2026/06/20
22歳の時、アン・ホイ(許鞍華)監督の映画『男人四十』(2001年)のオーディションへ声がかかり、見事、ジャッキー・チュン(張学友)氏とアニタ・ムイ(梅艷芳)氏という大スターたちと肩を並べる重要な役を射止めた。「持っていたもの全て、と言ってもスーツケース2つとHK$1,000だけ」を手に、彼女は香港へとやって来た。続いた2つのオーディションも突破し、『カルマ』(2002年)では、香港のアイコンとも称されるレスリー・チャン(張國榮)氏と、『ティラミス』(2002年)ではニコラス・ツェー(謝霆鋒)氏とダブル主演を果たした。
カナダ育ちのため、漢字表記の台本に苦戦し、広東語発話を明瞭にするため口に拳を入れてセリフを練習したというカリーナさんは、こう振り返る。
「初期に、映画界の偉大な方々と一緒に仕事ができたことは本当にラッキーでした。現場で彼らが映画制作に向かう姿を見て、わたしもこの道へ進もうと決めたのですから」
完璧に準備をして臨む。流動的な現場で、演じる人物の核を保ちながら、順応していく。先輩レスリー・チャン氏は自身がカメラに映り込まない会話シーンでも、「相手役が感情を込めやすいように」と必ず現場でセリフを読んでくれた。様々な場面で、いい映画を作ろうというプロの情熱を、彼女は肌で感じたのだ。
『男人四十』の公開後、カリーナさんは最優秀新人賞等を受賞。その後も、毎年、主演作が公開される女優として、確実な地位を築いていった。
〈演劇学校に行かなければ、わたしはもう終わり〉
しかし周囲の絶対的な評価とは裏腹に、カリーナさんは10作品目あたりから「撮影セットに向かうのが怖くなった」と言う。
「女優になった途端に全てがすごい速さで進んでいきました。でも、わたしは学校で演劇を学んだ経験がなく、人に見せられるものを持っていないと感じ始めたのです」
映画祭でファンにサインをするカリーナさん。Photo Source: TIFF2024 Press
自信を失い、ないものを絞り出すような思いで現場に向かっていたカリーナさんは、2007年、パリにあるフィリップ・ゴーリエ氏の演劇学校へ行くことを決めた。サシャ・バロン・コーエン氏なども教えを乞うた世界に名を馳せる有名校だ。
人気絶頂期で多くの仕事が舞い込んでくる中、休業をするというのは思い切った決断だった。一度スポットライトから外れた人間が、再び戻れる保証などない世界なのだから。
「多くの人から凄まじい反対を受けました。でもわたしは女優の仕事が大好きで、この先も心から好きでいたかった。だから学びに行くことが必要でした」
他人の評価ではない。自分が今どうあり、この先どうなりたいかを選んだ。「行かなかったら、わたしはもう終わり」、そう思ったという。
学校では、道化師、司会者、歌手など、あらゆる背景を持った多国籍の生徒たちから大いに刺激を受けながら学んだ。その後、香港での映画撮影が待っていたが、もうセットに向かうのは怖くなかった。「まるでバッグの中に色々な道具を持っていて、それらを必要に応じて出せるようになったみたい」。
新作ドラマ『The Season』の一コマ。左がカリーナさん。上流社会の女性を演じている。Courtesy of ViuTV “The Season”
今日も彼女は銀幕の中の人であり、映画賞ノミネートの話題に事欠かない。でも何よりも大切なのは、賞よりも「自分が作品のために現場でベストを尽くすこと」。その想いは、昔も今も変わらない。
〈陶芸がわたしを選び、わたしは私自身を選んだ〉
カリーナさんには、陶芸家というもう一つの顔がある。
元々、書道家の井上有一氏などの展覧会のキュレーションをしたり、大型文化イベント「フレンチ・メイ」のアンバサダーを長年務めたりと、アートに関しては造詣が深い彼女だが、なぜ陶芸なのかと問うと、こんな返事が返ってきた。
「陶芸がわたしを選び、わたしは私自身を選んだ、と思っています」
陶芸は、7年ほど前、娘達を陶芸教室へ送迎していたことがきっかけで始めた。
「当時わたしは結婚をしていて、子どももいて、順調なキャリアもあって、全て揃って、幸せなはずでした……。でも何か違和感があって」
陶芸作品に向かうカリーナさん。自身の陶芸スタジオにて。
そんな時、陶土に触れ、静寂の中、手に導かれるままに向かっていた陶芸から、「娘、母、妻そして、女性としての『こうあるべき』ではなく、自分の『こうありたい』を見つめるべき」と教えられた。そして認めることが辛かった「結婚生活が幸せではない」という事実とも向き合い、夫婦関係に終止符を打ったのだそうだ。
誰でもが感じる、家族や社会のしがらみに加え、職業柄、周囲からのプレッシャーは人一倍大きいだろう。でも演劇学校行きを決めたように、カリーナさんは、自分に正直でいる人だ。陶芸は、彼女にゆっくりと「自分自身でいること」を取り戻させてくれた。
現在は、人気の陶芸作家として、俳優業のスケジュールと調整しつつ、香港や台湾で個展を開くほか、モノづくりの仲間たちとのコラボレーションにも積極的だ。陶芸は「スクリーンの中の人」である自分を、仲間やコミュニティーとつなぐ存在でもあるのだ。
花瓶はカリーナさんの陶芸作品。陶芸作品には、その人の人となりが表れるという。
女優としてカメラの前に立つ時は、凛とした職業人だが、陶芸スタジオにいる気取らない素顔のカリーナさんは、「福」のオーラを放っているようで、周りにいる人間に居心地のよさを感じさせる。その秘密は? と問うと「I’m just being myself(ありのままの自分でいるだけよ)」と笑顔が返ってきた。
自分に正直に生きることを見つめ続けてきた、彼女らしい一言だった。
〈カリーナさんに3つの質問〉
Q1 次にカリーナさんがお目見えする新作を教えてください。
ViuTVで6月からオンエアされる「The Season」です。いつも広東語や普通話で演じているのに、今回は全て英語で演じるのが新鮮でした。感情を抑え込まず、全部表に出す感じで。そうそう、役の上だけど、木村拓哉の娘、Kokiの母です。
Q2 日本文化で好きなものはなんですか?
「包む」というコンセプトですね。外と内のものを大切に分けている、その配慮や慈しみが感じられるところが好き。
Q3 尊敬している女優さんは誰ですか?
『ピアニスト』(仏墺独・2001年)で主演のフランス人女優イザベル・ユペールと『ポンヌフの恋人』(仏・1991年)で有名なジュリエット・ビノシュ。彼女は先日、香港国際映画祭でいらっしゃっていて、すごくお会いしたかったー!(仕事で台湾にいたそうです)
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