2024/05/20

「Hong Kong LEI – Cover Story」は、香港で輝いている人をご紹介するシリーズ企画です。当記事は、健康と食の安全をお届けする Tasting Table Japan Premium より当企画への賛同と協賛をいただき制作しています。


僕がやるのは、世界の描写。伝えたいのは、体験。


<目次>
<香港国際映画祭、常連監督>
<ドキュメンタリーに青写真はいらない>
<自分独自のドキュメンタリーを>
<想田和弘さんへの3つの質問>


 

<香港国際映画祭、常連監督>

今年の香港国際映画祭に、一本のドキュメンタリー映画が出品された。瀬戸内海に面した港町を舞台に、野良猫たちと地元民の日常を描いた作品『五香宮の猫』。ドラマチックな展開や衝撃の結末もない、一般受けという観点から離れた映画にも関わらず、映画祭から発売された2回の上映は即時完売。追加上映が組まれるほどの人気であった。この作品の監督が想田和弘さんだ。過去の2作品が香港国際映画祭で受賞、という実力を持つ。

観察映画第10弾『五香宮の猫』(2024年)より。©Laboratory X, Inc.

想田さんが専門とするドキュメンタリー映画は、フィクションとは異なり、「事実を記録」するものと一般的に定義されている。とはいえ、ドキュメンタリーでも作品に状況を説明するナレーションを加えたり、特定の感情を呼び起こす音楽を挿入することはごく普通に行われている。「作品をこう観て、こう感じて欲しい」という作り手による演出が随所に込められているのだ。

想田さんの作品からはこういった演出はほぼ全て排除されている。銀幕に映し出されるのは、例えば釣りを楽しむご隠居さんたち。そして彼らの釣果のおすそ分けを待つ野良猫ちゃんたち。そのフンの始末が大変だとこぼす人あらば、猫ちゃんたちへのエサやりを楽しむ観光客あり。田舎の日常のみが展開する。この観察的な鑑賞ができるスタイルの映画を、想田さんは自ら「観察映画」と呼び、処女作から一貫してこの方法で制作を行っている。

観察映画第10弾『五香宮の猫』(2024年)より。©Laboratory X, Inc.

「観察映画」の萌芽は大学時代に生まれた。想田さんは栃木の田舎に生まれ育ち、地元でも際立った優等生だった彼は「成績が良ければ東大に行くもんだ」という周囲の常識に従い、迷いなく東京大学に入学。そこで伝統ある東京大学新聞の制作に携わることとなった。ここで地元では考えられないほど自由で刺激的な考え方の部員たちと出会うことができた。

「昭和天皇が亡くなった年、編集部では『天皇制は不要』とか、何のタブーもなく語られていたんです。地元でそんな事言う人はいなかったから、すごくショックで。でも、自由にしゃべれるのが楽しかった」

東大に行くという常識に従ったことが、皮肉にも常識に疑問を持つという彼の考え方のきっかけとなったのだ。

 

<ドキュメンタリーに青写真はいらない>

学生新聞に没入した彼は、その後「燃え尽き症候群」に陥ってしまう。これを機に次第に彼の関心は人間の内面にシフトし、宗教学の学者になることを目指しかけた。しかし、勉強を進めるうちに再び疑問を持ち始める。

「そのころ『人はなぜ生きるのか』という問いに関心があったのですが、学問では答えを出しにくいと思ったんです」

その時なぜかふと映画監督になるという考えが湧いたという。

「映画がすごく好きだった訳じゃないんで、不思議なんですよね。理由を聞かれたら『よくわかんないけど、実は昔からずっと映画を作りたかったような気がする』って返答してましたよ」

インタビューは、香港国際映画祭の会期中に行われた。

東大を卒業後、ニューヨークの大学で映画製作を徹底的に勉強。映画とアート漬けの時間を過ごした想田さんは、卒業後もニューヨークに残り、日本のテレビ局向けにドキュメンタリー番組を制作するプロダクションに就職した。責任ある仕事を任されるようになった頃、既存のドキュメンタリーの制作メソッドに疑問を抱き始めた。

「ドキュメンタリーなのに、事前に番組の台本を作ってテレビ局の承認を得なきゃいけなかったんですよ。実際は撮影すると青写真通りにいかないし、むしろ想定外の面白いことが撮れたりするのに、それを撮って帰ると怒られちゃうんです。その上、ナレーションでなんでも説明して、悲しい場面には悲しい音楽を付けて…。『ドキュメンタリーに台本もナレーションも音楽もいらないのでは?』と提案したこともあるんですけど、ふふふって(鼻で笑われました)」

この時の、過剰な脚色と演出に対する強い疑問とフラストレーションが「観察映画」の基盤を作った。

 

<自分独自のドキュメンタリーを>

これらの不満は、会社の事業不振によるリストラという形で突然終わりとなった。そこにタイミングよく舞い込んできたのが、大学時代の友人「ヤマさん」が選挙に出馬するというニュース。5浪して東大に入学するもほとんど授業に出ることがなかった(が、コンパには必ず参加する)という、破天荒な学友が選挙に出る、しかも自民党公認候補として。

彼の選挙運動を撮れば面白い映画になると直感し、すぐさま撮影を開始。これが想田さんの「観察映画」の処女作となった。日本の選挙活動をありのまま描いた『選挙』は前述の香港国際映画祭をはじめベルリン国際映画祭、シドニー映画祭などに正式招待されたほか、数々の国内外からの映画賞も受賞している。

観察映画第1弾『選挙』(2007年)より。©Laboratory X, Inc.

観客の中には、全く想定外の感想を持つ人も多いのでは? こんな問いに、想田さんは笑顔で答えてくれた。

「全くオッケーです。たとえば『選挙』の公開時には、自民党から殺されるのでは、と心配する人がいたり、逆に、自民党の宣伝映画なんか作りやがって、と怒る人がいたりしましたが、それでいい。僕がやろうとしているのは世界を描くこと、伝えたいのは体験なんで。同じ体験をしても、どう反応するのかは人それぞれ。それでいいんです」

そんな想田さんの作品に見て取れるのは労働問題、環境問題、グローバル化、少子高齢化など、誰もが一端を担っている、世界レベルの社会問題の片鱗。世界の観客はそれらを自分や自国の状況に置き換えて解釈して共感を覚えるのだろう。

想田さんは現在、『五香宮の猫』の舞台でもある岡山県の牛窓という田舎町に居を構える。辺鄙な日本の田舎の体験を世界へ。彼は観察映画を通じて発信を続ける。

 

<想田和弘さんへの3つの質問>

Q1 タイムマシンがあったら、どの時代で何を対象にカメラを回しますか?
地球ができた時を見てみたいですね。まだマグマとかがグツグツ煮えている時。カメラがあるっていう前提ですけど(笑)

Q2 好きな香港映画は何ですか?
僕はまさにブルース・リーとかジャッキー・チェンの世代なんで、彼らの作品は外せませんね。あとはウォン・カーワイ監督にも相当影響を受けました。(人は)一番多感な時期に観た映画からスポンジのように吸収して、その後のファンデーション(基礎)を作ると思うんです。僕の場合はニューヨークに渡ってすぐの頃に『恋する惑星』を観たので、あの作品が一番印象深いですね。

Q3 想田さんはこれまで何度も香港にいらしてますが、今回の特別な思い出はありますか?
今回、映画祭で作品を観てくれた観客が若いのでびっくりしました。日本を含めて世界的に映画の観客のシニア化が進んで、若い層に映画が浸透しないことが問題になっているのに、ここ香港では20代、30代がメインだったように感じました。

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