2024/11/11

詠春拳の対人練習チーサオ

前回のあらすじ

公開クラスを経て秘密道場に入門し、再び詠春拳の基本から学び始めたタッカー。独特な内股スタンスに戸惑いながらも、詠春拳の実践性を確かめるべく稽古を続けた。


クラスは毎週月曜日と木曜の夜7時から9時半まで。でも生徒はそれぞれ仕事の終わる時間が違うので、道場に到着する時間はまばらでした。日本の道場だと時間ぴったりに始まって、みんなで一緒にウォームアップしたり型の稽古をしたりしますが、香港では到着した人から順に基本の型から始めます。

3ヶ月間は基本の型と突きに加えて移動稽古を練習しました。同時に片手を接触した状態で行う対人稽古ダンチーサオ(單黏手)を習いました。チーサオ(黏手)は相手の微かな動きを肌で感じ取って条件反射できるようになることが目的で、詠春拳の根幹をなす練習方法です。

対人稽古 黏手(チーサオ)

実際の戦いでは頭で考えた通りには運びませんし、反応は遅れてしまいますが、チーサオが熟練してくると、肌に刺激を感じた瞬間脳を介さずに体が自動で動くようになります。有名なブルース・リーの名言 「Don’t think! Feel!(考えるな、感じろ)」はこの詠春拳の原理を英語で表現したものです。

基本型の小念頭(シウリムタウ)を一通り習った後は、二つ目の型の尋橋(チャムキウ)を教わりました。対人稽古では片手から両手を接触させて行うションチーサオ(雙黏手)を習いました。両手を接触した状態から始めて、左右の手は同時にそれぞれ違った動きをします。初めは脳が動きに慣れていないのですごく変な感じがします。例えるなら、左手で紙に字を書きながら右手でご飯を食べるような感覚です。

毎回のクラスに15分ほど前に到着して真面目に取り組んでいました。ちょうど4、5ヶ月ほどたったころ先生に真剣さが伝わったようで、暗黙の試用期間が終わりました。この頃から先生や道場生との距離がぐっと近づいた感じがしました。

入門してから半年ほど経った頃、道場は旺角から深水埗に引っ越すことになりました。元々は詠春拳が本当に強いのか試そうと思って始めたわけですが、その頃は原理が空手と180度違う詠春拳が楽しくて、夢中になっていました。

あまりにも楽しいので、仕事の時間を1時間早めて早く退社できるように手配して、稽古開始1時間前に道場に着くようにしました。先生は先に来て自主稽古されるので、その様子を見られるのはとても貴重なことでした。先生より早く到着した時は雑居ビルの外で待ちました。外国人である自分が香港の伝統武術のコミュニティーで受け入れられるためには、行動で示すのが大切だと思ったからです。

葉問宗師の門下で梁相師公の弟弟子で、数多くのストリートファイトで名を上げた黄淳樑師叔(ウォン・ションリョン)は、ブルース・リーの実質的な師匠でした。ブルースは自信に溢れ、やんちゃな性格だったと言いますが、それを示す面白いエピソードがあります。

ある日、黄淳樑の自宅での稽古がある時、ブルースはあえて他の生徒より先に先生の自宅へ向かいました。しかし途中で折り返して、道場に向かう他の生徒を見つけると、「先生は今日いないのでクラスは休みだ」と嘘をつきました。実際は黄淳樑は自宅にいて、クラスを独り占めするための悪知恵だったのです。

このエピソードを聞いてわたしも同じようにやれば良い。ただしフェアなやり方でと思いました。

1時間早く行って稽古すれば先生に真剣な態度は伝わるだろうし、他の兄弟弟子も前よりは早く道場に来るかもしれない。また、広東語を覚える良い機会にもなると思ったのです。結局、道場生が早く到着することはありませんでしたが、先生と徐々に親しくなることができ、広東語も少しずつ簡単なことは言えるようになっていきました。

ある日、先生が試しに好きにかかっておいでと言ってくれたので、ついに詠春拳が強いのか試す機会が到来しました。一応空手の黒帯ですし、そう簡単にはいかないよと内心思っていました。

忖度なしで前にステップしながら強烈な突きを繰り出しました。先生と手が接触したと思った瞬間いなされ、反撃できない体勢でコントロールされたまま地面に倒されました。一瞬のことで何が起こったのかも分かりませんでした。

2回目は、わたしは相手の手をはたき落としながら突く技を連続して繰り出しました。先生は体を45度回転させて、腕を鶴の羽の様な形で攻撃をいなしてから、わたしの片手をロックしたまま、前腕をナイフのように使い胴体に攻撃しました。

やられたと思いましたがまだ終わっていません。この状態から先生はさらに前へステップすると同時にショートパワーを発し、かめはめ波を食らったフリーザのようにわたしは吹っ飛ばされました。

「やばい! 道場の壁は鏡張りなので割れる!」と思った瞬間、凧を手繰り寄せる如く腕を引っ張って体を引き戻され、さらに顔面に攻撃を喰らいました。完全に負けました。

今まで経験したことのないとても不思議な体験だったので、この異色の武術は絶対に身に付けたいと思い、これからは詠春拳一本で学ぶことを決意しました。先生は当時70歳近くでしたが、歳を重ねてもなお、腕力の強い若者にも負けない詠春拳はとても魅力的に感じました。

先生はよく「詠春拳は型だけ見ているとかっこよくないけれど、相手との攻防から生まれる効果には目を見張るものがある。それはシンプルで直接的な動作にある」と言っていましたが、それを身をもって体験しました。

林樹成師父と

タッカー

葉問一番弟子の梁相師公の直弟子である林樹成師父の入室弟子(内弟子)となり、林一門では外国人として初の師範免許を取得。林樹成詠春國術會の助教(アシスタントインストラクター)として活躍するかたわら、香港で日本人などを対象にした香港詠春拳クラブ(Hong Kong Wing Chun Club)を主宰。

X:wingchun_tucker
IG: wingchun_tucker
Website: wingchun.fit
FB: lsswingchun

 

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