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2025/11/15

焗白汁鶏皇飯

(ゴッ バッ ジャップ ガイ ウォン ファン:廣東語発音)

香港風焼きホワイトシチュー

10月13日、大阪万博が静かに幕を閉じました。

関東から十度も足を運んだわたしは、家族から「えっ、また万博?」と半ば呆れられたものです。確かに、決して近い場所ではありません。それでも終わってしまえば、家族がふと「もっと空いていた4〜6月に行けばよかったのに」とこぼすーーあれほど批判していたのに。結局のところ、あの時間が本当に楽しかったということなのでしょう。

人は、失って初めてその尊さに気づくもの。「万博ロス」「チェコ館ロス」「ミャクミャクロス」。

それらの言葉の裏には、“本気で好きだった”という確かな記憶が息づいています。そして気づけば、会場のあちこちで見上げた空の下にあった笑顔までもが、まるごと「青春ロス」となって心に残っているのです。

けれど、「ロス」は決して悲しみの言葉ではありません。むしろ、それは“夢中になれた時間が確かにあった証”。懐かしさとは、愛情の別名なのです。

この「ロス」という感情を、香港では食を通じて語ることができます。

たとえば、姿を消しつつある香港独自の洋食ーー「豉油西餐(シーヤウ・サイチャン)」。日本でいえば、オムライスやナポリタンのような“レトロ洋食”に近い存在です。1950年代、戦後の香港。高価な生クリームの代わりに無糖練乳を使い、ソースの隠し味には醤油。異文化を軽やかに混ぜ合わせた折衷の味、それが香港らしい「豉油西餐」でした。

ところが、流行りに追い付かない、再開発や家賃高騰、そしてコロナ禍といった時代の波に押され、こうした洋食屋は少しずつ街から姿を消していきます。それでも近年、「豉油西餐」ロスな人々を喜ばせる朗報がありました。

香港映画『阿飛正傳(Days of Being Wild)』のロケ地としても知られる「皇后餐廳(ウォン ハウ チャン テーン Queen’s Restaurant)」、2020年に惜しまれながら閉店した老舗「Jimmy’s Kitchen(ジミーズ・キッチン)」。2か所とも再出発が発表されました。

Jimmy’s Kitchenが、2023年、香港・中環(ジョン ワン)・畢打行(バッ ダ ホン)(Pedder Building)で復活を遂げたのです。クラシックな雰囲気をそのままに、現代の空気をまとった再出発。老香港の香りを知る人々にとって、それはまさに“記憶の復活”でした。

九龍サイドで育ったわたしが、小学生の頃一度だけ、叔父に連れられて香港島の Jimmy’s Kitchen に行ったことがあります。白く張られたテーブルクロス、磨き上げられたカトラリー、黒いスーツのウェイター。熱々の皿に盛られた「白汁雞皇飯(バッ ジャップ ガイ ウォン ファン 和訳:チキン・ア・ラ・キング = 香港スタイルホワイトシチュー)」を前に、小さなわたしは心臓をドキドキさせていました。“大人の世界”に足を踏み入れた気がした瞬間。日本でいえば、横浜・ホテルニューグランドのような存在だったでしょう。少し背伸びして味わう特別な洋食。あの日のチキン・ア・ラ・キングの香りはいまも胸の奥で、静かに輝いています。

香港の洋食文化の源流は、実は上海にあります。

1920年代、「東洋のパリ」と呼ばれた上海では、欧米のレストランが並び、そこにロシア革命を逃れたシェフや欧米商社の料理人が加わり、バターやワインソースに醤油や紹興酒を合わせる独自の「海派西餐 ホイ パイ サイ チャン(Shanghai Western Cuisine)」が誕生しました。

1924年、アメリカ人ジミー・ジェームズが上海で開いた「The Broadway Lunch」、のちの「Jimmy’s Kitchen」です。しかし、1937年の日中戦争の勃発で上海は戦火に包まれ、多くのシェフが英領下の香港へと渡りました。彼らが新天地で再び火を灯したのが、あの“港式西餐”だったのです。

白汁雞皇飯(チキン・ア・ラ・キング)、羅宋湯(ボルシチ)、焗豬扒飯(ベイクドポークチョップライス)などなど、西洋と中華のあいだに咲いた、ハイブリッドな洋食。70年代には黄金期を迎え、Jimmy’s は政財界人や外国人たちの社交場に。やがて80〜90年代、世界の味が流れ込むなかで「懷舊西餐(ワイ ガウ サイ チャン:レトロ洋食)」として懐かしまれる存在になりました。

