2025/03/28
香港バレエには52人のバレエダンサーが所属している。そのうちの7人は日本人で、14パーセント近くのダンサーが日本人ということになる。HK Arts Festivalの一環で開催された「Nureyev & Friends—A Ballet Gala Tribute」は世界中のトップカンパニーからダンサーが集まり、その中の2人は日本人であった。「ラ・シルフィード」を上演したチェコ国立バレエ団の主役も日本人女性であったし、バレエ団には13人もの日本人ダンサーが活躍しているらしい。
香港バレエの日本人ダンサーと一緒に
ヨーロッパやアジアのダンスカンパニーで日本人ダンサーがいないところの方が珍しいのではないだろうか? ロンドン、パリ、ニューヨークといったメジャーな都市はもちろん、僕がかつてジョージアのトビリシで踊っていたように、ポーランドの田舎町、東欧の独裁国家ベラルーシ、中央アジアに位置するカザフスタンなど、ほとんどの日本人が訪れないであろう都市や、人口10万人程度の西ヨーロッパの小さな街だってダンスカンパニーがしっかりと運営されているので、日本人ダンサーを見つけることができる。しかも1人ではなく複数人も。我々は劇場という名のつく場所があれば世界中どこへでも行くのだ。もちろん日本人だから就職に有利というわけではない。多様性が謳われる現代社会で、偏ったチーム編成にならないよう、それぞれのカンパニーにはある程度の人種や国別の上限というものが緩やかに存在する。そもそもアーティストがビザを取る際は、その国の人材よりも優れているということを証明しないといけないので、競争率はやはり高い。
一般的に新興国における問題の一つに、「ブレイン・ドレイン(頭脳流出)」という問題がある。教育水準や環境が向上し、優秀な人材が育つようになっていく一方で、高度な専門性や高い給料水準を求める優秀な人材が、その国に留まらないという現象のことだ。それは日本バレエ界が直面している問題点そのものだ。100年以上前のロシア帝国の崩壊というイベントをきっかけにロシア人ダンサーの「ブレイン・ドレイン」が起こり、彼らの一部がアジア、そして日本にたどり着いた。以来日本バレエ界は発展していき、現在バレエ教室はすべての都道府県にある。優秀なダンサーも数えきれない。しかしながら日本にいながらプロフェッショナルとして食べていけるバレエダンサーは本当にひとにぎりで、そのダンサーたちも所属するバレエ団からの給料以外の収入に頼っていることが多い。そもそも東京には10団体近くのバレエ団があるがそのほとんどはダンサーと雇用契約を結ばず、業務委託契約という形でバレエ団を運営している。つまり福利厚生や安定した収入を得ることができないのが現状なのだ。
その一方で世界に目を向けると、雇用期間にばらつきはあるが、その都市の物価に応じた毎月の給料が支払われる。怪我をしても保険が治療費をカバーし、踊れない間も給料が支払われる。ダンサーはダンスにだけ専念できる環境があるのだ。先進国のメジャー都市ならまだしも、必ずしも僕ら日本人ダンサーは、その都市にどうしても行きたいから行くのではなく、好きなことをして生きていくために日本を離れざるを得ないこともあるのだ。
この中のうち5人は日本人ダンサー
さて、なぜ100年のバレエの歴史があり、東京や大阪というメガポリス(僕の実家があるさいたま市だって人口135万人)、成熟した社会と文化をもつ日本において、すべてのカンパニーダンサーを養っていくことができる団体がほとんどないのだろうか。よく自治体がサポートしていないなんて批判があるが、実は文化庁がかなりの額を舞台芸術、バレエに注ぎ込んでいる。問題はそれを受け取る団体が多すぎることなのだろう。例えば人口800万人の香港にバレエ団は我らが香港バレエ一つのみだ。政府の補助金が一つに集約するからこそ創立45周年の比較的若いバレエ団である香港バレエは高い給与水準と一流のレパートリーを維持することができる。
もし仮に東京にある2つのバレエ団のみが東京都と文化庁から補助金を受け取るとしたら、補助金の額は上がり、給与水準は向上し、ダンサーはより選抜され、観客にとっても見応えのあるバレエ団になるはずだ。優秀な学生たちの受け皿にもなり得て、「ブレイン・ドレイン」を防ぐこともできる。補助金を受けそびれた団体は商業的に全振りするか、アンダーグラウンドに潜ってエキセントリックになるしかないので、日本のバレエシーンはさらに盛り上がること間違いない。下手にお金のかかる大掛かりな古典作品をやるよりも観客と距離が近く、創造性で勝負するしかないアングラバレエになった方が新たなジャンルが生まれるかもしれない。つい先日サザビーズ香港で大々的に日の目を見た「舞踏」だってかつてアングラの代名詞であったように。
ところで音楽プロデューサーで中高の同級生、小袋成彬がさいたま市長選に立候補するらしい。彼の芸術に対する造形というものはとても深く、仮に市長になった際にはぜひ、さいたまにアングラダンスカンパニーを作ってほしい。もしかしたら「ダサいたま」から「クールさいたま」になる日だって遠くないかもしれない。
優秀なダンサーがさいたまに集まる日も近いか。
高野陽年
立教大学中退後、2011年にロシアの名門ワガノワバレエアカデミーを卒業し、世界的振付家ナチョ・ドゥアトの指名を受け、外国人初の正団員としてロシア国立ミハイロフスキー劇場に入団。主にドゥアト作品で活躍した後、2014年に世界的バレリーナのニーナ・アナニアシヴィリに引き抜かれ、グルジア国立トビリシ・オペラ・バレエ劇場に移籍。ヨーロッパ、北米、日本を含めさまざまな劇場で主役を務めた。2021年より香港バレエ団に活動の拠点を移し、2024年には香港ダンス連盟より最優秀男性ダンサー賞を授与され、プリンシパルダンサーに昇格。さらに活躍の場を広げている。そして学園生活をとりもどすべく?イギリス公立オープン大学でビジネスマネージメントを専攻中。
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