2026/10/20

Web: https://haruki-watanabe-hkust.github.io/group-site/index.html
聞き手:小林杏
編集:野津山美久
〈目次〉
〈自分で自由に考えることがとにかく楽しい〉
〈やり遂げる力があるからこそ到達できる〉
〈香港科技大学で、世界を目指していく〉
〈渡辺さんに3つの質問〉
〈自分で自由に考えることがとにかく楽しい〉
米国名門カリフォルニア大学バークレー校で博士号取得、世界大学ランキング1位*のマサチューセッツ工科大学では博士研究員を務めた元東大の准教授が、この3月、香港にやってきた。日本の全国紙や地元香港の新聞にも取り上げられる注目の物理学者、渡辺悠樹さんだ。彼は現在、香港科技大学で物理学系教授および高等研究院教授として物性物理の研究をしている。
渡辺悠樹さん。青い海を望む香港科技大学の研究室にて。
幼少期は、地元の公立小中学校で伸び伸びと過ごした。地域活動を積極的にやる両親が作った「誰でも来ていい」というバスケットクラブで練習に精を出し、彼らが開いた数学教室にも通った。「教えに来てくれたのは近所に住む東大卒の研究者気質のおじさんでした。受験勉強とは全く違い、考え方というものを徹底的に教わったんです。中学校の卒業文集に研究者になりたいって書いたんですけど、それは彼の影響を受けたんでしょうね」と渡辺さんは言う。
自分で考えることがとにかく楽しく、「算数・数学が趣味みたいだった」という渡辺少年は、ゲームをする感覚で、数学の問題集を朝からずっと解いたりしていた。
高校時代は、バスケ部で朝、昼、夜練と励み、その傍ら、勉強は好きな数学しかやらなかった。漢字を覚える、年表を覚える、など「覚える」勉強に興味がわかなかったのだそうだ。そして数学の時間には、先生がすぐに問題の解き方を解説するのが気に入らず、「廊下に出て自分で答えを見つけてきたい」と申し出た。自由な空気のある都立高校で、渡辺さんの意欲は尊重してもらえたという。
現在も大好きなバスケットボールを続けているという渡辺さん。
いわゆる「お受験」という形の勉強をしてこなかったという渡辺さん。一浪して東京大学理科一類へ入学すると、周囲には受験戦争を終えゴールに辿り着いたかのような人も多かった。しかし渡辺さんは「自由奔放に勉強してきたから疲れてなかった。これからだ! って思いました」という。
大学2年生で専門分野を物理に決めた。進学ガイダンスでの説明が面白かったことに加えて、大学からの物理は「自分で考えて答えを導き出す」ことが多くなったからだ。
〈やり遂げる力があるからこそ到達できる>
「数少ない法則によって世の中のあらゆる事象を説明していこう、というのが物理です。たとえば、ニュートン力学で、ボールの飛び方から地球の周り方までも説明ができる。そして、単に説明するのみでなく『こういう現象が起こるはずだ』と理論に基づいて予言もできるのがすごいところなんですよ」と物理について語る渡辺さん。物理学が発展していくと「この法則に従っているから、こうなる」と、世界は美しく整理されて我々の目に見えるようになるという。
物理とひと言でいっても、力学、相対性理論、宇宙論などさまざまな分野があるが、渡辺さんの専門分野は物性物理、つまり物質の性質についてであり、その中でも「トポロジカル物性」の理論研究だ。
簡単に説明をお願いすると、渡辺さんはホワイトボードに向かった。「相の分類というのがおもしろくてですね……」と話し始めた彼からは、一体世の中に、これほど楽しいことがあるのだろうかとでもいうような高揚感が伝わってくる。「研究に関しての問題は常に頭にあり、夢の中でも問題を解いてしまう」という彼の言葉を裏付けるかのようだ。
物理や研究の話になると、俄然熱が入る渡辺さん。
人並みならぬ熱意があるからこそ、他から一目置かれる研究成果を出し、狭き門をくぐり抜け、研究者の職を得るに至ったのか。そう思い、研究において一番大切なことはと問うと、こんな答えが返ってきた。
「答えを知りたい、と思う人は多いですよね。でも、そこから考えることをやめず、突き詰めて自分なりの答えを出し、論文にまとめて出すまでの『やり遂げる力』があったことが、僕が研究者として優位であれた理由だと思っています。バスケット部で体力と根性が人よりも鍛えられたことと、負けず嫌いな性質が手伝っているかな」
