠くからでも見えるその光は、「ここに香港の味がある」という証でした。しかし、2010年、政府の条例により撤去が決まり、ネオンは消えました。羅富記の二代目、羅錦基(ローカムゲイ)はそれを見つめながら、「都市の歴史が浄化されていくみたいだ」と呟きました。

それでも店は踏ん張りました。香港の街が変わっても、羅富記はそこにあり続けました。しかし、土地価格の高騰、賃料の上昇、そしてパンデミック。長年耐え抜いてきた老舗も、ついに限界を迎えました。

2025年の旧正月、羅富記は静かに店を閉じました。最後の日、長蛇の列ができました。懐かしい味を最後にもう一度、と願う人々。厨房では最後の炸鯪魚球が揚げられました。

 

蜆蚧醬の使い方:
●炸鯪魚球につける(おでんの揚げボールなど)
●魚のすり身焼きにつける (以前書いたレシピをご参考に https://hongkonglei.com/renyu/
●そのまま酒の肴として

蜆蚧醬の旨味と塩気が、炸鯪魚球の旨味をさらに引き立てます。

 

街のネオンが消え、老舗が閉じ、料理の技が途絶えていきます。

「また一つ、香港の記憶が消えていく」

…… 誰かがひっそりとそう呟きました。

羅富記の主人は、店を畳み、カナダへ移住すると言います。もしかしたら、遠い異国で、小さな店を開くかもしれません。でも、それはもう、香港ではありません。

なぜ、香港にあった伝統の味が香港で守られないのでしょうか。なぜ、古き良き味が別の国で生き延びるしかないのでしょうか。

あの炸鯪魚球の香ばしさも、もう、香港の街から消えてしまうのでしょうか?

しかし、こうして記録し、作り続けることで、もしかしたらどこかで誰かが、この味を受け継ぐかもしれません。

それが、香港の記憶をつなぐ、最後の灯火になるのかもしれません。

 

注意事項: 蜆蚧醬は、あさりを発酵させて作る広東地方の伝統的な発酵調味料です。自家製で作る際には、二枚貝の取り扱いと発酵過程における衛生管理に十分な注意が必要です。特に、あさりは完全に火を通さず、半生の状態で発酵させる必要があります。これは、あさりに含まれる酵素が発酵を促進し、独特の風味を生み出すためです。しかし、半生の状態での発酵は、食中毒のリスクを伴う可能性があります。そのため、衛生的な環境での調理や、使用する器具の消毒など、適切な衛生管理が不可欠です。また、発酵食品全般に言えることですが、保存中に異常な臭いが発生したり、カビが生えたりした場合は、使用を中止し、廃棄することが重要です。

 

材料(出来上がり約300g分

あさり(殻付き)  500g

イカの塩辛    50g

(このレシピではハヤカワの塩辛を使用)

生塩糀パウダー   小さじ1

ナンプラー     大さじ2

焼酎        大さじ1

陳皮        小さじ2

(陳皮を水で戻して、白ワタを取り除いてみじん切りする)

生姜(千切り)  15g

米油     大さじ2

 

作り方

あさりの下処理
●あさりは塩水に浸けて砂抜きをし、よく洗います。
●鍋に湯を沸かし、あさりを入れて半生の状態(口が少し開く程度)でさっと茹でます。
●火を止め、殻から身を取り出します。

発酵液の準備
●イカの塩辛、生塩糀パウダー、ナンプラー、焼酎、陳皮、生姜を混ぜ合わせます。
●そこにあさりを加え、全体をよく混ぜます。

発酵
●煮沸消毒した瓶に詰め、米油を加え、密封します。
●冷蔵庫で1週間以上寝かせると、風味がより深まります。


雲姐(ワンジェ)

料理研究家。香港に生まれる。幼少期、平日は祖母、週末は料理が趣味だった父の手料理を食べて過ごす。オーストラリアへ移住を経て、結婚を機に日本へ移り20年以上。中国国際薬膳師、発酵食品ソムリエ、発酵ライフアドバイザーの資格を持ち、中華圏および日本の食文化への造詣も深い。現在は、日本の人々に香港料理を伝えるべく東京で活動中。

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