2024/08/03
ゲリラ豪雨に負けず、7月31日の朝、わたしは深水埗にある小さいコーヒーショップに向かいました。
コーヒーショップの名前はColour Brownで、店内奥にある緑色の螺旋階段がとても目立ちます。
60年の歴史を誇る小麦粉ブランドの九龍麵粉廠の期間限定展示会がこの螺旋階段の上で開催中だと聞きました。
香港はローカルブランドや老舗は消える一方です。とにかく60年の歴史を誇るブランドは少ないので、わたしは好奇心を持ちながらここまで足を運びました。
お菓子やパンなど全然作れないわたしにとって、九龍麵粉廠は觀塘区の大きい工場に過ぎません。しかし、九龍麵粉廠の小麦粉は香港老舗金園茶餐廳をはじめ高級ホテルまで、製菓の際に愛用されているという噂は知っています。
コーヒーショップには、入口の壁に大きい小麦粉パッケージがかけてあります。このような木綿バックをみたら、今の印刷の凄さにびっくりしました。
平日の朝、コーヒーショップのお客さんはあんまり多くありません。螺旋階段の下にすごくかわいいクッションが置いてあるので、わたしは思わずそちらのソファに座りました。
九龍麵粉廠の文字が刻まれたトーストに、夏にぴったりのマンゴージャムを塗り食べていました。
あ、焼きたてのトースト!
最高の幸せ!
「これこそうちの自信作だよ!」
優しく表情の素敵なマダムがわたしの隣に立っていました。彼女は大きい紙袋とパン切り包丁を持っています。
「このトーストはすごくおいしくて、小麦粉パッケージのクッションもとってもかわいくて一目惚れしてしまいました!」
わたしはすぐマダムの言葉に答えました。
「あはは、クッションはすごくインスタ映えするでしょ。うちのスタッフが考えたんですよ」
これがわたしと九龍麵粉廠のEva Chanさんとの出会いでした。
黒いワンピース姿の方がEva Chanさん
トーストを食べた後、わたしは螺旋階段を登りました。階段の下にも小麦粉パッケージが飾ってあります。よく見ると、花と商品説明も手描きで、レトロ調です。縦の文字が小麦粉の原材料—麦の産地を表示しています。アメリカとかオーストラリアとか。香港で加工されているみたいです。
2階のショールームはそんなに広くありませんが、年代によって機械や小麦粉パッケージの変更を簡単に説明してます。工場も昔のままです。
お土産コーナーでは台湾ブランドのパスタが揃っています。手ごろな値段です。
でも、アメリカ産の麦+香港加工小麦粉+台湾製造=絶対高いはず!
と考えて、スタッフに質問出しました。
「九龍麵粉廠の姉妹会社がパスタを作りますので、うちの製品ではありませんよ!」
と返事がきました。
「なんで台湾の会社が姉妹会社ですか? だから香港は小麦粉だけでパンなどの製品は売ってないのですか?」
自分がめんどくさい人とわかっているくせに、また質問をしたわたしです。
「それではわたしが詳しく説明しましょうか?」
さっき、螺旋階段下で出会ったマダムEvaさんがわたしの前に来ました。
わたしが九龍麵粉廠について興味を持っている様子を見て、古い書刊を渡してくれました。
香港九龍麵粉廠は、元々台湾の僑泰興麵粉廠の支社だそうです。
20世紀の初めごろ、中国潮州の貧しい青年林國長が船に乗ってタイに行きました。この青年は商売が得意で、タイで起業した後台湾に行きました。その後の数十年間で、林國長は僑泰興麵粉廠、中國紙廠、中華體育館、中泰賓館の社長になりました。
林國長はタイへの恩を忘れず、台湾でホテルを建てる時に、「中泰(タイ)」の名前を選びました。しかもホテル建設に先立って、観光都市香港へ見学しに行きました。
潮州生まれ、タイや台湾で起業し、香港でも慈善事業にも力を入れたそうです。60年代、香港調景嶺地方が天災にあった時、寄付金だけではなく、香港まで来てくれたと新聞紙に記録されています。
台湾の次に、林國長は香港で起業しました。それが九龍麵粉廠なのです。
(やっと、展示会の台湾パスタと九龍麵粉廠との関係がわかりました。)
林國長は50年前に亡くなりましたが、会社の運営は続いています。九龍麵粉廠60周年に際して、スタッフの親戚の方がパッケージの柄をテーマに刺繍をして、会社に寄付しました。
「小麦粉のパッケージはずっと同じですか?」
わたしはマダムに尋ねました。
「はい、そうです。確かうちの旦那のお父さんのお父さんが描いたっけ?」
マダムは九龍麵粉廠に嫁いでから、どうやってこのブランドを活かすのかを毎日悩んでいるそうです。今では、この素敵なマダムが九龍麵粉廠の責任者です。
「失われつつある香港ローカルブランドがなくなる一方、自分たちができる限りこの家族老舗を守りながら、もっと香港のみなさんに紹介したいです!九龍麵粉廠のパッケージをご覧ください。「麵」と「廠」は今パソコンやスマホのキーボードで打てない古い漢字を使っています」
マダムの悲しい気持ちがよくわかります。
簡体字使用の中国は元より、同じ漢字圏の韓国はハングル表記を使うようになって数十年。日本は旧漢字をわかる人が減っている現状。
豆知識:香港でいつも見られる違う漢字が「異體字」と呼びます。例えば、「油蔴地」VS「油麻地」。
わたしとマダムが話している時、2階にいたスタッフのみんなが集まりました。驚いたことに、皆も九龍麵粉廠のスタッフで、仕事以外の時間もこの展示会に来て率先して会社説明をしているそうです。
「わたしはスタッフとして本音を言います!この会社はほんとに皆仲が良いですから、この会社が好きです!」1人のスタッフがわたしに言いました。
マダムが紙袋から手作りのパンを出して、自ら包丁で切って、スタッフのみんなに配りました。わたしもひと切れをいただきました。
(これは差し入れなのかなぁ?)
マダムが話し続けました。
「印刷工場から、大きい布にパッケージの柄を再現することが難しいと言われました。わたしは昔美術専攻だったので、旦那のお父さんのお父さんの絵を真似してみたんです。」
なんと、1階カフェ入口の大きい小麦粉パッケージのバックは、印刷品ではなかったのです。マダムが徹夜で手書きで完成させた作品だとわかりました。
しかも、1枚ではなく、左右合わせて全部で3枚も!
これを情熱と言わずなんと言うのでしょう!絵がこんなに上手なのに、謙虚なマダムの顔を見ながら、わたしも決意をしました。
それは、九龍麵粉廠とマダムのことを残すことです。この奇跡的な出会いを読者の皆さんにシェアします。
キリ
日本語教師で旅行作家。唎酒師と観光ガイド資格。特に日本が大好きで年に10回以上は訪れる。著書に『Kiri的東瀛文化觀察手帳』(2017)、『日本一人旅』(2019)、『爐峰櫻語』(2022)がある。香港の誠品商務三聯などの書店で購入可能。
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