2025/04/11

日本人向けクラス開講のきっかけ

2021年、わたしの師匠である林先生が正式に許可を出し、入室弟子6名に詠春拳を教える機会が与えられました。他の兄弟子たちは全員香港出身（一部中国本土出身）で広東語を話します。一方、唯一の外国人であるわたしは、日本語話者に向けて詠春拳の魅力を伝えたいという思いから、日本人を対象にしたクラスを立ち上げることを決めました。

同年11月、先生の道場を借りて毎週水曜日の夜にレギュラークラスをスタートしました。生徒募集は、香港に住む日本人向けの掲示板に広告を掲載する形で行いました。最初に興味を持ってくれたのは、駐在員の夫に同行して香港に滞在していた、いわゆる若手の「駐妻さん」でした。見学に来てもらい、せっかくなので少し体験してもらうとすぐに気に入ったようで、最初の受講生として参加してくれることになりました。

その後、さまざまなバックグラウンドを持つ6名の日本人が集まりました。中には、駐妻さんの旦那さんも「奥さんが強くなりすぎるのでは？」と心配してか、途中から参加することになりました。伝統的な序列に従い、最初に入門した奥さんが姉弟子、旦那さんが弟弟子という順位となり、夫婦で少し笑いを誘うエピソードもありました。

カリキュラム設計の工夫

わたし自身、高校時代はテニス部で副キャプテンを務め、空手を経験していました。また、大学院では言語教育学を研究し、米国の大学で日本語を教えていた経験もあり、それらの知見を活かして詠春拳のカリキュラムを工夫しました。

最初の3ヶ月間は、基本の型「小念頭」、基礎動作、片手での対人練習、そして簡単な護身術に絞り、段階的に学べるようにしました。わたしの師匠が学んだ1960年代の道場では、基本型の練習に1時間以上を費やし、凍える冬の日には稽古中に頭から湯気が立ち上るほどだったそうです。しかし、現代ではその方法では生徒が続けられないことは明らかです。そのため、基本稽古の時間は20分程度に抑えつつ、他の動きを取り入れながら、飽きずに楽しめるよう工夫しました。

例えば、ターンや前後左右への移動を交えた稽古を導入しました。また、基本型に含まれる特徴的な技を護身術としてどのように応用できるかを解説し、実際に体験してもらいました。詠春拳は女性が創始した武術で、力を使わずに身体の構造や角度で対応する技術体系です。その効果を体感した生徒たちからは、「なんで！」「不思議！」「面白い！」という声が次々と上がりました。

こうした技術は言葉では伝えきれない部分が多いため、興味のある方にはぜひ体験してみてほしいところです。

道場外での交流

香港という異国の地で、詠春拳を通じて出会った生徒さんたちとは、道場外でも親交を深めました。稽古後には飲茶や上海料理、潮州料理のお店で、ビールを片手にローストダックや小炒王（炒め物）を楽しむこともよくありました。詠春拳の話だけでなく、プライベートや仕事の話でも盛り上がり、有意義な時間を過ごしました。

特に熱心に学んだのは、最初に入門した駐妻さんとその旦那さん、そしてもう１人の駐在員の男性でした。しかし、駐在員である以上、彼らはいつか香港を去らなければなりません。駐妻さん夫妻は昨年ソウルへ異動し、もう１人の生徒も上海に転勤しました。現在では毎週一緒に稽古をすることはなくなりましたが、連絡は続いており、彼らは詠春拳を学ぶためだけにわざわざ香港を訪れるほど、すっかり詠春拳の虜になっています。

詠春拳が生んだ香港との繋がり

先日、上海に転勤していた生徒の日本帰国が決まり、出張中に香港での最後のレッスンを終えました。その後の飲茶の席で、彼が話してくれた言葉が印象的でした。

「詠春拳を始めるまでは、駐在員として表面的な香港生活しか送っておらず、この土地があまり好きではありませんでした。でも詠春拳を通じて、日本人や地元の香港人と繋がり、ローカルな生活を体験することができ、香港が好きになりました」と語ってくれたのです。

詠春拳はわたしにとって一生のライフワークであり、その楽しさは言葉では言い表せません。そんな詠春拳を通じて、香港を好きになった人が生まれたことは、わたしにとって何よりも嬉しい出来事でした。これからも彼らには詠春拳を続けてもらい、いずれはその楽しさを他の人々にも伝えてくれる存在になってほしいと願っています。

詠春拳を教える中で得た繋がりや経験は、わたしにとってかけがえのない宝物です。これからも、詠春拳の魅力を一人でも多くの人に伝えていけるよう、精進していきたいと思います。

タッカー

葉問一番弟子の梁相師公の直弟子である林樹成師父の入室弟子（内弟子）となり、林一門では外国人として初の師範免許を取得。林樹成詠春國術會の助教（アシスタントインストラクター）として活躍するかたわら、香港で日本人などを対象にした香港詠春拳クラブ（Hong Kong Wing Chun Club）を主宰。2022年、香港武術教練公会（香港武術指導者協会）登録会員。

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