2026/03/30
Featured artworks: Zao Wou-Ki © ProLitteris, Zurich, 2025 Image on panel: © François Walch / ADAGP, Paris – SACK, Seoul, 2025 Photo: Dan Leung Image courtesy of M+, Hong Kong
M+で開催中の「Zao Wou-Ki: Master Printmaker」は、中国からパリに移住し、油彩画家として知られる趙無極(Zao Wou-Ki)のもう1つの顔である版画家としての軌跡に光を当てた貴重な展覧会です。彼の1949年から2000年までの半世紀以上にわたる制作活動をカバーした約180点の作品群を通じて、プリントというメディアでの制作がどのように進化し、広がりを持って行ったかを体感できる場となっています。今回の展示会は妻フランソワーズ・マルケ=趙から2024年にM+に寄贈されたコレクションをきっかけに企画、構成されました。
Photo: Wilson Lam Image courtesy of M+, Hong Kong
今回の展示では、裕福な家に生まれた彼がパリに渡り、新しく出会い学んだ「プリント」を使った技法で、中国人=水墨画というステレオタイプを払拭すべく取り組んだ軌跡のようなものが作品群から垣間見ることができます。
1950年代の作品 Photo by Hong Kong LEI
最初のセクションでは、発展途上な、どことなく模索しているようなプリントの作品たち。パリに生きる中国人アーティストとしてではなく、いちアーティストとして認めてもらうため、新しいことにチャレンジしている様子が伺えます。
左:1951年の作品「鹿」リトグラフ 右:1952年の作品「山と鳥の群れ」リトグラフ photo by Hong Kong LEI
次第に彼は紙とインクという限られた素材の中で、むしろ自由を見つけ、さらにアクアチントやエッチング、リトグラフなどの様々な技法を学ぶことで、プリントで表現できる幅が広がっていきます。ある日彼は、ピカソがアフリカのマスクに刺激を受けて作品を作ったように、アーティストとして自分も己のスタイルを見つけなければと思うようになります。そこで見て見ぬふりをしてきた自分のルーツである、中国の甲骨文字を題材にした作品を革新的に取り入れるようになります。油彩のような爆発的なエネルギーではなく、繊細な線を用い柔らかな濃淡や繊細な階調を表現をするようになり、当時パリでは誰もモチーフにしたことがなかったので、新鮮さを持って受け入れられ、出版社からも声がかかるようになります。
1955年の作品「2本の木」リトグラフ photo by Hong Kong LEI
一見すると、『Two Trees (2本の木)』の二つの垂直構造は、タイトルを読むまで認識しにくいかもしれません。よくご覧いただければ、それらが中国の甲骨文字のような記号でできていることがわかります。Nous deux(Us Two)の記号は、同様に趙(Zao)によって古代の文字に似せて作られました。
1955年の作品「失われた森」リトグラフ Photo by Hong Kong LEI
版画はまた、彼の作品を世界に広げる大切な手段でもありました。持ち運びや複製がしやすいこの技法を通じて、趙無極の抽象はヨーロッパからアジア、アメリカへと広がり、彼を「国境を越える芸術家」として知らしめました。さらに、詩との相性が良いと評判を呼び、詩人たちの出版物に作品を提供するなど、文学との交わりも版画を通じて実現していきます。言葉とイメージが響き合う書籍をみると、彼の芸術がいかに多面的であるかを理解できます。1970年代以降のリトグラフでは、色彩と形が自由に融合し、これまでの版画での表現を超えて、彼本来の抽象画の油彩のような表現に到達しています。
Photo by Hong Kong LEI 壁には「何時間も、静かな水面に漂う空気と、白樺とカエデの葉を揺らす風の息吹を眺めていました[ …]わたしが見ようとしていたのは、空間です… 趙無極」と書かれています。
展示室を歩いていると、彼の多くの作品は「無題」となっていることがわかります。見る者に先入観を持って欲しくないと言う思いがあったからだそうです。それは彼が空気や風など目に見えないものを描いていたためでした。
彼の版画への挑戦は「まるでゲームをしているようで楽しい」と言っているように、自ら描いた油絵の作品に呼応するようにプリントでも同じ構図で、幾度となく繰り返し制作しているのが見て取れます。時に自身の技術を自分の作品同士で対話しながら成熟させていったようです。
無題:左1965年リトグラフ、右1961年油絵 photo by Hong Kong LEI
特に同じ構図で並べられた作品では、油彩の力強く深みがある作品に対して、版画が見せる調和が際立ちます。たった4色程度しか使っていないのに、驚くほどの奥行きを感じさせる版画は、プリントという制約の中で生まれる豊かさを示しているようです。観る者はその静けさに包まれ調和を感じるでしょう。プリント制作は、油絵とはまた違った意味での緻密な計算と冷静な判断が必要になり制約が多い技法です。しかし、自由で躍動感が溢れる彼の何百枚にも及ぶプリントは、趙無極自身が楽しみながらやっていた証拠なのかもしれません。
1960年代の作品 左リトグラフ、右油絵 プリントの色も年が経つごとに明るくなっていく photo by Hong Kong LEI
1990年代の作品 photo by Hong Kong LEI
展示では、リトグラフとはどんなものなのかと言う展示もあり、彼が取り憑かれた手法を学ぶことができます。
展示コーナー「プリントとは?」 photo by Hong Kong LEI
リトグラフ制作の道具を紹介するビデオ photo by Hong Kong LEI
段階を追ったプリントの手法を学べます。photo by Hong Kong LEI
1972年 無題 水墨画。photo by Hong Kong LEI
彼が老いてリトグラフなど工程の多い制作が段々できなくなってきた頃に作った作品が目に入りました。黒いインクで作った作品や、水墨で描いた作品です。これは中国を出てから、何十年も世界を相手に戦ってきた彼が、原点回帰を受け入れた作品だそうです。
「詩と版画はどのようにして互いに豊かにし合うのでしょうか?」Photo: Dan Leung Image courtesy of M+, Hong Kong
展覧会の終盤では、彼がたくさんの出版社関係者に愛され、サポートされたことを説明した展示コーナーがあります。彼の作品は東洋的なアプローチや、言葉では言い表せない抽象的な色彩や構成が詩や哲学書にとてもマッチしたのでした。彼の油絵はプリントに比べるとオークションでかなりの高値で取引されていますが、それでもプリントを愛し、楽しみながら制作した作品たちです。
壁に描かれているのは「詩においてわたしが何よりも愛するものは、自由な感覚と、言葉の中で自由に動き回る感覚です。趙無極」photo by Hong Kong LEI
彼を油彩画家として知る人は多くいますが、ぜひ、版画を愛し探求した趙無極が残した素晴らしい作品にも触れてみてください。2026年5月3日まで
会場:M+
詳細:Zao Wou-Ki: Master Printmaker
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