2025/09/13
サウスアイランド・ライン(鶯色のMTR線)が2016年12月に開通したことで、香港島の裏側まで不自由なく足を伸ばすことが容易になりました。黄竹坑(ウォン・チュク・ハン)といえば、金鐘駅から2つ目、オーシャンパーク駅の次の駅です。このエリアには7〜8年ほど前からアートギャラリーが続々とオープン。今月新たに中環一等地からも、日本のアート界を牽引する老舗ギャラリーのWHITESTONEが移転し、正式にオープンしたことで、アートと言えば黄竹坑と、ますますこのエリアが熱くなりそうな予感です。
世界でも昔からアートに携わる感覚が鋭い人々が、時代を先取りし、アーティストやアート好きが集まれる場所を求めてやってきたのが工業ビルのエリアでした。前衛的な展示をするのに空間が必要だったギャラリーにとっては、もってこいの場所で、倉庫や抜き打ちの工業ビルで展示会を行うようになりました。一見「こんな工業ビルの中に本当にギャラリーがあるのだろうか?」というような場所に、とっても洗練された、落ち着くギャラリー空間が広がるので驚きです。
ギャラリーは行ったことがないという方! ギャラリーは、誰でも気軽に無料で訪れることができ、作品についてスタッフに質問するとちゃんと説明もしてくれる、まるでプライベートな美術館気分を味わえる場所です。もちろんギャラリーの最大の目的は展示販売ではあるものの、アートを楽しんでもらえる人々の裾野を広げたいという思いがあるので、ぜひ臆することなくギャラリーを楽しんで、心の豊かさを手に入れてみましょう。ギャラリーはそれぞれ特徴があるので、自分好みのギャラリーを見つけると、好みの作品と出会えるチャンスが多くなるでしょう。
さて、前置きが長くなりましたが、今回は、この黄竹坑にある3つの日系のギャラリーをご紹介することにしましょう。
1、wamono art
2、WHITESTONE(白石画廊)
3、WKM GALLERY
wamono art
竹を使った和の工芸&アート作品を主に扱うギャラリーwamono art gallery。一歩足を踏み入れると、ここは香港なのだろうか? と錯覚するほどの静寂さ神聖さが入り混じり、美しい緑の視界も相まってまるで禅寺に来たかのような心の潤いを感じます。潔さを感じる広々とした1つの空間に美しくも繊細な数点が飾られているのを、中央の椅子に座って眺めていると、自分の心の余裕のなさが浮き彫りになるような気にもなります。
現在展示中なのは、Living with Japanese Bamboo Art :NAGOMI(8月30日〜10月11日まで)。昨今のインターネット社会のスピードが加速する中で、わたしたちは異なる時間の流れに巻き込まれ、自分を見失いがちです。日本の竹アートは、技術を習得し、素材を理解し、長い生産時間を経て完成される、現在の生産性ばかりを求める世界とは対照的なものです。竹という自然素材を用いたスローアートは、現代に生きるわたしたちに「和み」がいかに大切かを教えてくれるでしょう。
竹の作品の展示方法にもこだわりがあって、共同オーナーの中川さん曰く「作品の影も含めてアートとしてじっくり味わってほしい」とのこと。光の加減によって、何通りにも楽しめる竹でできた作品は、心の余裕がないと見えてこないものなのかもしれません。ギャラリーで鑑賞できる作品は基本は展示販売なので、心にグッとくる気に入った作品があったら、迷わず価格を聞いてみよう。
wamono art galleryに行くには、香港若葉マークの方達には少し敷居が高く感じるかもしれませんが、ぜひワクワクしながら冒険気分で訪れてみていただきたいと思います。
ギャラリーがあるのは黄竹坑道。駅からは徒歩10分程度。Google Mapがあれば問題なく到着できるはず。目印は地上界に車の洗車スタンドが入っています。
写真はエレベーターの扉を内側から見たところです。工業ビルにはフレイトエレベーターといって貨物用の大きなエレベーターがあるところが多いです。貨物用に乗る時は、2重扉をひとつずつガラガラガラと開けて中に入り、入ったらひとつずつ扉を閉めて、10階のボタンを押します。扉は結構重いので頑張って引っ張りましょう。到着したら同じように開閉します。10階に止まった時にモタモタしているとそのまま通り過ぎていってしまうことがありますので、着いたらすぐに柵扉を開けましょう! ちょっと自信がないという方は、このエレベーターの奥の方に通常のエレベーターもあります(笑)。
