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2026/10/08

世界中の素晴らしいアーティストの作品が頻繁にみられるようになってきた香港です。

今回は、国際的に非常に高い評価を受けているエチオピア出身の現代具象絵画アーティスト、テスファイ・ウルゲッサ(Tesfaye Urgessa)の個展が、香港のWhite Cubeで開かれるというので訪れてみました。

彼の作品は、アフリカ芸術のアイデンティティと西洋古典や現代絵画技法が融合した、非常に感情的で強いインパクトを持つスタイルで知られています。2024年のヴェネチア・ビエンナーレではエチオピア館の代表アーティストに選ばれ、また、イタリアのウフィツィ美術館などに作品が収蔵されていることでも知られています。

人種、階級、権力、アイデンティティ、そして移民や地理的な移動にともなう心理的な葛藤などが主にテーマとして取り上げられています。

テスファイ・ウルゲッサ(Tesfaye Urgessa)©︎White Cube

テスファイ・ウルゲッサ(プロフィール)
1983年生まれ、エチオピアの首都アディスアベバ出身のアーティスト、
テスファエ・ウルゲッサは、現在はドイツを拠点に活動しています。母国では、エチオピアの美術学校(Allé School of Fine Arts and Design)で伝統的な西洋美術や解剖学などを学び、その後ドイツのシュトゥットガルト国立美術アカデミー(Staatliche Akademie der Bildenden Künste Stuttgart)で修士号を取得しました。

©︎White Cube

自身を何よりもまず素描家(ドラフトマン)であると語る彼は、毎日ドローイングから1日を始め、その後スタジオの床に置いた大きなキャンバスに向かい、長い筆を使って人物が密集した絵画作品を作り上げるそうです。

作品の特徴は、身体性とアイデンティティの探求という、主に人物画を手がけ、歪んだ身体や不自然なポーズで配置された人間の姿を描きます。これは人種、ジェンダー、移民、身体の脆さや存在感といった重厚なテーマを表現しています。

また、肉感的な肌の質感や緻密な構図や、重厚な色彩とテクスチャーが特徴的です。フランシス・ベーコンやルシアン・フロイドのような西洋具象絵画の巨匠と比較されることも多く、一度見ると忘れ難い迫力は、観客の心に強く残る力強さとメッセージ性を持っています。


さて、コンテンポラリーアートは、理解するのがなかなか難しいとおっしゃる方へ。White Cubeで展示されている作品を観ながら、一緒に彼の作品を深掘りしてみましょう。きっと作品の見え方が変わってくるはずです。

今回筆者は、『War in Play』という作品(下)がとても気になってしまいました。口の中に向かって飛行機が突っ込んでいる?ように見えます。しかも彼女の洋服の下には何本も足が!

『War in Play』(2025年)Oil on canvas 250 x 200 cm ©︎White Cube

『War in Play』(2025年)Oil on canvas 250 x 200 cm

この作品のテーマは、「不安定な世界」における「親の負担」や「家族のあり方」を表しているそう。それは、作者自身のエチオピアからの移動経験における不確実性などのストレスや、親として子どもを守る姿などを、パワフルに表しています。

とにかく最初に目に飛び込んでくるのが、キャンバス中央の紙飛行機。紙飛行機といえば子供時代の楽しい記憶を思い出す人も多いでしょう。しかしここでは政治家や権力者が、他者の命や人生を軽視し、まるでゲームやオモチャを扱うかのような残酷な現実への痛烈な批判や皮肉が込められています。

子どもがおもちゃの紙飛行機を飛ばすのは、無邪気で何の害もない遊びです。しかし、権力者たちが手にする「武器や政治的決定(戦争・紛争・政策)」は、一歩間違えば何万人もの命を奪う取り返しのつかない破壊力を持っています。それにもかかわらず、彼らはその恐ろしさや重みを実感せず、まるで子どもが遊びの延長でおもちゃを動かすような感覚で、軽率に命や国家を左右している。そんな彼からの恐ろしいアンバランスのメッセージが表されています。

