2025/06/05
香港の老舗の歴史にまつわるお話を香港老舖記錄冊 Hong Kong Historical Shopsさんとのコラボでご紹介したいと思います。香港老舖記錄冊さんは、Facebookなどで香港の歴史的なお店を独自で取材して発信しています。香港文化の象徴として老舗の存在は欠かせない、老舗が存続していくことが香港の文化を盛り立てることだと言います。香港を愛するHong Kong LEI編集部のわたしたちもまた、昔から愛され続けている香港で誕生した商品が、どんな会社によって作られ、どんな背景で誕生したのか、また、どんなところで、どんなふうに作られていたのかなどを垣間見たくなりました。題して「香港オタクのための愛すべき香港老舗の歴史をたどる」です。でも長いのではしょりまして(笑)「香港老舗の歴史をたどる」と命名いたしました。どうぞよろしくお願い申し上げます。
今回ご紹介するのは、鯉魚門にある伝統的な焼き菓子の店「瑞香園餅家」です。観光客の多い鯉魚門で、保存料や安定剤などを使わず、作りたての唐餅(中国焼き菓子)を提供することにこだわっている老舗。両親が培った製菓技術は口伝で二代目の子に受け継がれたそうです。
瑞香園餅家 – 鯉魚門
創業:1968年
業種:中国焼き菓子店
住所:鯉魚門海傍道41号C 地下
写真:@chilllifehk
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「漁村」「香港の観光名所」「昔の香港」と表現される鯉魚門は、天后廟、石切り場、避風塘、村の建築、海鮮レストラン、中国菓子店といった要素が集まり、まさに“古き良き漁村・香港”を象徴する存在です。その風情を求めて多くの旅行者が訪れます。鯉魚門は馬環村と三家村という2つの村から成り、海に近いため海鮮レストランが軒を連ねています。両側に海鮮店や魚屋が並ぶ細い道を抜けると、小さなバスケットコートがあります。そこに近づくと、どこからともなく良い香りが漂ってきます。近くには餅店(伝統的な焼き菓子店)が3軒並び、瑞香園はその中でも50年以上続く老舗です。
瑞香園は長年にわたって鯉魚門の発展を見守ってきました。地域の菓子店の多くは1960年代に創業し、最盛期には20軒以上が存在していたそうです。2代目店主の李玉萍氏によると、なぜ多くの餅家がこの地に集まったのか正確な理由はわかりませんが、父親から聞いた話によると、60年代にはすでに鯉魚門の海鮮レストランが賑わい、観光客も多く、そのお土産として唐餅がよく売れたため、自然と餅家が発展していったのだとか。
鯉魚門の餅家の店名にはある種の慣例があり、まず意味のある一文字を選び、それに「香園」という語尾を組み合わせて命名されるのが一般的です。李玉萍氏は笑いながら、店名の「香」は唐餅が香り高くあるようにとの願いを込めたものであり、「瑞」は李鉅氏の妻の名前から取ったものだと語ります。
「瑞香園」は創業当初、李鉅夫妻が工場形式で共に運営しており、主に卸売業を手がけ、各地域の小売店に唐餅を販売していました。卸売業は安定していたものの、代金回収に時間がかかることもあったため、後に直営店を開き、小売業へと業態を転換しました。現在は第二世代の継承者である李玉萍氏が経営を引き継いでいます。
鯉魚門にある多くの老舗と同様に、瑞香園も昔ながらの店舗構造を保ち、「前店後工場(店舗前方が販売スペース、後方が製造スペース)」という営業スタイルを今も続けています。店舗の前方にはさまざまな製品と製菓機器が並び、奥には作業台とオーブンが設けられ、来店客は菓子が作られる様子を間近に見ることができます。唐餅のほとんどは店内で作られ、作りたてがそのまま販売されています。店舗の空間レイアウト、緑のモザイクタイル、白地に赤文字のアクリル看板、半世紀以上使い続けているオーブンなど、どれも当時のまま大きく変わっていません。また、パッケージの紙箱デザインも創業当時のものを踏襲しており、唯一の変更点は、箱のメインカラーが赤から緑に変わったことです。紙箱には「新鮮でサクサクのエッグロール、贈り物にも自分用にも最適」という文言と、エッグロールの画像が印刷されており、看板商品の存在感を際立たせています。店舗の内装、包装資材、ブランドデザインすべてにおいて「緑色」が基調として確立されており、老舗として香港スタイルを丁寧に築いてきたことがうかがえます。