加えて米国での留学経験も、彼の研究者として飛躍できた要因だという。
「アメリカにいた時は、最新の研究が日々そこで作り上げられていると実感しました。レベルの高い研究者が集まっていて、彼らと共同研究ができるというメリットもあります。それに、世界中に知り合いができ、その縁であちこちの学会へと声をかけてもらえることによって研究の幅も広がるんですよ」
〈香港科技大学で、世界を目指していく〉
留学後、東京大学で講師から准教授となり研究を続けていたが、今年3月に香港へ移り、香港科技大学の教授、そして学内にあるジョッキークラブ高等研究院教授となった。
香港科技大学は1991年に創設された新しい大学で、現在、優秀な若い人材を積極的に受け入れ、新しい学科も増設している。世界大学ランキングではアジア8位(東大は11位)*で、教育や研究に対するサポートも手厚い。「どんどん成長していく勢いを感じる」と渡辺さんはいう。
彼の研究を含む、いわゆる基礎科学の研究は「明日すぐに使える半導体にはならない」。しかし、世界にあふれる謎を解き明かし、真理を見つけることは、科学知識の強固な土台となっていく。科学のレベルを積み上げていくことは、よりよい将来へと繋がっていく、そう信じる渡辺さんにとって、研究への投資を惜しまない香港科技大学が魅力的であったのは当然のことだろう。
後にした日本には、正直「教育・研究への投資をもっとするべき」と、憂いを感じている部分がある。でも、渡辺さんはこういう。
「ここでの研究が盛り上がったら、僕がいることで、日本からも多くの学生が学びに来てくれるに違いないと思っています。僕は自分の経験から、学生たちは海外で学び、見聞を広めるべきだといつも言っています。学生達がここで最新の研究に触れ、ここにある良い研究環境を知り、日本の現状改善にもつながっていったら、すごくうれしい」
西貢区清水湾(クリアウォーターベイ)に位置する香港科技大学からの眺望。
現在まで、既に3人の博士研究員を自身の研究室に採用した渡辺さんは、この先の意気込みをこう語る。「チームをさらに強化し、学科全体としても勢いが増していけば、香港科技大学の物理学科が世界で最も高く評価されるようになることも、夢ではないと思います。世界一を目指す場所に身を置いて、自分も一緒に盛り上げていきたい」。
インタビューの後、渡辺さんがキャンパスの中を出口まで先導してくれた。青空の下、バスケットボールで鍛えた彼のガッチリした肩には、科学が担う美しい未来がしっかりと背負われているかのようだった。
* QS World University Rankings® 2027
〈渡辺さんに3つの質問〉
Q1 ご自身のHPに掲載されている写真やインタビューの背景に「ちいかわ」が写っていますが、渡辺さんの癒しなのでしょうか?
いえ、僕の書いた教科書『解析力学 ―基礎の基礎から発展的なトピックまで―』(共立出版, 2024年7月)の表紙が、ちいかわのハチワレに似ていると話題になり、「ハチワレ本」って呼ばれているんです。ほら、耳の部分の青とか、ほっぺたの感じとか……。そういうわけで、子ども達と映画は見ましたけど、ちいかわファンではないですよ。笑
ハチワレに似ている(?)本書は、東大の講義で教科書として使用していた。
Q2 では、難しい研究をされている渡辺さんの癒しはなんですか?
お酒飲むのが大好きで毎晩飲んでいます。忙しいことは忙しいんですけど、僕、ストレスでイライラするようなことは、あまりないです。疲れたら休むし、夜はお酒飲んで楽にしながら……研究したりしてるんですけど。あ、あと筋トレも大好きです!
Q3 物理の研究は「理論」と「実験」の両輪で動いていると聞きました。渡辺さんは、なぜ理論家の道を選んだのですか。
元々は実験家になりたかったんですけど……でも、実験設備に縛られることなく、紙と鉛筆があれば、気になったトピックをいつでも自由に研究できるのが「理論」の魅力なので、理論家の道を選びました。
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