2024/01/24

アンヌ=ソフィー・ピック氏

世界で最も有名なフランス人女性シェフのアンヌ=ソフィー・ピック氏が香港に新しいフレンチ・レストランをオープンすると言うのでオープン前に取材させていただきました。アンヌ=ソフィーさんは、世界で最も多くのミシュランの星を獲得した女性シェフとして世界にその名を轟かせています。男性の世界と言われていた厨房に女性が入るだけでも大変なのに、トップに立ち、最高の料理とサービスを出すレストランとして、ミシュラン3つ星を獲得させるとは、ウルトラ級の偉業。その道のりは死ぬほど過酷だったか、もしくは誰もが認める天性の才能を持った故の楽天家か、どちらかなのだろうなと勝手に想像しながら会場に向かいました。

会場に現れた彼女は、とても小柄で、物腰が柔らかく、目が合うと率先してニコッと微笑んでくれて、少々場違いな気分になっていたわたしの心を鷲掴みにしました。わたしはちょっと拍子抜けしながら、恐る恐る「今日はお招きありがとうございます」と言うと、「来てくれてありがとうございます。楽しんでいってくださいね」と柔らかい笑顔で答えてくれました。

さて、今回オープンしたレストランは、彼女の名前を伏せたとしても、食に詳しくないわたしでも、とんでもないところにできたとんでもないレベルのレストランであることはすぐにわかります。ランドマークのGloucester Towerの43階にあるForty-Five。エレベーターのドアが空いたら、会員制クラブのような入口で、見るからに敷居が高そうなのです。

レストラン名は「Cristal Room by Anne-Sophie Pic」。香港を拠点とし、東京や成都などアジアでも、豪華さと、デザインに焦点を当てた最高のレストランのプロデュースを専門とするリーディング・ネーションとのコラボレーションにより実現しました。レストランが入るForty-Fiveは、Gloucester Towerの最上階にあり、広大なスペースにはThe Merchants, Kaen Teppanyaki, Cardinal Point、そしてプライベート会員制クラブのthe Gloucester Arts Clubが入り、アート、高級グルメ、ライフスタイルを発信しています。

「Cristal Room by Anne-Sophie Pic」に一歩足を踏み入れると、炎の映像に包まれた幻想的なバカラのシャンデリアが目に飛び込んできます。これはバカラのクリエイションの原点である「火」を象徴しています。

今回の彼女のレストランのもう1つの呼び物が、バカラのクリスタル食器と、空間をゴージャスかつ洗練された雰囲気に演出してくれるシャンデリアです。バカラは1764年に創立されたフランス東部の小さな町バカラが発祥の地。クリスタルガラスは芸術と生命力の象徴として脈々と世界の王室や皇族に愛されてきました。フランスの「M.O.F.」(国家最優秀職人章)を受章した50人以上の職人によって生み出されたアートとも言える、類まれなるラグジュアリー・ブランドなのです。

内装は、ニューヨークのバカラ・ホテルを手がけた、パリを拠点とする有名な建築・インテリア・デザイン・スタジオのジル・エ・ボワシエがデザイン。ラグジュアリーで、洗練され、芸術性もある。そしてオープンキッチンが融合したユニークで斬新な空間を作りあげました。

昼間の窓からは、大都会の迫力のある街の眺めに魅了され、夜は、光の戯れが親密な雰囲気を味あわせてくれます。この素晴らしい景色とシャンデリアを含む内装の細部とが相まって、ここに居るだけでも心を楽しませてくれます。レストランは単なるレストランではなく、フランスの生活芸術、技術、職人技へのオマージュでもあります。そして料理の繊細さで高く評価され、技術的なコンセプトと料理哲学で有名なアンヌ=ソフィーさんならではの絶妙な感性と完璧なバランス、そして印象的な風味の組み合わせなどのそれぞれの逸品が、この空間でさらに素晴らしいものになるでしょう。

アンヌ=ソフィーさんは常駐しないので、ヘッドシェフのマルク・マントヴァーニ料理長が仕切る。歳は若いが、料理の才能に加えてガッツと統率力と集中力がものすごくあるそう。

マルク・マントヴァーニ料理長のお料理は、アンヌ=ソフィーさんのユニークな創作を通して、料理長のフランス人としてのアイデンティティを反映しつつ、アジアを表現したものだそう。また、アンヌ=ソフィーさんのシグネチャー料理の延長線上にあるお酒は、料理との素晴らしいマッチングをイメージしているので、ペアリングは必至です!