唐餅づくりの技術継承
李玉萍氏は幼い頃から店の中で過ごしてきたが、主に包装や材料の準備などの作業を手伝っており、菓子づくりを本格的に学んだことはなかった。当初は店を継ぐつもりはなかったと語っている。しかし2000年代に入り、父・李鉅氏が70歳を迎えたころ、李玉萍氏は「前の世代の菓子づくりの技術を継承する必要がある」と感じ、勤めていた仕事を辞めて店に戻り、父から学び始めた。当時は数か月間学んだのみで、本格的に経営を引き継ぐことはなかった。2009年になると、李鉅氏の年齢も高くなり、店の運営に負担を感じるようになった。それを受けて、李玉萍氏は再び仕事を辞め、餅家に戻って菓子づくりの技術を学びながら、徐々に店の運営にも携わるようになった。そして2012年、正式に「瑞香園」を引き継いだ。その後はSNSのページを開設し、電子決済の導入を進めるなど、時代に合わせた改革も徐々に取り入れている。
多くの老舗と同様に、製菓技術を伝えるのは「口伝心授」であり、書かれた「秘伝書」のようなものは存在しません。香港の食文化の変遷や市場の動向などの理由により、一部の唐餅は製造が一時中断されています。李玉萍氏は、店を引き継いだ後、かつて販売されていた唐餅を再現するため、材料の配合比率を工夫し、かつての味わいを取り戻そうと努めてきたと率直に語っています。もちろん、その再現の過程は決して順調なものではなく、中にはどうしても復元が難しいものもあったといいます。特に、李玉萍氏の母親がかつて作っていた「雞蛋餅」については、記憶に残る“薄くてパリパリとした食感”の再現に苦労したと話します。それでも、李氏は数多くの唐餅の「秘訣」を見出し、かつての味をよみがえらせることに成功しています。
瑞香園では、かつて20種類以上の唐餅を販売していましたが、現在ではそのうち約10種類のみを取り扱っています。その中には、一般的にはあまり馴染みのない「加蛋餅」も含まれています。加蛋餅は、伝統的な唐餅の一つで、主な材料は小麦粉、卵、水、砂糖と非常にシンプルです。作り方は、これらの材料を一定の割合で混ぜ合わせ、こねて生地を作り、それを小さく切り分けたうえでオーブンで焼き上げます。李玉萍氏は、ひとつ小さなコツとして「焼き上がったあとは10分ほど冷ますことで、外はカリッと中はしっとりとした食感になり、より奥行きのある味わいになります」と言います。
––(中略)––
「老婆餅」は、瑞香園の看板商品で、午後4時ごろには売り切れてしまうことが多いです。老婆餅は、何層にも重なったサクサクのパイ生地の中に、冬瓜餡と炒ったもち米粉が詰められており、そこに砂糖を加えることでほのかな甘みが生まれます。この老婆餅の製造工程は非常に繊細で、気温や湿度に応じて生地の状態が大きく左右されます。たとえば、秋冬の季節に生地を長時間置いておくと、パイ生地の表面がひび割れてしまいますし、逆に夏の時期に餡を長く置いておくと油が出てしまいます。そのため、製造にはスピードとタイミングの見極めが求められます。
「雞仔餅」やエッグロール、その他の唐餅もすべて店内で毎日焼き上げています。瑞香園では「毎日新鮮な唐餅を提供する」ことにこだわっており、その日の在庫状況を見ながら、どの種類の唐餅を焼くかを決定し、一度に焼くのは数バッチにとどめています。これは、味と食感のクオリティを保つと同時に、食品ロスを減らすためでもあります。また、瑞香園の唐餅はすべて天然の材料で作られており、保存料や安定剤は使用していません。そのため、保存期間は季節によって異なり、冬季であればおおよそ2週間ほど持ちますが、湿気の多い香港の夏場は、保存可能な日数が比較的短くなります。
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