2022/04/15


珈琲巻
(ガ フェ ギュン)
【珈琲ロール】

アメリカ、カナダ、オーストラリアなどは土地が広い国なので、一軒家も多い。大半の一軒家はフロントヤード(前庭)とバックヤード(裏庭)があり、フロントヤードはいつも綺麗に手入れされている。それこそが見せ場なのです。バックヤードは完全にプライベートな空間なので、なかなか見えなく、それこそ、神秘的。
お料理にもフロントヤードとバックヤードがあると思う。
フロントヤードは出来たお料理。触ること、見ること、嗅ぐこと、食べることも出来、五感で感じられる「もの」。
だけど、この料理を作るきっかけの背景はだれにも見えないし、知らない。それこそがバックヤードのように、完全にプライベートな空間であり、神秘的である。
お料理を作るきっかけは大体記憶と繋がりがあると思う。お家で食べたことがあったり、外で食べたことがあったり、毎日欠かせない食事の記憶はわたしたちの脳に刻まれている。
その「記憶の種」を「記憶のバックヤード」に播き、丁寧に耕し、いつかこの神秘的な「庭」でたくさんの花を咲かせ、華やかなオープンガーデンになる日も来るんだろうと思う。
料理は表と裏の両方が分かった時に、本当にその料理の美味しさを感じられると言えるでしょう。
・・・
1950年代後半~現在:香港。
『咖啡屋有落, 唔該!』(ガ フェ オッ ヤウ ロッ ウン ゴイ)。意味は『咖啡屋』(ガ フェ オッ)という喫茶店の前で降ろして下さいという意味。
香港の『小巴』(シュウバ)、『Van仔』(Vanツァイ)とも呼ばれているミニバスに乗る時に、停留所がないため、降りたい場所が近づいたら大声でドライバーさんに知らせる独特な香港の公共交通システム。
ミニバスは主に2種類。赤屋根ミニバスと緑屋根ミニバス。赤屋根ミニバスは停留所がなく、始発点から終点まで自由に乗降できる乗合タクシーのようなもの。緑屋根ミニバスは停留所がある路線バス。叫ばないと降りられないのは赤屋根タイプのミニバス。
広東語ネイティブでさえ私は乗るたびに緊張しながら声を出し、降りたい場所を叫んで前方の運転手に伝えた。運転手が手を挙げて「了解」の合図があれば、停まって欲しい場所に停まってくれますが、上手く伝えられなかったら、急停止をしたり、かなり離れた場所に停まったりすることもあった。赤屋根ミニバスから降りるときはいつでも心臓がバクバク。
何せ、行先を伝えないと意味がない。目的地周辺の街路の名前、建物の名前、お店の名前、など、分かりやすいランドマークを伝えるのは普通。これはどの国でもそうでしょう。『咖啡屋』は香港の有名なランドマークだと思ったら実は「存在しない場所」。
ここで言う「存在しない場所」とは、以前にあった人気の巴里風喫茶店『咖啡屋』のこと。現代風香港の『茶餐廳』(チャ チャン テン)のような庶民的なカフェでなく、まだ喫茶店が贅沢だった頃の格式高い雰囲気を感じられる場所。60〜80年代の香港映画スターの集まり場や、チャイナドレスを着て背筋をピンと伸ばした貴婦人たちがティータイムする社交の場。こんな格式高い喫茶店は実家のすぐ横にあった。
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マンションの10階からエレベーターで降りて、徒歩僅か30秒で隣の『咖啡屋』に着いた。『咖啡屋』は1930年代初期に建築された4階建ての洋風「唐楼」(トン ラウ)にあった。天井が高く、エレベーターがなく、階段しかなかった。一階の店舗は左から『南天』(ナム ティン)というマレーシアレストラン、その横に『咖啡屋』という喫茶店、右端にクルクルと回っている青赤白のサインポールが飾ってあり上海人が経営していた上海美容室。母は週一回、上海美容室にて頭をシャンプー・アンド・ブローして貰っていた。私が赤ちゃんの頃、2階の保育園に預けられたこともあったと母から聞いた。
『咖啡屋』の階段を上がって、ガラスのドアを開けたら漂うコーヒーの香り。店内は薄暗い雰囲気で、右側のクーラー・ケーキ・ショーケースの機械音がして、中にワンホールのフォレノワールや、栗の生クリームケーキや、スワンシュークリームなどがあった。左側の木造棚にはデニッシュ生地で作られたミートパイやカレーパイなどクラシック・フランス焼き菓子がずらりと並んであった。
私の心を虜にした『珈琲巻』(カフェ・ロール)はいまだに忘れられない。珈琲味のバタークリームは多すぎず少なさすぎず均一に珈琲スポンジ生地に塗ってあり、生地はふわっとしている外巻タイプ。厚さは約2㎝でカットしてあり、ぐるぐるの渦巻きが綺麗な断面。半ダースにて様々なケーキを注文して、深めの箱に詰め、店員は熟練の技で中心に十字紐をギュッと結んでから母に渡した。姉は紐を持ちながら、丁寧に家まで持って帰ってきた。ケーキは贅沢品である時代で、食べられる「非日常」を日常として送ってた我が家、今となると夢のような日々だった。
ある日、隣の建物が忽然と消えた!マンションの10階の窓から、隣のガランとした空き地を眺め、何とも言えない寂寥とした気持ちを呼び起こすものがあった。しばらくしたら、新しい真っ白な高級マンションが出来、『珈琲屋』のケーキとは二度と縁がなくなってしまった。
去るものは追わず、記憶の断片は種として、「記憶のバックヤード」に撒きましょう。いつか、自分の『珈琲屋』を開くときに、「記憶のバックヤード」で育ってきたレシピを一つ一つ再現して、フロントヤードにて見せられる日が来ますように。
『咖啡屋』というお店はもう消えたけど、有名なランドマークだったので、いまだに伝えたらちゃんとミニバスでも降ろしてくれる場所となっている。
『咖啡屋』(ガ フェ オッ)は九龍サイドの『窩打老道』(ウォータールー・ロード)と『太子道西』(プリンスエドワードロード・ウェスト)の交差点角にある現『海倫苑』(ヘレナ・ガーデン)の場所。

