2025/10/15
西芹炒雞柳
(サイ カン チャウ ガイ ラウ:廣東語発音)
セロリと鶏肉の香港家庭炒め
香港の家庭では、かつて「2餸1湯(リャンソンヤットン)」──二つのおかずとスープ(いわゆる“2菜1汁”)が食卓の基本でした。
1980年代までは母親が煮込むスープの香りが家中に広がり、それを囲んで家族が語り合う。そんな風景こそが、香港の「日常の幸せ」だったのです。しかし、時代の流れとともに、その文化は街から少しずつ姿を消していきました。経済成長によって家はさらに狭くなり、台所を持たない家庭も増えました。人々は家で料理をする代わりに外で食べるようになり、香港は“外食の街”へと変わっていきました。庶民的な食堂から高級中華まで、あらゆる味が揃う都市。
それこそが、かつて「美食の都・香港」と呼ばれた時代の誇りだったのです。
ところが、その外食文化を一変させたのがコロナ禍です。
感染拡大を避けるために人々は店内での飲食を控え、「両餸飯(リャンソンファン)」──おかずを二つ選ぶ弁当が一気に広まりました。テイクアウトやデリバリーが主流となり、“外食の街”だった香港に“内食”の文化が生まれたのです。今では、街に600軒を超える両餸飯の店が並びます。大手チェーンですら、この形のビジネスを導入するほど普及しています。もともと家庭で作られていた「2餸1湯」が、いつの間にか“持ち帰り文化”として街に出てきた姿にも見えます。
両餸飯の店には常に30種類以上のおかずが並び、HK$40〜50(750-1000円)ほどでお腹いっぱいになります。買い物も調理も後片付けも不要で、「安く・早く・手軽に」香港の2菜1汁が完結します。その手軽さが、多くの人々の生活にすっかり溶け込んでいったのです。
しかしその裏で、街のレストランは次々とセルフレジ化され、注文もアプリで完結するようになりました。完全にコンタクトレス化が進み、人と会話を交わさなくても食事ができる時代に突入しています。香港の伝統的な「団欒(だんらん)」文化とは真逆の方向に進んでいるように感じます。効率的で便利ではありますが、そこに人のぬくもりはだんだん消えてゆくではないでしょうか。便利さと節約の裏で、個人的には香港は少しずつ“孤独な街”になっているように感じられてます。
それだけではありません。
腕の良いシェフたちも、手間のかかる伝統料理を作りたがらなくなっています。「安い・早い・簡単」が求められる時代の中で、料理は平板化し、伝統的な広東料理の技術が途絶える危険さえあります。経済が好調なときでさえ、むしろ一部の“本物の料理”が消えてしまうかもしれません。本当の味を知らない人は、本物を求めなくなります。それは、香港の食文化が持っていた“深み”が少しずつ失われていくことを意味しています。それをわたしは心配しています。
この二品弁当文化は、単なる食の変化ではなく、社会の構造をも変えつつあるのではないかと。それは「下層モデル」の始まりであり、もしこの文化が他の産業にも広がれば、社会全体が“低欲望化”し、生産力も停滞する恐れがあります。一方で、富裕層向けの高級レストランや、日本式の「おまかせコース」は常に満席です。中間層の消費は失われ、社会の分断はより深刻化しています。安い食事と超高級食の二極化──それが、今の香港の現実なのです。
香港の街は進化しているのでしょうか、それとも退化しているのでしょうか。
「便利さ」の名のもとに失われた“ぬくもり”や“本当のおいしさ”を、もう一度取り戻せる日が来ることを願っています。家庭の「2餸1湯」(2菜1汁)の湯気が立ちのぼる、家族の食卓を思い出しながら、わたしは考えます。再び、昔のように“おいしいものを追求する時代”が戻ってくるのでしょうか。
セロリの鶏肉炒めは、両餸飯の店によくあるおかずの一つです。自分には、おばあちゃんがよく作ってくれた家庭料理の味です。久しぶりにその料理を作ったとき、台所に広がった香りが懐かしくて、思わず手を止めてしまいました。香港の街がどんなに変わっても、あの味と香りの記憶だけは、自分の中には消えない記憶遺産となります。
両餸飯の便利さに慣れた今だからこそ、改めて「家庭の味」が持つ力を思い出したいと思います。
Tips:にんじんは飾り包丁を入れてかわいらしい形にすると、家庭料理でもひと手間感じる上品な一皿に仕上がります。セロリのシャキッとした食感を残すため、炒めすぎないこと。
材料(2人分)
鶏もも肉 … 125g
(繊維に沿って太めの棒状に切る)
【下味】
オイスターソース … 小さじ1
醤油 … 小さじ1
砂糖 … 小さじ1/2
酒 … 小さじ1
生姜汁 … 小さじ1
胡椒 … 少々
片栗粉 … 小さじ1
※ よくもみ込み、10〜15分ほど置いて味をなじませます。
【肉用の薬味】
にんにく … 1かけ(包丁の腹で軽くつぶす)
生姜 … 2cm角(軽くつぶす)
野菜
セロリ … 約250g(4〜5本)
→ 筋を取り、3cmほどの短冊切り
にんじん … 1/2本
→ 皮をむき、5mmの半月切り
【野菜用の薬味】
にんにく … 1かけ(包丁の腹で軽くつぶす)
生姜 … 2cm角(軽くつぶす)
【調味料】
醤油 … 小さじ1
ナンプラー … 小さじ1/2
砂糖 … 小さじ1/2
酒 … 小さじ1
胡椒 … 少々
作り方
1.フライパンに油を熱し、にんにくと生姜を入れて香りを立たせます。
2.セロリとにんじんを加えて炒め、分量外の塩・胡椒を少々ふります。セロリが半透明になったら、いったん皿に取り出します。
3.フライパンを軽く拭いてきれいにし、再び油を熱します。にんにくと生姜を入れて香りを出します。
4.下味をつけた鶏もも肉を加え、中火で炒めます。火が通ったら、2.のセロリとにんじんを戻し、調味料を加えて全体を強火でさっと炒め合わせます。
5.香りが立ったら火を止め、器に盛り付けて完成です。
雲姐(ワンジェ)
料理研究家。香港に生まれる。幼少期、平日は祖母、週末は料理が趣味だった父の手料理を食べて過ごす。オーストラリアへ移住を経て、結婚を機に日本へ移り30年。中国国際薬膳師、発酵食品ソムリエ、発酵ライフアドバイザーの資格を持ち、中華圏および日本の食文化への造詣も深い。現在は、日本の人々に香港料理を伝えるべく東京で活動中。
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