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2026/03/25

香港に来た頃は、もっと別のことを考えていた気がします。ところが最近のわたしは、朝いちばんに湿度を読む。鏡の前で、髪のうねり具合を見て「あ、今日も香港だ」と確認する。だからこのタイトルにしました。

派手な出来事より、湿気と冷房と洗濯の乾き具合みたいなものが、暮らしをじわじわ決めていく。そういう香港での暮らしを、書いていければとおもいます。

熱気を無理やり冷ましてくれるこの街の雨が案外、嫌いじゃない

気づけば、香港に住んで6年目に入っています。

来た頃のわたしは「好き」で香港に来て、いまのわたしは「慣れ」で香港に生きています。どちらも同じ“香港が好き”なのに、手触りが違う。多分わたしは、憧れを卒業したんじゃなくて、憧れを生活に落とし込んだだけなんだと思います。

最近とくに思うのが、「慣れた」のは気持ちじゃなくて、身体のほうかもしれない、ということです。

湿気とか、暑さとか、冷房の強さとか。前は毎回いちいち反応していたのに、いまは反応する前に一日が終わっている。嫌いか好きかを判断する前に、身体が勝手に処理してしまう感じがあります。

いちばんわかりやすいのが湿気です。今日も湿気で髪がうねる。服が乾ききらない。空気が肌にまとわりつく。なのに「はいはい、今日もね」と受け流している自分がいる。去年のわたしはもう少し抵抗していた気がするんですが、今年のわたしは抵抗する体力を別のところに回しているっぽいです。暮らしって、そういうふうに馴染むんだなと思います。

もちろん、この街にも深呼吸したくなるような、湿気のない短い季節はある

体質が変わったのをいちばんはっきり自覚したのは、むしろ日本に帰ったときでした。久しぶりの日本の夏。暑くて、外なんて歩けない。デパートに入っても思ったよりぬるくて、全然逃げ場にならない。夜だって寝苦しすぎる。快適なはずの帰国なのに、なぜかわたしだけ具合が悪くなっていく感じがありました。

冬も同じです。外は寒いからコートを着る。でも中が妙に熱い。暖房の効いた電車の座席の暑さにじわじわやられて、コートをきていたら汗でずぶ濡れになりそうで、「いまわたし、夏と冬が逆転してない?」と本気で思いました。香港では外も中も“冷える/冷やす”前提で身体が組み直されていて、日本の「外は寒い・中はあったかい」というリズムに、身体のほうがついていけなくなっていたみたいです。

夏も冬も帰国すると身体が追いつかない

そのときふいに思い出しました。日本で住んでいたときはこうだったのだ、と。

夏は溶けながら移動して、建物の中はそこまで冷えていなくて、夜は寝苦しくて、冬は暖房で汗をかいて。

あれが「普通」だったはずなのに、もう忘れてしまっていました。怖いのは、忘れたことにすら気づいていなかったところです。

もうひとつ、香港仕様になったのは耳です。広東語の聞き取りが、ここ一年くらいで異常に伸びました。勉強したというより、生活の音として浴び続けた結果、ノイズがノイズじゃなくなった感じです。

今では心地良い広東語、ちょっとした事でも面白おかしく聞いている自分がいる

最近は、きつい言い方も上品な言葉も、どっちも聞き取れてしまう。いろんな場面に出くわして、そのたびに少しずつ“強くなっている自分”がいます。前は速すぎて波にしか聞こえなかったのに、今は意味の前に、意見や主張の輪郭が先に立つことがある。「この人はいま譲らない」「ここが落としどころだ」「言葉を選んでる」「選んでない」みたいな温度まで聞こえてくる。言葉を理解したというより、会話の力学に身体が慣れた、のほうが近いかもしれません。

旅行で来ていた頃のような、毎日がハイライトみたいな興奮はもうない。でもその代わりに、この街の湿気やノイズと一緒に呼吸しているという、確かな生活の手触りがある

そんなわけで、香港6年目。今日も湿気で髪がうねります。暮らしのほうが先に進んで、身体が追いついて、耳まで追いついた。いまのわたしは、たぶんその更新の途中にいます。

 


プロフィール

いんよん

2020年に来港。キラキラした観光名所や派手な出来事よりも、朝の湿気、ローカルの生活音など、日々の暮らしの手触りを愛する。憧れで移り住んだ街に、いつの間にか身体ごと馴染んでしまった自身の変化や、ガイドブックには載らない「等身大の香港」を綴る。好きな飲み物は、ペンネームの由来でもある「いんよん茶(鴛鴦茶)」。

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