けれど、それらの料理は単なる味覚ではありません。家族と過ごした時間、若き日の憧れ、“幸福の記憶”そのものなのです。

「Chicken à la King」と聞けば、フランス料理を思う人も多いでしょう。けれどそのルーツは、様々な説がありながら、自分は19世紀末のイギリスから発祥だと思います。“à la”はフランス語で「〜風に」、“King”はホテルのオーナー、E. Clark King Jr. の名。つまり「キングさん風チキン」。英語とフランス語の融合という点で、まるで香港そのもののようです。

万博ロスも、洋食ロスも、本質は同じ。過ぎ去った時間の中に、自分の一部があるからこそ、人はそれを懐かしく思う。失うからこそ、味わいが深まる。それは、香港の洋食にも、大阪万博にも、そしてわたしたちの人生にも、静かに流れる真実なのです。

Tips:よりさっぱりとしたシチューに仕上げたい場合は、無糖練乳の代わりに牛乳を、ギーの代わりにバターを、小麦粉の代わりに米粉を使ってみてください。

 

材料(2人分

鶏肉

鶏もも肉……約200g(※大きめに4〜5cm角にカット)

塩胡椒……適量

サラダ油……大さじ1

 

野菜

玉ねぎ……200g

セロリ……25g(筋を取る)

にんじん……70g

じゃがいも……70g(芽を取り皮をむく)

ブロッコリー……1/4個(※茎の部分は別の料理に使用)

 

*ギー(野菜炒め用)……20g

 

ソース

水……約200〜250ml(様子を見て調整)

無添加コンソメ顆粒……6g

*ギー(または無塩バター)……20g+仕上げ用10g

にんにく……1片(みじん切り)

薄力粉……10g

無糖練乳……250ml

塩胡椒……適量

 

トッピング

とろけるチーズ……適量

パルミジャーノ・レッジャーノ(すりおろし)……適量

粗挽き黒こしょう……適量

*ギーはインド発祥の精製バターで、バターから水分とタンパク質を取り除いた純粋な乳脂肪です。

 

作り方

1.玉ねぎは半量をくし形に、残り半量を薄切りにする。セロリは3cm幅の斜め切りに、にんじんは縦4等分にして1cm幅の斜め切りにする。じゃがいもは存在感を残すため、大きめの一口大(約3〜4cm角)に切る。ブロッコリーは小房に分け、茎の部分は別の料理に使用する。鶏もも肉は4〜5cm角の大きめサイズに切り、塩胡椒をふる。

2.深めの鍋にサラダ油(大さじ1)を熱し、鶏もも肉を加える。表面に軽く焼き色がつくまで中火で焼き、香ばしさを出す。いったん取り出す。

3.同じ鍋にギー(約20g)を足し、にんじん・玉ねぎ(くし形)・じゃがいもを加えて炒める。全体に油が回ったら、水と無添加コンソメ顆粒(6g)を加えて中火にかける。沸騰したら弱火にし、蓋をしてじゃがいもに竹串が通るくらいまで約10分煮る。

4.別のフライパンにギー(20g)を溶かし、にんにくを入れて香りを立たせる。香りが出たら薄切り玉ねぎを加え、塩少々でしんなりするまで炒める。薄力粉を加えて火を止め、余熱で粉気をなじませる。再び弱火にして無糖練乳を半量加え、ふつふつしてきたら火を止め、とろみがつくまで混ぜる。

5.3の鍋に4のソースを加える。残りの無糖練乳を加えて混ぜ、鶏肉も戻して弱火で煮詰めながら濃度を調整し、塩胡椒で味をととのえる。

6.ブロッコリーは別の鍋で軽く塩を加え、固めに茹でておく。色鮮やかで歯ごたえを残すのがポイント。

7.耐熱皿に5のシチューを盛り、上に茹でたブロッコリーをバランスよく並べる。とろけるチーズとパルミジャーノを全体にのせ、オーブントースターまたは上火でチーズがこんがりするまで焼く。粗挽き黒こしょうをふり、熱いうちにどうぞ。


雲姐(ワンジェ)

料理研究家。香港に生まれる。幼少期、平日は祖母、週末は料理が趣味だった父の手料理を食べて過ごす。オーストラリアへ移住を経て、結婚を機に日本へ移り30年。中国国際薬膳師、発酵食品ソムリエ、発酵ライフアドバイザーの資格を持ち、中華圏および日本の食文化への造詣も深い。現在は、日本の人々に香港料理を伝えるべく東京で活動中。

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