2024/04/12
袖振り合うも他生の縁:通りすがりに袖が振れ合うような些細な関りであっても、深い由縁があればこそである、との意。(Wiktionary「袖振り合うも他生の縁」の項より抜粋)
在りし日の金華冰廳のネオンサイン
出会いと別れの季節、春がやってきました。
卒業式や入学式がこの時期にあるわけではない香港ですが、在港日本人にとっては誰かを送り出したり迎えたりして、出会いと別れを経験する機会が多いのではないかと思います。
わたしが香港に来てから、この春で早10年強。振り返れば様々な出会いと別れがありました。その中でも大きな出会いのひとつが、大好きな茶餐廳、旺角にある「金華冰廳」を知ったことです。
旺角弼街47號地舖・金華冰廳
パイナップルパンにバターを挟んだ「菠蘿油」の超有名店である金華冰廳は、旅行ガイドなどでも頻繁に取り上げられ多くの観光客が訪れる茶餐廳。わたしも「香港路地的裏グルメ」という香港の庶民的なお店を紹介した本を見て、足を運んだのが最初の金華との出会いでした。
以来10年、ここで出会ったメニューは数知れず、そして摂取したカロリーも数知れず、訪れた回数は実に800回超! 観光客を惹きつける菠蘿油や蛋撻(エッグタルト)だけでなく、エビペーストを使った独特の風味がクセになる「大澳炒飯」、前回のこのコラムでもご紹介した「細路鴛鴦(おとうと鴛鴦)」、キッズにも食べやすい味の「西式炒通粉(マカロニのトマト炒め)」など、枚挙にいとまがない金華冰廳の名物たちとの出会いは、わたしが茶餐廳愛好家となる最大のきっかけでもあります。
あれも、これも、思わず目移りしてしまう金華冰廳のメニュー
わたしが金華冰廳で出会ったのは、食べ物だけではありません。コロナ禍を経て、茶餐廳でふたたび日常の風景となった「搭檯」と呼ばれる相席文化。ふらっと一人で金華冰廳に行くことが多いわたしは、つい最近も搭檯から新たな出会いを得る機会がありました。
ちょっとセンチメンタルな気分だったその日、いつものようにボックス席に腰掛け奶茶(ミルクティー)を飲んでいると、向かいに座った香港人の青年が「あなた、この動画の人じゃない?」とわたしが映っている動画を見せてくるではありませんか。ちょっと気恥ずかしさを感じながらも会話をすれば、おすすめの茶餐廳のこと、彼が子どもの頃のメニューのこと、そしてお互いの仕事のことなど、気が付けば15分くらい話し込んでしまいました。たまたま同じテーブルに向かい合っただけで会話が生まれる、それも金華冰廳の良さのひとつです。
金華冰廳の「卡位(ボックス席)」はいつも大賑わい
出会いだけではなく、金華冰廳でさびしい別れを経験したこともあります。
2019年1月のある土曜日、いつものように朝食を摂るべく金華冰廳に向かうと、シンボルであるネオンサインを今まさに外す作業をしているではありませんか。街からものすごい勢いでネオンサインが撤去されていき、2024年の今となっては、かつてのギラギラと輝く街並みが嘘のように感じられる香港。2019年頃には既に大通りの空がだいぶ広くなっていて、路地にあるネオンサインさえひとつ、そしてまたひとつと消えていく時期でした。
金華冰廳のネオンサインが消えた日
「でも、まさか、金華のネオンサインまで・・・!」
そんな気持ちでわたしは金華に入り、奶茶を啜ろうとすると、店のおかみさんである陳太の姿が。いつも明るくテキパキとお店を切り盛りする陳太ですが、この日ばかりは意気消沈し「何十年もお店とともにあったのに・・・」とネオンサインとの別れを惜しんでいました。あれから五年が経ちますが、店の前の空に浮かぶネオンのことを、わたしはまだ忘れられずにいます。
焼きあがったパンが店内を舞う、「空飛ぶ菠蘿包」の光景
さて、わたしが愛する金華冰廳の名物「空飛ぶ菠蘿包」こと、焼きあがったパイナップルパンを店員さんが持ち上げて歩く光景が、素敵な絵となって香港にやってきます! その香港愛で知られ、「超級香港迷」でもあるイラストレーターの小野寺光子さんの個展が、香港島・湾仔にある食に関する書物が充実した本屋さん「字字研究所」にて開催されるのです。
何を隠そう、小野寺光子さんはわたしが金華冰廳と出会うきっかけとなった「香港路地的裏グルメ」でもイラストを担当されている方。他生の縁があってか、今では何度も展覧会に足を運ぶようになりました。いつ見ても思わずお腹が空いてしまいそうな茶餐廳のシーンに、そして香港の美味しい食べ物に出会える展覧会へ、行ってみませんか?
小野寺光子さん「光子眼中的香港味道」展
会期|4月13日(土)~5月12日(日)
時間|13:00~19:00(水~日)、月・火休
会場|「字字研究所 Word by Word Book Store」
1/F, Foo Tak Building, 365 Hennesy Road, Wan Chai, Hong Kong
akiramujina
九龍を拠点に「茶餐廳愛好家」を勝手に名乗り、ほぼ毎日茶餐廳や冰室に足を運んでいる在港日本人。
趣味は旅行と茶餐廳めぐり。コロナ禍で旅行ができない今は年100店以上の茶餐廳訪問と、年300杯以上の港式奶茶を目標にしています。
どこへでも行くフットワークの軽さが自慢ですが、どこででも食べてばかりいるせいで自身の重さが悩み。
TwitterとInstagramでも食べ物の話ばかりしています。
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