2024/03/20

「Hong Kong LEI – Cover Story」は、香港で輝いている人をご紹介するシリーズ企画です。当記事は、健康と食の安全をお届けする Tasting Table Japan Premium より当企画への賛同と協賛をいただき制作しています。


世界に伍する義肢装具研究を香港から発信


目次

〈第一線で活躍する義肢装具研究者〉
〈義肢装具研究をするなら歴史ある香港で〉
〈人がやっていないことをやる勇気が大切〉
〈小林俊樹さんに3つの質問


〈第一線で活躍する義肢装具研究者〉

紅磡にある香港理工大学には、香港で唯一、義肢装具士養成プログラムがある。そこで学生を指導するのは生体医工学科准教授の小林俊樹さん。日本では国家資格である義肢装具士の資格を持ち、博士号も取得している研究者だ。

義肢装具士は、医師の指示の下、義肢(義手、義足)や装具(身体の機能を補助する器具)の採型、製作および適合をし、義肢装具のユーザーがより良い日常生活を送れるようにサポートする医療専門職。生物医学、工学などの多岐に渡る知見とそれぞれに合う義肢装具を製作する高い技術が求められる。

「義肢装具士は、医療に一番近いエンジニアです。ユーザーと直接会って患部の採型をし、義肢装具の装着まで担当します。人によって体型も症状も生活環境も違う。その中で最適な義肢装具を作るのが難しいところですが、その分、やりがいのある仕事だと思います」

こう説明する小林さんは、研究を通して義肢装具士やユーザーを支える。研究テーマの1つは、脳卒中による片麻痺患者の下肢装具を使った歩行改善。従来の装具では、足関節部分のパーツに内蔵されているバネの硬さが一律だったが、小林さんはそのバネの硬さ(抵抗力※)による歩行の変化に着目している。長年のデータ収集、解析などを基に企業と研究開発した装具もある(写真下)。装具のバネの硬さという僅かな差でも歩行の良し悪し、引いては生活の質にまで影響を与える。

※ 歩行時に足関節をなるべく正常な位置に近づけるために必要な抵抗力。
小林さんの研究を応用し、商品化された短下肢装具。工具を使って調整するのも義肢装具士の仕事だ。

「装具の硬さや傾きを変えるとユーザーの歩行は大きく変わります。こうした装具を調整することで、その人だけのテーラーメイドができるようになりました。症状の回復の進捗状況に合わせた最適な歩行をアシストすることもできます」と、実際の装具を操作して見せてくれた。

一昨年、小林さんは日本義肢装具学会飯田賞奨励賞を受賞した。40年の歴史がある賞の中で、在外研究者の受賞は初だという。「義肢装具分野における国際的な学術研究と養成教育への貢献」が認められてのこと。日本からも今後の更なる活躍が期待されている。

〈義肢装具研究をするなら歴史ある香港で〉

小林さんにとって義肢装具は幼い頃から身近なものだった。祖父が島根県で義肢製作所を創業し、親族で義肢装具に関わる仕事をしている。島根に帰省した際は、製作現場を見に行ったり祖父の病院回りについて行ったりするのが楽しみだったという。

研究者という道に興味がわいたのは大学時代。科学が好きで薬学部に入学し、3年生でカリフォルニア大学に留学した。そこで日本人若手研究者の助手を務め、研究者の仕事を間近で見た。

「海外に渡って自分の研究室を持ち、学生や他の研究者とバリバリ研究している姿がかっこいいなと思いました」

帰国後も、国際的に著名な教授からの指導に刺激を受け、世界を舞台に研究したいという思いを一層強くした。

研究分野を薬学から義肢装具にしたのは、義肢装具こそ自分のバックグラウンドだと思えたから。そして、当時あまり研究が進んでいなかったこの分野で、世界に伍するチャンスがあると考えたという。世界で最前線の義肢装具研究・教育機関を探したところ、勧められたのが香港理工大学だった。

香港理工大学の義肢装具教育プログラムには、アジアで最初に大学課程に導入されたという歴史がある。同プログラムを修了した義肢装具士や研究者が海外に渡り義肢装具の教育を広めてきたという。そうした実績を知り、香港への留学を決めた。

