2026/11/08
ホワイトストーンギャラリー香港にて。©︎Hong Kong LEI
香港、黄竹坑駅から徒歩3分程度の場所にある日系のギャラリー『ホワイトストーンギャラリー香港』にて、日本人アーティスト『塩沢かれん』による香港初の個展『Twilight Planet(トワイライト・プラネット)』が2026年11月28日まで開催されています。
彼女は近年、東京・台北・北京・ソウル・シンガポールなどアジア主要都市で個展を次々と成功させ、国際的な評価を急速に高めている注目のアーティストですが、意外にも香港での個展は今回が初となります。
タイムズスクエアの屋外巨大ビルボードに映し出された塩沢さんの作品 The photo: @Divisa
今年の大きな節目となったのが、9月25日から27日にかけて、アートの首都ニューヨークの中心地・タイムズスクエアで開催されたパブリックアート展『GIANT SIGNALS』への選出です。世界中からコレクターやキュレーターが集い、街全体がアート一色となる「アーモリー・ショー・ウィーク(Armory Show Week)」の期間中、国際的に著名なキュレーター陣による厳正な審査のもと、作品の質や独創性、概念の一貫性が高く評価され、巨大ビルボードに塩沢氏の作品が映し出されました。この象徴的な出来事は、彼女のグローバルな評価と実績をより決定づける機会となりました。
塩沢かれんさん ©︎Hong Kong LEI
幼少期はオランダで生活
塩沢かれんさんは、1998年生まれ、幼少期をオランダで過ごしました。その原体験は、彼女の作品に独特の空間感覚と光と影の鮮やかな対比、そして風車や教会の尖塔といったヨーロッパの建築的モチーフをもたらしています。本展『Twilight Planet』での作品は、星々が時間と光を通して姿を変え、過去と未来の間を漂うような移ろいの世界を体現しています。外界を照らす光、過去を照らす記憶の光、そして自らの内面を照らす光。多様な「光」が交差し、鑑賞者自身の感情や記憶と交差し、溶け合う平和的な時間を与えてくれます。
Karen Shiozawa《Midnight Aquarium》 ©︎Hong Kong LEI
版画の思考から生まれた独自の手法「スクラッチ」
塩沢氏の絵画作品は、キャンバスではなく木製パネルに油彩を施して描かれています。全体を油絵の具で覆った後、表面を削り落としたり(スクラッチ)、針で引っ掻いたり、繊細なタッピングを加えることで、暗闇の奥から立ち現れる繊細な光と質感を表現しています。この境界線が曖昧なゆらゆらとした感じが、まるで炎の中に風景をのぞいているような気分にさせられるのが、何とも瞑想的でもあります。
個展1つの構想から完成までには約1年という時間を費やすそうだが、その背景には展示空間そのものに対する強いこだわりがあるそうです。実際の展示室では絵を描いて壁に掛けるだけでなく、展示空間の演出や照明のセッティングもアーティスト本人が行なっているとのこと。一番大切にしているのは『没入感』で、どれだけ自分の世界を築き上げ、それを観客に向けて開かれたものにできるかを意識しているそうです。
アーテイスト自ら作品説明をするオープニングナイト©︎Hong Kong LEI
来港した塩沢かれんさんに、制作のバックグラウンドや作品に込めた思い、展示空間へのこだわりについてお伺いしました。
ニューヨークでの選出おめでとうございます。偉業を成し遂げられた心境をお聞かせください。
ー非常に応募数が多く迷いもありましたが、縁があって参加が決まった時は、アメリカで新しい観客と自分の世界を共有できることが純粋に嬉しかったです。その展示をきっかけに、現在はイタリアでの展覧会の計画が動き出しています。来年には日本(東京・銀座)でも3年ぶりとなる個展を開催予定です。
今回の展覧会に向けた作品群には、塩沢さんご自身の原点と深く結びついたものもあるようですが、制作にはどのように反映されたのでしょうか?
ーわたしは5歳の頃にオランダに住んでいたのですが、台湾での個展の前に、実は20年ぶりにオランダを再訪しました。幼少期に過ごしたアムステル川沿いの静かな村、アウダーケルク・アーン・デ・アムステル(Ouderkerk aan de Amstel)などの風景と改めて向き合い、その時の感情と昔の記憶の中で見出されたものを新作にも反映させました。特にオランダの空気に再び触れたとき、柔らかく拡散する黄色い光、水面の反射、そして果てしなく続く平らな水平線の中に、自分の制作の軸のようなものを見出したと感じました。
Karen Shiozawa《The Hidden Grove》©︎Hong Kong LEI
「見たことがないはずなのに懐かしさを感じる」と評されることについて、どのように受け取られていますか?
