2024/02/20

「Hong Kong LEI – Cover Story」は、香港で輝いている人をご紹介するシリーズ企画です。当記事は、健康と食の安全をお届けする Tasting Table Japan Premium より当企画への賛同と協賛をいただき制作しています。



「村暮らしから見える、香港の魅力を伝えたい」

IG: kanatinq
X:@kanatin

聞き手:大西望
編集:深川美保


目次

〈農暦に沿った新界の村暮らし〉
〈社畜生活から自分を取り戻す〉
〈香港で作る香港の良い物を知ってほしい〉
〈Kanatinさんに3つの質問〉


〈農暦に沿った新界の村暮らし〉

晴天に恵まれた1月中旬の大埔林村(Lam Tsuen)。この村に暮らす日本人のKanatinさんは、カエンカズラ(火焔葛)のオレンジの蕾を見ながらこう説明した。
「中華圏では旧暦新年に爆竹をする習わしがありますよね。この花は旧正月の元日朝に満開になるので、『炮仗花(爆竹の花)』と呼ばれているそうです。旧暦は『農暦』とも言うように、自然の動きと同じ。だから農暦の考え方と田舎暮らしはとても繋がりやすいです」

満開間近のカエンカズラ(火焔葛)。大埔林村にて。

Kanatinさんは、2020年からこの村に住み、自然に囲まれた暮らしを楽しみながら香港の農業を盛り上げたいと活動している。「まずはその土地に住む人が地元野菜の魅力を知って支えないと農業は広がらない」という考えから、香港人向けに香港野菜を使って和食を作るイベントやワークショップを行っている。

Kanatinさんが住む村の後ろには、大帽山山系がそびえ田園が広がる。

1月中旬は大根の収穫時期で、穫れた有機大根で香港の新年には欠かせない蘿蔔糕(大根もち)が作られる。今年は、この時期に合わせて農家が一丸となってPRをしており、Kanatinさんもキャンペーンを盛り上げるため香港大根で和食を作るイベントを企画。それが2024年の仕事始めだったという。

香港では2016年から新農業政策が実施され、各地の村が大学や企業などと協力し、プロジェクトとして農作物を作る事が増えた。それにともない農業への関心も高まっているという。
「先日あったお米のイベントは参加者も、メディアもたくさん来ました。『昔は香港野菜と言っても誰も見向きもしなかったのに、こんなに人が来て感動』と農家さんは泣いていました」とKanatinさんは振り返る。激動の数年を経たからこそ、農業に価値や活路を見出す人が増えたのだろう。

地元農家のグループによる、香港大根PR用のポスター。

〈社畜生活から自分を取り戻す〉

大学時代から香港に興味を持ち、日本での仕事も香港に関わるものだったというKanatinさん。2018年の語学留学で香港に移住し、翌年からは香港の広告代理店で本格的に働きだした。しかし、残業が多く深夜にタクシーで帰宅する日々で、気付けば「社畜になっていた」という。

「会社勤めは止められなくても、せめて帰宅後や週末は良い生活をしたいと思いました」

Kanatinさんの言う「良い生活」とは、自然を感じられる環境で、新鮮な野菜や食材を適正価格で買い、おいしい食事を食べること。林村へ引っ越すことで少しずつ基本的な生活の質を上げることができた。

村では、個人的に生活を楽しむだけではなく積極的に村のコミュニティに入って行き、自分の住む場所にどう貢献できるかを考えるようになった。静岡で祖父がお茶農家だったこともあり、帰国時には茶摘みをするというKanatinさんにとって、村の人々が携わっている農業に関心が向くのは自然なことだったのだろう。農業イベントや新界の歴史などを学ぶ勉強会にも参加し、知り合いを増やすとともに香港の農業に理解を深めていった。

村の住人と積極的に交流してきたというKanatinさん。住人から時折、地域猫の世話も頼まれる。

ある時、友人の展示会で、「キッチンがあるから何か作れないかな?」と頼まれて簡単な食事を作った。それがきっかけで香港人は現代の日本人が食べている家庭料理を知りたがっていると分かったという。そこから、香港野菜で和食を作る「香港菜和食午餐/工作坊」というワークショップを始めることにした。香港野菜を広めたいというKanatinさんの想いを、和食が支えてくれた。

人気メニューは、3日ほど味噌に漬けたクリームチーズと「葱クラッカー」。

「農家さんは、青葱を収穫するとそれを使ってクラッカーを作ります。作り方を教えてもらったので自分で作り、そのクラッカーに味噌漬けのクリームチーズを載せて出したらとても好評でした」

香港人は「和食と言えば味噌」と考える人が多い。日本の味噌にチーズを漬けるという創作料理は、和洋中の料理が一緒にならぶ、日本の食卓で育った人ならではの発想だ。Kanatinさんはそれを香港野菜を使ったクラッカーと組み合わせて、日本人らしい味覚に香港らしさを添える。

食事には、静岡の煎茶も出している。素材の味を引き立てる和食の調理法で新鮮な香港野菜のおいしさと、静岡の煎茶で本場のお茶の味わいを楽しんでもらっている。

また、料理だけでなく畑の現状や農薬事情などを伝えることも重視しているという。
「地元の野菜について知る機会がなく、『新界の野菜は普段ほとんど買わない』と言う人たちがワークショップを通じて気づきを得ることにやりがいを感じます」

ワークショップでの調理台。つねに旬の野菜を使う。冬は大根と葉もの野菜が中心だ。

〈香港で作る香港の良い物を知ってほしい〉

香港野菜に関わる活動を始めてもうすぐ1年。「年間を通した農事歴が見えるまであと数ヶ月必要」とKanatinさんは言うが、旬の香港野菜を使ったレシピ開発に余念がない。昨年末は、村で収穫した米の糠を使って香港野菜の糠漬けを作った。香港における地産地消を活性化させるため、楽しみながら試行錯誤しているようだ。

村で暮らすことについて、「農業に関わる人がみな繋がり、知り合いになれるのがおもしろいです。農業イベントや村ツアーなども日々企画されていてとても楽しい」と語る。

輸入品の多い香港でも、その気候と豊かな自然の中でこそ実る物がある。それを作る人たちがいて、農業を盛り上げたいと力を尽くす。香港の自然と人々の想いから作られた物、それは香港がいま持っている、香港の魅力そのものだ。そのことに地元の人がもっと目を向けてほしいという想いがKanatinさんにはある。香港の良い物、良い所を香港人が気づき、自ら発信することで、いまの香港の魅力が世界に伝わっていく、そんな未来を見据えている。

香港米の糠で作った、オリジナルの糠床。日本のものよりも、香ばしい風味がするとか。

 


〈Kanatinさんに3つの質問〉

Q1 林村を選んだ理由は何ですか?

以前、車で林村を通ったことがあり、「村に住むならここだな」と決めていました。村によっては保守的な所があると噂で聞いていましたが、ここは良い人が多いです。部屋はネットで探しました。

 

Q2 村暮らしの欠点はありますか?

携帯の電波が弱いところ。あとは都会から遠い。でも日本の田舎に比べたら、すぐに都会に出られますけどね。海外旅行から香港の空港に戻ってきても、空港から村までがまた旅行のように遠いです(笑)。

 

Q3 静岡のお茶は香港でも毎日飲んでいますか?

小さな頃から飲んでいるので、お茶を飲まないと落ち着きません。ないと困る(笑)。静岡のお茶って甘いものとも合いますけど、イチゴやメロンなどにも合うと思います。フルーツを食べた後にお茶を飲むと喉が爽やかになる。そういうこともワークショップで伝えています。

 

 

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