2026/08/14

ビル群の足元、普段はバスを待つ人々で行き交う歩道や裏路地。そのあちこちに小さな炎が揺らめき、煙の匂いと灰が風に舞う季節——それが、香港の夏から秋へと向かう風物詩『盂蘭節( Hungry Ghost Festival) 』 です。『盂蘭節』が終わるころ、香港は秋の入り口に差し掛かります。
日本で『旧暦7月の行事』 と聞くと、お盆の墓参りを連想する人が多いかもしれません。しかし、ここ香港における過ごし方は日本とは一味も二味も異なります。今回は、香港人にとっての盂蘭節の意味、独特の風習、そして今日まで受け継がれる文化的な意味あいについて紐解きます。
盂蘭節とは?旧暦7月に開く『地獄の門』
盂蘭節は、仏教の『盂蘭盆』 と道教の『中元節』 が融合した伝統行事です。
旧暦7月1日(例年8月中旬頃)になると、あの世の「『地獄の門(開鬼門)』が開き、死者の霊や浮遊霊(無縁仏)が一斉に人間界へと戻ってくると信じられています。この1ヶ月間は『鬼月』 と呼ばれ、そのピークにあたるのが旧暦7月14日・15日の『盂蘭節』 です。
2026年の盂蘭節スケジュール
鬼月(地獄の門が開く期間): 2026年8月13日〜9月10日
香港での盂蘭節(ピーク): 2026年8月26日(旧暦7月14日の夜)
期間中、下界に降りてきた霊たちは街中や人々の生活圏を彷徨うとされているため、香港の人々はさまざまな方法で霊を迎え、宥め、そして無事にあの世へと送り返すための儀式を行います。

花牌は20世紀半ばに香港でもっとも流行し、主に盂蘭盆会、天后誕などの宗教行事、太平清醮など地域の祭事・祝典、結婚式の告知、開店、葬儀にも使用されました。https://hongkonglei.com/look-into-hk-11/
香港人はこの時期に「お墓参り」に行かない
日本の感覚からすると「先祖の霊が戻ってくるならお墓へ掃除や参拝に行こう」と考えがちですが、香港の人は盂蘭節の時期にお墓参りにはほとんど行きません。それには明確な理由が2つあります。
霊のほうが街に下りてきているか 霊がわざわざ山や郊外の墓地から人里へ下りてきているため、人間側がお墓まで出向く必要がないと考えられています。供養は自宅のバルコニーやマンションの敷地内、近所の路上で行えば十分なのです。
「鬼月」の墓地は危険とされているか この時期の墓地や霊園は、行き場のない悪霊や無縁仏が集まる最も「陰気」が強い場所とされています。そのため、下手に近づくと「悪霊に取り憑かれる」「運気が著しく下がる」と恐れられ、むしろ避けられる傾向にあります。
ちなみに、香港人が家族揃ってお墓参り(掃墓)をするのは、春の「清明節(4月上旬)」と秋の「重陽節(10月頃)」の2大行事の時です。
街を彩る香港ならではの風習と風景
盂蘭節の期間中、現代都市・香港の日常には少し不思議で神秘的な光景が広がります。
① 路上での『お札(紙銭)』 や『ペーパーモデル』 のお焚き上げ
夜になると、路上に設置された金属製のバケツや缶の中で、人々が紙を燃やす姿が見られます。これは『冥銭(あの世のお金)』 と呼ばれる紙札で、あの世で先祖や霊たちが金銭的に困らないように届けるためのものです。
現代の香港ではお札だけでなく、紙で作られた最新のスマートフォン、高級ブランドのバッグ、外車、多層建ての邸宅、さらにはPCR検査キットやパスポートまで、精巧なペーパーモデル(紙扎)が燃やされます。「あの世でも快適に暮らしてほしい」という、非常にリアルで優しい人情味が感じられる風習です。
② 浮遊霊を宥める『道端のお供え物』
自分のご先祖様だけでなく、身寄りのない『飢えた不遇な霊(好兄弟)』 が悪さをしないよう、道端に豚肉、ご飯、果物、お酒、豆腐、もやしなどがお供えされます。
③ 空席のある野外オペラと『潮州盂蘭勝会』
サッカー場や広場には、竹で組み上げられた巨大な仮設劇場が出現し、神様や霊に捧げる伝統戯曲(神劇)が上演されます。ここで最も特徴的なのが、「劇場の最前列の席は、霊たちのために必ず空けておく」というルールです。どんなに混雑していても、一般の人間が最前列に座ることは固く禁じられています。
特に香港の潮州系コミュニティが主催する『潮州盂蘭勝会』 は非常に規模が大きく、ユネスコの無形文化遺産にも登録されています。会場には霊たちを統率する青い顔をした巨大な神様『鬼王(面燃大士)』 の紙人形が鎮座し、圧倒的な存在感を放ちます。

鬼月に守るべき街のタブー(禁忌)
この時期、香港の人々(特に古い習慣を大切にする世代や若者たち)が固く守っている生活上のタブーが存在します。
道端のお供え物や燃やしカスを踏まない・蹴らない 霊の食べ物やお札を粗末に扱うと、取り憑かれたりバチが当たるとされています。
夜遅くに一人で出歩かない・口笛を吹かない 暗い夜道の口笛や歌声は、霊を引き寄せると言われています。
安易に他人の肩や頭を叩かない 人間の体には両肩と頭の上に『3つの生命力の火』 が灯っているとされ、肩を叩いてその火を消してしまうと、霊に入り込まれやすくなると信じられています。
夜の水辺に近づかない 海や川には、水難事故で亡くなった霊(水鬼)が足を引っ張ろうと潜んでいると考えられています。
巷では30ものタブーが言われていますので、全て知りたい人は探してみてください。
『地獄の門が開く』『霊が彷徨う』と聞くと、怪談やホラーのような恐怖行事を想像しがちです。しかし、盂蘭節の本質は決して恐怖ではありません。
そこにあるのは、『自分の先祖を大切に敬う心』と、さらには『誰からも供養されない行き場のない無縁仏にまで、食べ物とお金を分け与えて慈しむ』という、人々の深い徳と優しさです。
超高層ビルが立ち並び、最先端の金融都市として機能する香港。その足元で、旧暦7月の夜に静かに揺らめく小さな炎は、時代がどれほど変わろうとも人々の中に息づく『死者への敬意』 と『目に見えないものとの共生』 の精神を、今も優しく物語っています。
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