ーノスタルジーや懐かしさって、どこの国に行っても共通する意識として存在している気がするんです。わたしの作品を通じて、自分の中にある大切な記憶を思い起こしたり、大切な人とその感情を共有し合っていただけたら嬉しいですね。
作品を拝見すると特定の場所そのものというより、塩沢さんの遠い記憶の残像のようなものと言えるでしょうか。
ー普段思い出しては消えていく記憶を描き留めて保存し、その中から描きたいイメージを取り出して制作しています。子供の頃の記憶には大きな世界への不安感や儚さも混ざり合っており、それが今の自分を形作っています。カオスな現実の中で自分を見失いそうになる時、「本当に大切なものは何か」「自分が帰ってきたい場所はどこか」という問いを「光」をテーマに表現したいと思っています。制作中、どれだけ素直に自分の内なる声と対話し続けられるかが重要だと思っています。
Karen Shiozawa《The Hidden Grove》partial ©︎Hong Kong LEI
作品の中で毎回登場する小さな人が象徴するものは何でしょうか?これは塩沢さんご自身でしょうか?
ー制作プロセスの中で、風車の羽根、西洋の建築様式、教会の中の光などは、暗闇の中に灯されたキャンドルのように、私の魂が我が家へ帰る道を見つけるための標識となっています。また、小さな住人たちは、ただ、絵の中に「佇んでいた」のです。作品を作り終えた後に振り返って、「あぁ、そういう意味だったのか」と気づくことがよくあります。特定の場所やストーリーを描いているのではなく、何かが始まる直前の空気感や精神性のような、広大な雰囲気を描いています。
正直なところ、小さなフィギュアなどの要素がなくても絵画として成立するのかもしれません。しかし、それらが無いと、どういうわけか作品と自分との間に目に見えない壁があるように感じてしまうのです。彼らは私に人間的なスケールで世界を体感させてくれ、絵画の中への「入り口」となってくれます。
Karen Shiozawa《Twilight Mosaic》 ©︎Hong Kong LEI
作品でキャンバスではなく木製パネルを使っている理由は何ですか。
ー色を塗った後に表面を削る「スクラッチ」という独自の技法を使っているため、丈夫な板のパネルを使用しています。もともと油絵も好きだったのですが、筆で色を重ねていくとどんどん自分の世界に入り込みすぎてしまって。絵との間に少し距離を置き、一歩俯瞰して世界を考えたかったんです。大学時代に銅版画を学んでいた経験があり、一度いろいろな感情や色を暗い油絵具で覆い隠し、そこから最初の光の印象を少しずつ削り出しながら描いていきます。そうすることで、作品と程よい距離を保ちながら俯瞰して世界を表現でき、これが一番自分に合った表現ができる技法だと行き着きました。ちょうど子どもがよく遊ぶクレヨンのスクラッチ技法に似ていますが、描いているときは、今でもドローイングの延長のような感覚で取り組んでいます。
Karen Shiozawa《Neon》©︎Hong Kong LEI
今回は、香港での展示会ということで、香港のスカイラインをベースにした作品を発表されていらっしゃいます。場所を特定しない作品が多い中、珍しい作品となっています。こちらの作品にはどのようなメッセージを込められているのでしょうか?
ー香港の夜景を眺めていると、色々な眩い光、建物の光や水面に映る光などが次々と目に飛び込んできて、それが私の頭の中でさまざまなイメージとなって弾けました。どの作品にも共通していますが、日常の中に埋もれてしまった繊細な感覚を、絵を見ることで再び表面に生き生きと蘇らせ、皆さんがそれぞれの「心の中の光」を探すことができたらと思います。
最後に読者へのメッセージをお願いします。
ーぜひ実際に作品を見て、ご自身の中にある大切な記憶や感情を呼び起こしてほしいです。1人で楽しむのはもちろん、大切な誰かとその感情を共有していただけたら嬉しいです。
国際的な活躍の場を広げている塩沢かれんさん。今後はイタリアでの展覧会や、日本国内での3年ぶりの個展(銀座ホワイトストーンギャラリー)も控え、その表現空間は世界へと広がり続けている。光と影が織りなす層の向こうに、自分だけの「光」と「記憶」を見出す体験を、ぜひ会場で味わってほしいと思います。
塩沢かれん 個展『Twilight Planet』
会期:2026年10月24日(土)〜 11月28日(土)
会場:ホワイトストーンギャラリー香港(Whitestone Gallery Hong Kong)
住所:7/F, M Place, 54 Wong Chuk Hang Road, Wong Chuk Hang, Hong Kong
(香港香港仔黃竹坑道54號 M Place 7樓)
営業時間:火曜日〜土曜日 11:00 〜 18:00
休館日:日曜日・月曜日・祝日
入場料:無料

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