こちらのギャラリーは予約制です。行きたい時はあらかじめ連絡を入れましょう。日本語で予約可能です。
wamono art
WerkRaum, Unit A, 10/F, Derrick Industrial Building,
49 Wong Chuk Hang Rd, Hong Kong
予約:WhatsApp 852 6822 2962
メール:Info@wamonoart.com
WHITESTONE (白石画廊)
香港、北京、台北、シンガポール、ソウル、そして日本の銀座に2拠点と軽井沢の合計8つのギャラリーを運営する白石画廊、WHITESTONE gallery。これまでも何度か展示会をご紹介させていただきました。
実は2025年9月から正式に黄竹坑にオープンしました。黄竹坑最初の展示会は、「Contours of Expression: Tsuyoshi Maekawa, Tetsuo Mizù, Julie & Jesse and Kohei Kyomori」(2025年9月20日まで)。前川強、ミズテツオ、ジュリー&ジェシー、そして京森康平のグループ展です。
日本の3人のアーティストたちの作品を簡単にご紹介すると、前川強はドンゴロスという麻袋をキャンバスに立体的に貼り付けて油絵具で描くというスタイルを貫いたアーティスト。具体美術協会の第二世代を代表する作家です。またミズテツオは、海上における船舶間の通信に用いられる「国際信号旗」を組み合わせたフラッグ・シリーズにより、1980年代に一躍脚光を浴びました。極細のラインに仕切られるマットで量感のある絵肌は、現代の抽象でありながら浮世絵との類似を指摘されることもあります。京森康平は東京でグラフィックデザインとファッションデザインを学んだのち、イタリアに留学。ヨーロッパで目にした、装飾美術に感銘を受け、デジタルツールを使用した下絵に、岩絵具やレジンを使って描き始めた装飾絵画を発表。2020年にはエルメスのコンペ「エルメス国際スカーフデザインコンペティション」でグランプリを受賞。
このように素晴らしいアーティスト揃いの展示会なのですが、特に今回ご紹介したいのは、香港在住で制作活動をするジュリー&ジェシー(Julie ProginとJesse Mc Lin)のユニットです。
アメリカ出身ジェシーさん(中央)とスイスがバックグラウンドのジュリーさん(右)夫婦ユニットで活動をしている。ジュリーさんは香港生まれの香港育ち。香港がホームグラウンドとして活動してきました。
アジア最大級の視覚芸術や文化に特化した香港の現代美術館M+にも彼らの作品が所蔵されていて、現在はMaking It Mattersという展示でも彼らの作品をみることができます。彼らの作品は、陶器や時期を使ったものが多いのですが、普通の陶器や磁器を考えて彼らの作品を鑑賞すると、わたしたちは、その奥深さと新しく斬新なアプローチに驚かされるでしょう。
Fragment(s) (破片)
中国の陶器で有名な景徳鎮に山のように捨ておかれてた傷んだり壊れたりした型取りを組み合わせて作った作品。磁器を使って人々が持つ固定概念を探ります。彼らのプロジェクトは、文化、歴史、経済に関する幅広いテーマからインスピレーションを受けています。ひとつひとつの作品が皆さんに語りかける、歴史や物語や移り変わる物事の声に耳を傾けてみましょう。
Without Leaving Your Room (部屋を去らずに)
釉薬の色がとても素敵な作品は、焼成時に釉薬が自由に外へと広がり、計画と無計画の重なりで現れた形状です。このシリーズの作品名は、11世紀の中国の詩人および画家である郭熙(Guo Xi)の詩から取られています。これは、昔の中国の文人たちが奇妙な自然の岩の形成を好んで、何時間も見つめながら、詩や短編小説を捧げる、「ゴンシ(供石)」を楽しむのと似ています。皆さんも、想像力を働かせて、好きなだけ風景、川、木、山、人生を脳裏に映し出し、詩などを書いてみてはいかがでしょう?
