2026/02/20
Website:https://www.yukofukubajohnsson.com/
Instagram:yuko_fukuba_johnsson
聞き手:紅磡リンダ
編集:野津山美久
〈目次〉
〈父が蒔いたふたつの種〉
〈土とのやりとり、モノづくりの楽しさ〉
〈わたしをアーティストにしてくれた街、香港〉
〈福場さんに3つの質問〉
〈父が蒔いたふたつの種〉
香港島の南、黄竹坑にあるアートギャラリー wamono art で先月まで開催されていた「Moments」という展覧会。ここではある日本人アーティストの作品が展示されていた。大人の拳ほどのサイズの小ぶりな作品群で、それぞれ触れた瞬間に砕けてしまいそうな、繊細な色合いの層が幾重にも折り重なって、何かを包んでいる。割れ目のような隙間から中を見ると、包まれているのは石だと分かる。アーティストが、自身の思い出がある土地から採取したものだ。ひとつひとつは小さいけれど、複数で展示されると、ギャラリーのオーナーをして「パワフルで、空間を支配してしまう」と言わせるほどのエネルギーに溢れた作品群だ。 作者はヨーンソン福場祐子さん。今、注目を集める新進気鋭のセラミック・アーティストだ。

「わたし、ちょっと変わった家に育ったかもしれません」と語る福場さん。
テレビのドキュメンタリー番組の制作をしていた福場さんの父は、モノづくりが趣味だった。彼の「クリエイティビティーを育む」という教育方針のもと、家庭ではテレビは禁止。代わりに自宅はDIYの工具、画材、楽器など、ありとあらゆる「道具」で溢れていた。福場さんが椅子をデザインし、寸法を伝えると、父がそれを実際に作り自分も手伝うといった形で、モノづくりを小さい頃から体験しながら育った。福場さんの人生に「香港」を加えたのも父だった。70年代から頻繁に香港を訪れてきた彼は、2000年代初頭、返還後の転換期を迎えていた香港に福場さんを連れてくるようになった。彼が強く惹かれた香港人の下町気質やバイタリティーは福場さんをも強烈に魅了した。モノづくりと香港、父はふたつの種を娘の心に植えた。
〈土とのやりとり、モノづくりの楽しさ〉
そんな少女時代を過ごした後、大学を卒業し、福場さんは外資系広告代理店に就職。クリエイティブ担当として、広告アイディアの捻出から最終的な制作までを担当した彼女はメキメキと頭角を現した。10年ほどすると、彼女の努力が功を奏してか香港の広告代理店への転職話が舞い込んだ。香港好きだった福場さんは迷うことなく快諾した。
広告代理店で活躍していた時代、ロケ中に
香港での生活は順風万帆だった。自分の幸せを心から喜んでくれるパートナーにも巡り合い、結婚。仕事も順調に進んでいた。そんな中、趣味として陶芸を始めた福場さんは、あっという間にハマっていった。
「陶芸は土というプリミティブな素材とのやりとり。土に『すいません、これは今日できますかね?』とお伺いをたてて、「できる、できない」の判断を仰ぐんです。湿度とか、室温とか、その時々の状況で一つの段階にできることが決まっていて、それ以上はどう頑張っても、焦ってもできない。そのやりとりがなぜか心地よくて、面白いって感じるんです」
作業に没頭する福場さん(注:写真は日時を含めレトロ加工されています)
福場さんはその魅力にすっかり取りつかれてしまった。いつしか、趣味を超えて本気で陶芸に取り組もうという気持ちが湧き、だんだん強くなってきた。そんな折、夫が長く過ごした香港を離れ、故郷であるスウェーデンに戻るという計画がもちあがった。
この時期は、自身が長く身を置いた広告業界において、自らの立ち位置を見直したいと考えていた時期でもあった。
「効率よく仕事を進めることを優先してる自分に気づいちゃったんです。面白い案が出ても『これは買ってもらえないな』と予測できてしまうので、あえてチャレンジしない。このまま仕事をもらえなくなる日まで惰性で続けても、生きてるんだか死んでるんだか分からないな、って」
広告業界から距離を置き、陶芸をアカデミックに、体系的に学びたいと、スウェーデンの陶芸を学べる美術大学への進学を志した。
〈わたしをアーティストにしてくれた街、香港〉
しかし、想定外のコロナ禍で状況は一変。渡航規制のため、スウェーデンへの移住計画の見通しが立たなくなってしまった。福場さんは当時厳しかった規制のもと、数少ない陶芸が学べる場を提供していたHong Kong Art School に入学した。今、福場さんは「香港でなければわたしは絶対にアートをキャリアに選んでなかった」と言い切るが、その理由の多くがこの学校にあった。「自身もアーティストとして活動している講師全員、彼らの知識と経験の全てを学生に注いでくれるんです。それはもう、ケチらず、惜しげもなく。香港らしいでしょ(笑)」
自由な発想とそれを作品に進化させる方法も学んだ。「毎学期行われる集中講座で、お題だった『香港公園』の耐え難い暑さを表現しようと、汗で絵を描くという突飛なアイディアを出したのですが、『面白い!』と認めた上で『汗の象徴として塩水で描いてみては?』と発展させる手がかりをくれたんです」
また、親子ほど年が離れているにも関わらず気の置けない「学友」として接してくれる同級生たちと過ごす時間も心地良かった。
外国人であろうと、年齢が高かろうと、いい作品を作れば受け入れてくれる、そんな香港の土壌に福場さんは強く勇気づけられ、そのまま香港で大学を卒業した。
卒業式にて。学位はオーストラリアRMIT大学の認定
卒業後は香港でアーティストとして活躍するための扉がどんどん開いていった。前述のwamono artギャラリーでの展覧会も成功裏に終え、今後はポーセレンの発生地である景徳鎮、そしてオランダにある世界トップクラスのセラミックアートのリサーチセンターでのアーティスト・イン・レジデンシーに招かれている。
「レジデンシーという貴重な滞在期間を最大限有効に使うために、香港でできる限り制作の質を高めて準備するのが今のタスク。自分と素材との関係性を限界まで詰めるプロセスから初めて納得できるものが生まれるし、それが結果的に見てくださる方の感情を掻き立てる作品につながると信じています」
モノづくりと香港。父が蒔いたふたつの種が今、大きな花を咲かせようとしている。「俺の教育方針は正しかった」お父様は今、天国でほくそ笑んでいるに違いない。
父と共に
〈福場さんに3つの質問〉
Q1 これまで読んだ中で、一番人にお薦めしたい本は何ですか。
哲学的な本ではありますが、エーリッヒ・フロムの『愛するということ』ですね。この本はこれまで30年ぐらい、本当に何度も何度も読み返した本です。恋愛関係、親子愛、兄弟愛、さらには人類愛、色んな形の愛についての考察の本です。
Q2 江戸時代の日本に生まれ変わったとしたら、どんな職業をしたいですか。
質問を聞いた瞬間、木版画家って閃きました! 何でかって言われると分からないんですが、多分、細かい作業が好きなんでしょうね。
Q3 これまで歩んできた道を振り返って、過去の自分自身に感謝したいことはありますか。
直近でいうと、学校に入り直そうと思ったことですね。つまり、セラミックを本気でやろうと決めたことです。あ! うちの旦那を選んだことって言えばよかった!(笑)
Hong Kong LEI (ホンコン・レイ) は、香港の生活をもっと楽しくする女性や家族向けライフスタイルマガジンです。
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