2022/09/05


はじめに
Hong Kong LEIのWebコラム「キリ流香港散策」を連載中のキリさんが、2022年1月に『爐峰櫻語 戦前日本名人香港訪行録』という本を出版しました。この本はキリさんが、明治~昭和期の日本偉人の香港来訪記録を調べてまとめたものです。
日本の多くの歴史的偉人が香港に来ていたこと、その偉人たちは香港のどこへ行き、何を見たのか、香港からどんな影響を受けたのかなどを、キリさんの本を日本語訳にする形でお伝えしたいと思います。
このコラムは『爐峰櫻語 戦前日本名人香港訪行録』の一部分の翻訳であり、また文字数の関係から意訳しているところもあるので、内容をより深く知りたい方はぜひキリさんの本をお手にとってください。

第2回 草野心平 訪港:1924年6月


草野心平(くさの しんぺい)
1903年(明治36年)~1988年(昭和63年)、福島県出身の詩人。「第百階級」という蛙の詩だけを集めた詩集があり、「蛙の詩人」と呼ばれるようになった。同人誌「銅鑼」を発行。同人には宮澤賢治がいた。1935年、創刊に参加した同人詩誌「歴程」は、現代まで続く日本詩壇を支える雑誌に成長した。

広州の嶺南大学(現・中山大学)に留学していた草野心平は、生涯を通じて何度も香港に来ている。1921年、香港経由で広州に渡った時が初めての香港で、心平の回想によれば、旧正月の夜明けごろに香港に船が着いたという。乗っている船の甲板から海辺の商店が見え、爆竹の音が響き渡り、硝煙が遠くに見えた。若い詩人は心の中で「琴と三味線の故郷から爆竹と銅鑼の国に来たのだ」と思ったという。

草野心平は明治時代に生まれ、大正時代に育った。1924年、嶺南大学にいた21歳の頃、アジア人初のノーベル文学賞受賞者であるインドの詩人タゴールが香港に来ると知り、すぐに香港に赴いた。

嶺南大学在学中の心平は、詩作に熱中し詩会を組織していたり、香港に来る1年前は、日本へ一時帰国し、亡兄との共著詩集を印刷したりと詩人として活動し始めていた。心平には、文学青年としての好奇心でタゴールに会いたいという思惑だけでなく、詩会の代表として嶺南大学での講演を依頼したいという計画があった。

この時は8時間かけて珠江を南下し香港に来て、九龍の埠頭でタゴールの船を待った。当時64歳だったタゴールは、北京行きの途中、欧州の船で九龍に到着した。

21歳の日本青年が、ボーイを通じてノーベル賞詩人に面会を申し入れたのだが、意外にもすぐ会ってくれた。彼の回想によると、タゴールの相貌は美しく、人を深海に引き込むような麗しさだった。ダークグレーの木綿のローブのような服を着て、素足にサンダルを履いていた。白髪で、顔は獰猛でも柔和でもなかった。瞳は潤い輝き、東洋のかなしみと知恵をまとい、声は銀の鐘が鳴るように澄んでいた。全体的に冷たい印象だが、握手した手はとても温かだったという。偉大な詩人との会見は力強い詩情を感じ、短い間ではあったが作品を味わう以上の収穫があった。タゴールは心平が日本の青年だと知ると、訪日した時の印象を語り、二人は主に横山大観や日光、鎌倉などについて話した。またタゴールは、彼の国際大学に学生として来ないかと心平を誘ったという。老詩人の流れるような英語に心平は魅了された。

 

初めての香港体験にスターフェリーは欠かせない。心平はフェリー乗船中、泡立つ波しぶきに手を突っ込み、その手を舐め、ビクトリアハーバーの海水の塩辛さを感じた。夜のビクトリアハーバーには、香港島の灯り、月明かり、星々が映し出され、理髪店の古い鏡のようにゆらめいていたという。フェリーはそれらの光を粉々に砕いていくように進む。

この日、心平は折り返しフェリーに乗る必要があった。それは、タゴールと面会した際に大学で講演してほしいと依頼するのを忘れてしまったからだ。タゴールが滞在しているホテルに行き、秘書に講演依頼を伝えたが、タゴールの旅程は決まっており変更はできないとの返事だった。案の定、奇跡は起きなかった。

広州に戻った後、心平は北京大学から来た学生から、タゴールが同大学で行った講演内容を聞いた。タゴールは、自分はアジアの代弁者だと語り、政治家でも哲学者でもなく、一人の詩人として中国へ来たと述べたという。無意識に心平はタゴールのメロディアスで大きな声、美しい英語を思い出した。彼にとって香港での最大の思い出は、詩編のようなタゴールの生の声を聴いたことだった。

香港でタゴールと会ったその後、日中関係が悪化し心平は日本に戻った。しかし戦後、再び日本を離れ、何度も香港経由で中国へ渡った。例えば、1956年、訪中文化使節団副団長として、また1968年には、ソ連作家同盟の招きで訪ソした折も香港を経由し、嶺南大学時代の同級生と広東料理を楽しんだ。


コラムの原本:黄可兒著『爐峰櫻語 戦前日本名人香港訪行録』(2022年1月、三聯書店(香港)有限公司)

 

〈著者プロフィール〉
黄可兒(キリ)
香港中文大學歷史系學士、日本語言及教育碩士。日本の歴史や文化を愛し、東京に住んでいた頃に47都道府県全てを旅する。『爐峰櫻語 戦前日本名人香港訪行録』は、夏目漱石研究の恒松郁生教授との縁で、2019年から始めた日本偉人の香港遊歴研究をまとめて上梓したもの。

 

キリさんのWebコラムはこちら「キリ流香港散策

 

翻訳:大西望
Hong Kong LEI編集。文学修士(日本近現代文学)。日本では明治期文学者の記念館で学芸員経験あり。


 

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