2025/12/04
村上隆といえば有限会社カイカイキキを率いる現代美術家で、カラフルなひまわりやドラえもんとソニック・ザ・ヘッジホッグを合わせたようなキャラクターを生み出し、世界中で熱狂的なファンを持つ。昨年のアート・バーゼル香港にも参加しており、その人気は世界中の著名なギャラリーが集まるアート・バーゼルにおいても一際目立っていた。村上はスーパーフラットという理論を提唱し、芸術家界隈で物議を醸している存在だ。スーパーフラットはわたしたちが考える芸術、すなわち崇高で尊いものという概念を取り払い、いわゆる大衆芸術と言われるような漫画やアニメとの境界を曖昧にしていくというものだ。要するに美術館に収容されるようなものだけが芸術ではないと提唱しているのだ。ルイ・ヴィトンなどとコラボレーションをして芸術の商品化も促した。しかし、それまで芸術家界隈で商業ブランドとコラボレーションすることはタブーとされていて、資本主義に迎合した芸術家だと非難も受けていた。その背景には芸術、特に現代美術において重要なのはコンセプトやメッセージ性で、ヨーロッパでは特にエクリチュール(哲学と意訳することもできるがそもそもなんなんだという疑問もある)が必要という決まりがあるからだ。要するに、一見何かわからないような難解性も求められるのだ。そして村上は自身の作品を西洋の現代美術の文脈から切り離して、彼自身曰く、第三世界からの最先端のトレンドを牽引している。
そこで考えたのが香港バレエの立ち位置だ。香港バレエのウェブサイトを見てもらえればわかるのだが、香港バレエは他のバレエカンパニー、特にヨーロッパのカンパニーと比べるとポップだ。ヨーロッパのウェブサイトがモノトーンでフォントなどの細部にこだわっているとしたら、香港バレエのこだわりはカラーだ。バレエ団レパートリーも「オズの魔法使い」「華麗なるギャッツビー」など大衆芸術であるミュージカルに近い作品も多い。そもそもヨーロッパで抑制された色彩パレットの中で陰影などを使い奥行きを表現する手法がよく取られてきた。現代作品において特に、原色を使うことは避けられている。ところが香港バレエの作品を見たことがある人にはわかると思うが、わたしたちの作品はとにかく派手なのだ。それは西洋のトレンドとは少し方向性が違うかもしれない。
香港バレエ、キャラクターと一緒のポスター
ジュネーブ大劇場のポスター
ローザンヌオペラのポスター
なぜなら香港バレエはバレエ界の村上隆になろうとしてるからだと言える。伝統的な舞踊であるバレエとミュージカルやディズニーショーなどの大衆芸術との境界をなくし、プライベートカンパニーやイベント仕様にテイラードされたパフォーマンスをする。「くるみ割り人形」で香港オーシャンパークのパンダとコラボレーションするのは、村上がYouTubeでロバート秋山とコラボレーションすることと等しい。香港バレエも、もしかすると、公立劇場の多いヨーロッパからしたらコマーシャルに走りすぎて、資本主義に飲み込まれ、芸術の本質に向き合っていないと批判を受けるかもしれない。しかし香港政府からの支援を受けているとはいえ、プライベートセクターである香港バレエ。村上隆化は第三世界から世界に向けてこの独自性を発信する戦略であるのだ。村上もルイ・ヴィトンとのコラボレーションを発表した時、オークション価格が急落したという。香港バレエも旧来のバレエの純粋なレパートリーを楽しみにしていたコアなバレエファンは減ったかもしれない。その代わり、今までバレエに興味のなかった客層が大量に流入してきた。
将来、この香港バレエの方向性が最新のトレンドだったのか、本当に資本主義に飲み込まれ芸術性を犠牲にしたのか、時が語ってくれるだろう。
今となっては、ヨーロッパのバレエシーンで芸術発展の貢献者として敬われるモーリス・ベジャールもバレエをもっと大衆に開いた先駆者であった。60、70年代にそれまで、シャンデリアの吊るされた豪華な国立劇場でのみ上演されていたバレエをサッカースタジアムや、コンサート会場などの大きな会場に持っていき、入場料を下げることでもっと気軽にバレエを見ることを可能にした。当時は神聖な場所である劇場をないがしろにするなという批判もあったようだが、結果ヨーロッパで彼の名前を知らぬものはいなくなり、彼が後世のクリエーターたちに与えた影響は計り知れない。
バレエ界の村上隆。なんだかキャッチーな響きじゃないか。

高野陽年
立教大学中退後、2011年にロシアの名門ワガノワバレエアカデミーを卒業し、世界的振付家ナチョ・ドゥアトの指名を受け、外国人初の正団員としてロシア国立ミハイロフスキー劇場に入団。主にドゥアト作品で活躍した後、2014年に世界的バレリーナのニーナ・アナニアシヴィリに引き抜かれ、グルジア国立トビリシ・オペラ・バレエ劇場に移籍。ヨーロッパ、北米、日本を含めさまざまな劇場で主役を務めた。2021年より香港バレエ団に活動の拠点を移し、2024年には香港ダンス連盟より最優秀男性ダンサー賞を授与され、プリンシパルダンサーに昇格。さらに活躍の場を広げている。そして学園生活をとりもどすべく?イギリス公立オープン大学でビジネスマネージメントを専攻中。
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