現在、小林さんは留学時代に鍛えられた広東語を自在に使いこなす。大学の公用語は当時も英語だったが、学生同士のディスカッションや義肢装具ユーザーとのコミュニケーションには広東語が必要で、猛勉強をしたという。

振り返って見れば、薬学部で学んだ化学、生物、物理などは義肢装具と密接に関わる分野であるし、広東語をマスターしたことで香港での研究を深めることができた。
「日本、アメリカ、香港とさまざまな国で教育を受け、人と出会い、幅広い土台を作れたことが、今の自分に繋がっていると思います」

20年前、学生の頃の小林さん(写真右)。「中央が、わたしの恩師でメンターのDr. David Boone。その横が、授業に協力してくださったモデルさんです。わたしが初めて作った義足を履いてもらった時の写真です」。

〈人がやっていないことをやる勇気が大切

香港で博士となってからは、アメリカの企業で研究員として勤務。その後、北海道科学大学で義肢装具士の養成に注力した。そして2020年、香港で研究者として出発してから10年という節目に、母校の香港理工大学から声がかかり香港へ戻って来た。

「香港に縁を感じるし、ここで成長させていただいた。人生で一番長く住んでいる都市で、香港はもうホームです」とにこやかに語る小林さん。

現在は自身の後輩ともいえる義肢装具学科の学部生を指導。毎年10名ほどが巣立ち、主に義肢装具士として公立病院へ就職している。また、博士号取得のために進学した学生の研究指導も行っている。

「研究者は、『この分野において自分はNo.1だ』と言えるような独創性が必要です」と小林さんは言う。そのために、指導する学生たちには「人がやっていないことをやる勇気が大切」だと伝えている。

小林さんは、新たな挑戦として、脳がどのように下肢切断者の歩行を制御しているかという研究課題に取り組んでおり、新たな義足歩行のトレーニング法などを模索している。専門領域だけでなく異なる分野の研究者やエンジニアとの連携もますます増え、研究の幅も広がっているという。

「一見、義肢装具に関係がなさそうな材料やテクノロジーに関してもアンテナを張って、常に『義肢装具に応用できないだろうか』という視点で考えないと時代遅れになってしまいます」

シビアな世界の中でも、義肢装具を使うユーザーからの「楽になった」、「歩きやすくなった」という言葉が励みとなり、研究は一歩一歩前進する。

「果てしない旅のようで大変ですが、そこがまた研究の楽しさでもあります」と言う小林さんからは、義肢装具への飽くなき探究心と情熱が感じられた。

 


〈小林俊樹さんに3つの質問〉

Q1 香港でのリフレッシュ方法はなんですか?

サイクリングです。サイクリングロードを走って新界のレストランに行ったりします。1人の時もあるし家族とも行きます。家族はそれぞれ自転車を持っています。バックカントリースキーが趣味なのですが、香港ではできないのが残念です。ちなみに、スキーってわたしたちが雪の上を移動するための義足なんですよ。なので、スキーをしながら義足のことを考えたりします(笑)。

札幌市近郊の山でバックカントリースキーをした時の写真。テレマーク(踵が固定されていない)スキーで滑走。

 

Q2 留学時代の香港での思い出はありますか?

紅磡にある学生寮が開いた年に留学したので、真新しい部屋に住めたことはラッキーでした。夜10時くらいに寮生と街に出てワンタン麺を食べたりしました。当時はHK$10でワンタン麺が食べられたから「サプマンミン(十蚊麺)」って言ってましたね。週末は、深圳に行ったりハイキングやバーベキューをしたりと香港生活を楽しんでました。

 

Q3 学生を指導するにあたり気をつけていることはありますか?

研究は独創性が大切なので必要なポイントだけを伝えて、あとは本人に考えさせるようにしています。優秀な学生が多いので、わたしのアドバイスと全く違う方法で結果を出してきたり、こんな解析方法があるのかとびっくりさせられたり。学生からはいつも刺激を受けています。

 

 

 

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