香港の「楽しい」をいっぱい詰め込んだ情報サイト

2026/03/12

バレエ鑑賞後に、誰かに自分の意見を述べるのは、なかなか難しくありませんか? バレエに関する知識不足から、間違っているかも、人に笑われるかも……と不安になり、「すごい」「華やか」といった短い言葉でやり過ごす。自分の感性を的確に表現するのは難しいものです。そこで通だと思われる見方とトリックをお教えしたいと思います。このままコピーしてもらえれば、周りから一目置かれるかも。

今回は基本のクラシックバレエ、ロシアで製作されたチャイコフスキーの三大バレエ、白鳥の湖、眠りの森の美女、くるみ割り人形を取り上げたいと思います。

 

ではまず、白鳥の湖から。

こう言ってみてください。

通ポイント①「群舞の踊りがただの造形美だけではなく、主人公のこみ上げてくる内情を象徴しているようだね。黒鳥の悪女っぷりはギュスタフ・モローの絵画から出てきた人物のようだ」

通ポイント②「彼はただの白馬の王子じゃないね。ロシア文学に共通する、苦悩する高貴な人物だ。ロシアン・リアリズムを感じるよ」

1877年の初演は大失敗に終わった白鳥の湖ですが、1895年に再構築された演出が現在に至っています。初演では、従来のバレエスタイルであった物語とは関係のない踊りを中心に、技巧を追求した結果、チャイコフスキーの情緒溢れる楽譜を損なっていました。1895年の改訂版では、3幕に技巧的な要素は残しつつ、2幕と4幕において白鳥達の群舞のフォーメーションを使い、主人公の打ちひしがれた感情を象徴的に表し、感情豊かなチャイコフスキーのメロディーと重なって、最高傑作が生まれました。

当時のヨーロッパでは、写実主義から象徴主義への文芸思考の変化の中にありました。イリヤ・レーピンのように絵がストーリーを語る写実作品もあれば、モローのように絵に描けない人間の内面を象徴的な神話や伝説的モチーフに多用した作品も世間を席巻していました。モローら象徴主義の画家によって繰り返し描かれたファム・ファタール(サロメなどの悪女)は、まさに人間の抑圧された欲望を象徴です。ロシア文学に連なるロシアン・リアリズム的写実主義を感じさせる音楽と、象徴主義を感じさせる改訂版振付。バレエが単なる技巧的な作品から人間の内面を描く芸術に変貌を遂げた歴史的な転換点でした。

 

眠れる森の美女。

通ポイント①「豪華な衣装はフランスを強く感じるわ。フランス王家へのオマージュなのかしら。ロシアとフランスの接近、当時の地政学的背景を感じずにはいられないわ。」

通ポイント②「まさに計算尽くされた形式美だね。でも2幕だけは毛色が違うね。プーシキン原作のオペラ、エフゲニー・オネーギンのグレーミンのアリアに似ている曲調の美しい音楽で、魂が洗われるよ」

白鳥の湖が純文学だとすれば、1890年に発表された眠れる森の美女はロシア皇帝アレクサンドル3世へ向けた礼賛詩です。最大のパトロンであった皇帝の権威を高めるために作られた、いわばプロパガンダバレエなのです。そのため、振付家は細部に至るまで計算し、チャイコフスキーに音楽を発注しました。そして、ドイツ皇帝ビスマルクがヨーロッパで力を増していた時に、フランスとロシアがそれに対抗するために急接近しました。そこでアレクサンドル3世の権威を、かつてのフランスのルイ14世の栄光に重ね合わせたのがこの作品なのです。

しかし、皇帝のために発注された作品でも、チャイコフスキーは自身の得意なメランコリーを散りばめずにはいられません。第2幕、悩める王子が森で善の精リラの助けによって真実の愛、オーロラ姫の幻影と出会う場面の冒頭は、年老いたグレーミン公爵がオネーギンに対して、「タチアナだけがわたしの心を救ってくれた」と歌い上げるシーンとリンクしています。魂の救済という隠れたテーマが、完璧な様式美の中に見つけられるからこそ、わたしたちを惹きつけてやまないのです。

 

くるみ割り人形。

通ポイント①「これは坂本龍一のコンサートのようだ。さすが先進性を感じつつしっかりと大衆文化を落とし込めている」

通ポイント②「ホフマン原作の作品はコッペリアといい、人形と人間の境界線を描いた作品だ。今のAI時代とどこか似ているのかもね。」

1892年に初演されたこの作品は、ホフマンの原作を基に、庶民のクリスマスを描いた作品です。これまで貴族の物語が多かった中、産業革命によって誕生した中流階級の台頭を感じさせます。さらに、当時最新の楽器であったチェレスタを、チャイコフスキーが密かにパリから持ち込み、3幕のクライマックスで使用した姿は、新たなツールであったシンセサイザーを使い一世を風靡した坂本龍一のようです。内面の葛藤といった難しいテーマは置いておき、技術や嗜好を高め、エンターテインメント性を向上させ、クラシックバレエが貴族の嗜みから大衆文化へと裾野を広げた瞬間です。

当時、急速な科学の発展により人間の仕事を機械が代わりに行うようになったことで、生命と機械をテーマにした作品が多く残っています。面白いことに、フランケンシュタインもくるみ割り人形の原作と同じ年に発表されているのです。これは、AIと人間の境界線が曖昧になっている現代と非常に似ています。もしホフマンが生きていたら、優れたSF映画監督になっていたかもしれません。

 

皆さんも事前にウィキペディアでいいので、観る作品の成立年代とその歴史的背景を把握するだけで、バレエ鑑賞がより深みのあるものになると思います。

でも困ったら、「チャイコフスキーは天才だよ」って言っておけば、「わかっているねぇ」となるのでこれだけは覚えておいてください。

 


高野陽年

立教大学中退後、2011年にロシアの名門ワガノワバレエアカデミーを卒業し、世界的振付家ナチョドゥアトの指名を受け、外国人初の正団員としてロシア国立ミハイロフスキー劇場に入団。主にドゥアト作品で活躍した後、2014年に世界的バレリーナのニーナアナニアシヴィリに引き抜かれ、グルジア国立トビリシオペラバレエ劇場に移籍。ヨーロッパ、北米、日本を含めさまざまな劇場で主役を務めた。2021年より香港バレエ団に活動の拠点を移し、2024年には香港ダンス連盟より最優秀男性ダンサー賞を授与され、プリンシパルダンサーに昇格。さらに活躍の場を広げている。そして学園生活をとりもどすべく?イギリス公立オープン大学でビジネスマネージメントを専攻中

 

コメントをありがとうございます。コメントは承認審査後に閲覧可能になります。少々お待ちください

意見を投稿する

Hong Kong LEI (ホンコン・レイ) は、香港の生活をもっと楽しくする女性や家族向けライフスタイルマガジンです。

Translate »