2024/04/06
このコラムは4回に分けてお送りします。
第1回 まずは読んでみて!香港人が描く香港小説2選
第2回 文学研究者のボクが唸った香港小説2選
第3回 美しい香港食エッセー&元祖散歩学エッセー
👉第4回 もっと香港がわかる! 学術系ブック3選
『香港の水上居民―中国社会史の断面―』
大東先生:香港を知るうえで、研究者が書いた香港に関する本も、たくさんのことを教えてくれます。なかでもおすすめしたいのが、可児弘明さんの『香港の水上居民―中国社会史の断面―』 です。香港の水上居民っていう、今では失われてしまった光景を描いた本です。
編集部:1972年に岩波新書から出版された本です。
大東先生:ちょっと手に入りにくいんですけど、ぜひ図書館で手に取ってみてほしいです。香港にはかつて水上生活者の集落が無数にあって、何万という人々が船で生活していました。その人たちの民族調査をした方が、可児先生です。
香港というのは、実はいろんな難民や出稼ぎ労働者が入ってきて作られた都市ですけれども、その中でも古くから香港に住んでいた人々の集団の一つが、水上生活者です。この水上生活者の生活をよく見ていくと、香港に住む人々の、昔ながらの考え方とか生活がよく見えてくる。例えば、「香港人は何でこういうふうに考えるんだろう」っていう疑問に答えるヒントがあると思います。
『香港の水上居民―中国社会史の断面―』 / 可児弘明 / 岩波新書 / 1972年
『香港の都市再開発と保全 – 市民によるアイデンティティとホームの再構築』
大東先生:それからもう一つですね、奨めておきたい本があって。福島綾子さんの『香港の都市再開発と保全 – 市民によるアイデンティティとホームの再構築』という本です。香港がどんどん再開発されて巨大都市へと変化していく過程で、特に2000年あたりから香港の古い景観を残したいという市民運動がおこるんですね。その過程を記録した本の一つです。
これを読むと、香港人が香港という土地に対して、どんな気持ちを持つようになってきたのかがわかります。いま、我々が見る香港の姿は、一方で巨大な奇抜な形をしたビルが乱立している姿と古いビルがいまも残っている姿、2つのタイプが見られるんですが、その背後で、再開発の問題に市民がどのように向き合ってきたのか、ということがわかります。
編集部:香港は、かつての啓徳空港跡にサッカースタジアムが建設されていたり、いくつかの古い公団の取り壊しが決定していたりと、再開発の話が絶えません。
大東先生:地味な本なんですが、いまにもつながるテーマですし、もっと広く読まれたらいいと思う本です。
『香港の都市再開発と保全 – 市民によるアイデンティティとホームの再構築』 / 福島綾子 / 九州大学出版会 / 2009年
『中国のこっくりさん 扶鸞信仰と華人社会』
大東先生:あともう1冊だけ、紹介していいでしょうか? 志賀市子さんの『中国のこっくりさん 扶鸞信仰と華人社会』という本です。これは今も香港に残る民間宗教の世界に研究者が入っていって書いた本で、ルポルタージュとしても読めます。
編集部:本書の説明文に、「扶鸞(ふらん)」というのは「自動書記」現象を利用した中国伝統の交霊術である、とあります。ほとんど、日本のこっくりさんと同じですね。この華人社会の扶鸞は、日本のこっくりさんよりもはるかに歴史があるとか。
大東先生:台湾や中国にも広くあるものなんですよ。本書は、そのなかでも香港での扶鸞が調査されていて、こういうオカルト的な民間儀式から、香港人の内面生活というか、信仰を中心とした伝統的なものの考え方みたいなものが見えてくる。
『中国のこっくりさん 扶鸞信仰と華人社会』 / 志賀市子 / 大修館書店 / 2003年
古い香港映画も、研究者にとってありがたい資料です!
大東先生:こういう、香港に残っている伝統的な生活とか風俗とかって、昔の映画なんかにも描き込まれてることがありますね。例えば、『霊幻道士』。キョンシーですね。僕はこれを授業で資料として学生さんに見せています。
特に『霊幻道士1』は素晴らしいです。香港、および中国南方の宗教のこと、死生観というかな、あの世とこの世の関係についての考え方がすごくわかりやすく描かれている。例えばあの大きい棺桶とか、今でも棺桶店の店頭で売られているのを見かけますけど、あのでっかい棺桶にはどんな意味があるのかも理解できちゃう。はい。
編集部:昔の映画はゲリラ的なロケが多くて、道を歩く人が映りこむこともよくありますね。
大東先生:はい、ブルース・リーの『燃えよドラゴン』の冒頭、サンパンに乗って格闘家が離島へと集結するシーンがありますが、背景に映ってるのがさっき紹介したような水上生活者の集落なんですね。それに、市場とか、そういう香港らしいところをキョロキョロしながら歩いていくシーンとか、外国人監督だからこそ、ちょっとエキゾチックに見える風景を意図的に背景に取り込んでいるんですね。これが我々にはありがたいんです(笑)。
編集部:大東先生に香港に関連する本をご紹介いただく企画も、これで最終回です。4月1日付で大東先生は日本の大学に帰任されました。
大東先生:はい。香港に滞在した1年間、文学の研究者を中心に、本当にいろいろな方と知り合い、お世話になりました。残念ながら日本では、香港の文学を研究する人が多くありません。なので、せめてお世話になったわたしが、香港文学に関わる仕事をすべきじゃないかという、一種の責任を感じています。
将来、広東語を勉強して、香港文学を研究してみようと思う、そんな若い人が日本でも出てくると嬉しいですね。だから、せめて香港文学に触れることのできる環境づくりをしておきたい、と考えています。
編集部:ぜひまた、香港のお話、香港文学のお話をお伺いさせてください!
聞き手:深川美保(編集部)
大東和重
1973年兵庫県生まれ。比較文学者(日中比較文学)。関西地方の大学にて教授職。2023年4月より香港教育大学に訪問学者として滞在。1年間の在任期間、香港小説、香港関連書を読みつくし、香港の隅々まで歩きつくした。翻訳された海外の短編小説を毎回1編読んで語りつくすPodcastも更新中。
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