床の絨毯が終わったところがダイニングと厨房の境界線。そこに仕切りなどありません。

レストランの画期的なデザインは、キッチンとダイニングをシームレスに融合させていること。ダイニングエリアのすぐ横で何十人ものシェフが忙しなく料理をしています。そこに壁もガラス戸も何もないため、クッキング自体がエンターテインメントともなり得るという、なんとも贅沢な演出ですが、シェフにしたらどんなに気を遣うことでしょう。

細かいところに気が付くレストランマネージャーのお二人 連携プレーでお客様をもてなしてくれる。

レストランマネージャーに
「この壁のないオープンキッチンで料理中にあがる煙や匂いは客席には届かないのですか?」
と質問すると
「特別な換気システムが備えられているので全く匂いがしません」
とのこと。実際何の匂いもしませんでした。

「こんなにオープンなので、もし客がキッチンを見学したいと言ったら?」
といたずらっぽく聞いてみたら
「もちろん、入れますよ。でも火を使う場所もあるので、わたしたちがご案内します!」
「えー!キッチンの奥まで入れるのですか?」
「もちろんです!今入ってみますか?」
わたしは心の中で「まぢか!」と呟いたのは言うまでもありません。
「入ります!」

次の瞬間、なんとわたしはシェフたちと同じキッチンに立っていたのです。

奥のペストリーのコーナーまで足を踏み入れました。

世界で最高位のミシュランの星を獲得した女性シェフ、アンヌ=ソフィーさんの料理は、前述した通りその絶妙な感性、完璧なバランス、印象的な風味の組み合わせで知られ、それに気品と大胆さが相まって、味わう者を開放的な気分にしてくれます。その創造性の核心は、大地とそれを耕す人々への畏敬の念と、「インプレグナシオン」と呼ばれる技術的コンセプトと料理哲学にあります。インプレグナシオンとは、マリネ、インフュージョン、スティープ、スモークなど、さまざまなテクニックを駆使することで、素材を生かし、お料理を五感で心より楽しめるのです。

アンヌ=ソフィーさんは、フランスのヴァランスでファミリービジネスとして3世代に続くフレンチレストラン「メゾン・ピック」でミシュランの3つ星を獲得しています。彼女が料理を担当し、夫のダヴィッド・シナピアンが会社経営を担うことで、彼らは高級レストランと高級飲食体験を専門とする世界中に8つのレストランを経営するグループに成長させました。

彼女に女性としてどんなふうにここまでの地位を築いてきたのか聞いてみました。

「もともと家業がレストラン経営だったので、シェフだった父から料理の手ほどきを受けました。もちろん簡単ではありませんでした。しかも昔は一般に厨房は男性社会で女性に対してはとても保守的で、長いこと厨房に女性が立っていなかったので、厨房に立つことすらチャレンジでした。でも料理を作り、自分のスタイルを見つけて、それを他のシェフに認めてもらえるようになると、状況が少しずつ変わっていきました」

ここまで成し遂げることができた秘訣は何かと聞くと
「Persistance (続けていくこと)。これが一番大事。諦めないで、作って作って作り続けてきたことでしょうか。もちろん自分が情熱を持ってできることを見つけられて、やっていることを幸せに思わないといけません。そして自分を信じることです。」
と穏やかに、そしてにこやかに答えてくれました。

今回、ミシュラン三つ星を持つ本物の成功者に実際お会いすることができ、その人柄や姿勢を身近に感じる素晴らしい学びの時間になりました。高級と呼ばれるには、お料理だけではなく、包括的にこだわりがある。そんな質を垣間見ることができて、ぜひいつか彼女の感性を感じにレストランで食事をしてみたいと思いました。読者の皆さんで体験した方がいらっしゃったらぜひ感想を聞かせてください。

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