中央に描かれた母親は、その危険が子どもたちに届く前に「飲み込んで」吸収しています。身を挺して子どもを守る母性愛を表しています。

母親のマントと日常のオブジェは、子どもたちを外界の恐怖や偏見、移住の不安から守る保護の空間であり、その下には子どもが安心するための懐中電灯や絵筆、靴といった日常の生活の断片が描かれています。

このように、「政治がもたらす巨大な脅威(紙飛行機)」と「子どもを守るために親(母親)がすべてを受け止める姿」の対比を、視覚的なメタファーで描いた作品です。

では次の作品『Dreaming about the Self』も見てみましょう。床の上に頭が転がっている?ちょっと解釈が難しそうです。

『Dreaming about the Self』(2026年)Oil on canvas  130 x 120 cm ©︎Hong Kong LEI

『Dreaming about the Self』(2026年)Oil on canvas  130 x 120 cm

作品のテーマは、東洋哲学の「非二元論」に基づく、自己とアイデンティティ、そして「自己と他者との間の境界」を探求した作品です。

「二元論」とは私たちの普段の意識は、あらゆるものを「2つ(二元)」に分けて認識しているもの。例えば、自分と他人、良い事と悪いこと、心と体、主観と客観のようなものです。しかし、こうした区別はあくまで「人間の脳や言葉が生み出した便利な幻想(ラベリング)」にすぎず、本当の現実はすべてが1つにつながった1枚の布のようなものだと考えるのが、「非二元論」です。

作品では、「自己とは身体、記憶、経験の蓄積のどれなのか」を問いつつ、「自己が完全に消失していくこと」に関心を向けています。

さて、キャンバスに表現されている見つめ合う2つの顔を見てみましょう。

構図の下部で、人物が自身の「顔の複製」のようなものを見つめています。これは鏡像ではなく、見る者と見られる者の間に「距離」を生み出し、影のようなつながりが、やがて互いに溶け合っていくような動きを表現しています。

よく見ると、その身体がどうなっているのか、この曖昧な境界線が見極めづらくなっていますね。読者の皆さんは、今、この場で、この身体の絵は「どこがどうなっているのだろう」とじっくりと見つめていませんか?

実はこの行為そのものが「見る者(主観)」と「見られる者(客観)」の間に距離や分離を生み出していると言うことに、皆さんは気がついたでしょうか?

これこそが、彼が描くパワフルなメッセージなのです。

 

そして自身が「自分は素描画家」を理解させてくれるような作品『無題』。とても素朴で美しく筆者は好きになりました。(できれば購入したい(笑)。)

『無題(Untitled)』シリーズ(水彩画・2026年) ©︎Hong Kong LEI

『無題(Untitled)』シリーズ(水彩画・2026年)

通常の画材がない香港滞在中に始まった今年彼が描いたシリーズ。「素早く直接的に人物像を描きたい」という衝動かられて生まれたそうです。

香港の絶え間ない喧騒の中にいながら、絵を描いている間は、作家自身に静かで平和な時間をもたらしたそう。アンバー(黄褐色)、クリーム色、プラムブラウンの色面で人物が描かれ、紙の上に漂うように表現されています。小さなスケールと透明感のある質感は、彼には珍しいタッチで、新たな表現の形を切り開いています。

『無題(Untitled)』シリーズ(水彩画・2026年) ©︎Hong Kong LEI

ギャラリーで開催される展示会は全て入場無料。そして気に入った作品があれば、購入できます。作品との出会いは一期一会。もし気になった絵があったら、ギャラリーのスタッフに「プライスリスト」を見せてもらいましょう。気軽に見せてくれますよ。皆さん、芸術の秋、そしてアートの街『香港』を存分に楽しんでくださいね。

 

テスファイ・ウルゲッサ(Tesfaye Urgessa)
The Lingering Departure展

会期:2026年10月20日まで

会場:White Cube Hong Kong
住所:50 Connaught Road Central
Hong Kong

 

Hong Kong LEI (ホンコン・レイ) は、香港の生活をもっと楽しくする女性や家族向けライフスタイルマガジンです。

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