My home becomes a universe-Landscape 1 (家が宇宙になる-風景)
こちらはいらなくなった磁器ねんどや身の回りにある素材を使って制作されました。積み木のようにキューブを入れ替えることができ、自分の好きなように風景を作り変えることができます。中国の山水画から影響を受けており、人の住む都市と自然の交差点を探ります。
WHITESTONEでは、定期的に直接アーティストに聞くトークセッションも開催しています。直に作品について質問できたりする素晴らしい機会になります。やっぱり作品についての発案から工程、完成までのお話を聞くのはとても刺激的です。ギャラリーのニュースレターに登録をしておくとイベントのお知らせなどが届くので、気になるギャラリーがあれば登録をお勧めします。
黄竹坑の中でもとても綺麗なビル。さすが老舗ギャラリーです。
Wong Chuk Hang, Hong Kong
営業時間:11:00 – 19:00
WKM GALLERY
フランスと日本にルーツを持つオーナーのウィリアム・ケイン・ムカイ(William Kayne Mukai)さんが設立したWKM Galleryは、彼の名前のイニシャルを取ったもの。新進気鋭のアーティストと著名なアーティストの作品と文化交流を育むプラットフォームとして運営しています。(オープン当時の2024年の記事はこちら)
現在開催中の展示会、Yukari Nishi: In the Meantime (2025年11月8日まで)。若い世代に人気のアーティスト西祐佳里の個展は、およそ2ヶ月開催します。70年代と80年代のアメリカ文化に影響を受け、作品はわたしたちを彼女のシュールな世界へと引き込みます。この世界は、現実からの逃避と現実の鏡としての役割です。そこには半人間の形をしたキャラクターやぬいぐるみ、ハンバーガーやケーキや家具など、それぞれが絡み合うさまざまな、なかなか理解不能な状況が描き出されています。
キャラクターたちからは、どこか不気味さと不安定さの印象を受けます。彼女は、制作プロセスを「コラージュ・セラピー」と表現し、特にお世話をする母親としての役割を通じて、アーティストの日常の感情や関係性を、終わりのない重い負担でありながら、愛、つながり、家族の喜びへとつながるものと説明します。作品内に登場する顔のない人物や感情のないぬいぐるみなどは、文化の変容や個人の意識の喪失といった現代社会のテーマを問いかけています。
WKM GalleryはOVOLOホテルの隣のビルに入っています。地上階は駐車場になっているので、MTR黄竹坑駅から行く場合は、駐車場から中に入っていくのが良いです。
柱に貼ってある案内の通り、スロープを上がってエレベーターまで行きます。
このビルにはギャラリーが2つ入っています。もう1つのギャラリーはベルギー発のAlex Vervoordt Gallrey(アクセル・フェルフォールド・ギャラリー)。日本の美学を好み、アンティークディーラーとして始まったギャラリーで、日本の前衛美術団体「具体美術協会」の作家たちを積極的に紹介しています。このギャラリーも実は2019年に中環から先陣を切って移転してきました。MKM GalleryはAlex Vervoordt Gallreyの下の階にあります。
MKM Gallery
20/F, Coda Designer Centre,
62 Wong Chuk Hang Road, Hong Kong
営業時間:11:00 – 19:00
休館:日曜、月曜
Hong Kong LEI (ホンコン・レイ) は、香港の生活をもっと楽しくする女性や家族向けライフスタイルマガジンです。
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