Tip: インスタントコーヒーより、深煎りコーヒー豆を使った方がより深みとコクがでます。
27㎝x27mの天板1枚分を用意します。薄力粉は出来れば「特宝笠」を使って下さい。スポンジ生地がふんわりと出来上がります。

 

〈材料〉
(27㎝のロールケーキ1本分)

■ スポンジ生地

    卵黄……………………………..3個(約60g)
グラニュー糖………………..15g
卵白……………………………..2個(約70g)
グラニュー糖………………..35g
薄力粉………………………….35g
無塩バター……………………10g
珈琲牛乳……………………….18g
*オープンは200度に予熱を入れる。

■ 珈琲牛乳
牛乳……………………………..100g
深煎り粗挽き珈琲豆……….20g

■ バタークリーム
珈琲牛乳……………………….60g
グラニュー糖…………………25g
卵黄……………………………..40g(約2個)
無塩バター……………………90g
(室温に戻す)

 

〈作り方〉

■ 珈琲牛乳

1.鍋に牛乳を軽く沸騰させて深煎り粗挽き珈琲豆を加え、火を消し、5分ほど蒸らす。
2.牛乳を濾し、総量100gになるように牛乳を足す。

■ スポンジ生地

1.型(27×27㎝)にクッキングペーパーを敷く。
2.無塩バターと珈琲牛乳を合わせて湯煎で温める。
3.卵黄に15gの砂糖を加え、ハンドミキサーで軽くほぐしてから、高速で白っぽくとろっとなるまで泡立てる。
4.別のボウルで卵白を泡立てる。35gの砂糖を2〜3回に分けて加え、ハンドミキサーで高速で泡立てる。最後の1〜2分間は低速で泡を整える。
5.3の卵黄を半量入れて泡立て器で合わせる。残りの卵黄を全部入れて泡立て器を軽く混ぜたらゴムベラに換え、底から混ぜ合わせる。
6.薄力粉を半分振るい入れ、ゴムベラで切るように混ぜる。大体混ぜたら、残りの薄力粉を振るい入れ、ゴムベラで切り混ぜる。
7.70度ぐらいの2(バターと珈琲牛乳)に6の一部の生地を加え、しっかり混ぜてから6のボウルに流す。全体に行き渡るようにゴムベラで混ぜる。
8.型に流して表面を平らにしてから、底をトントンして空気を出す。190度で8〜10分焼く。軽く手の平を載せて、弾力があればOK。焼きあがったら、網に移し、冷ます。

■ バタークリーム

1.鍋に珈琲牛乳を入れ軽く沸騰させる。
2.ボウルに卵黄と砂糖を入れ、素早く混ぜてから1の珈琲牛乳を熱いうちに加え、よくかき混ぜてから再び鍋に戻す。
3.ゴムベラで混ぜながら弱火で炊き、濾しながら別の綺麗なボウルに移し、氷水で20度前後に冷ます。
4.室温に戻したバターをボウルに入れ、ハンドミキサーでかき混ぜ、滑らかになったら3を少しずつ加え、ハンドミキサーで空気を含ませながらふんわりまで混ぜる。

■ 巻き上げ

1.冷めた生地をひっくり返してペーパーを外す。奥2㎝ぐらいは斜めに切り、手前の巻きはじめ部分はまっすぐに切り落とす。全体にバタークリームを塗る。
2.巻きはじめは芯を作るように立ち上げて巻き込み、紙ごと生地を持ち上げて巻いていく。
3.巻き終わりが底になるように整えて、ペーパーを使って一気に巻き上げる。ルーラーで下の紙をひっぱりながら軽く締める。
4.閉じ目を下にして10〜15分ほど冷蔵庫で休ませる。カットする時、ナイフを1回ずつ温めるときれいに切れる。


雲姐(ワンジェ)

料理研究家。香港に生まれる。幼少期、平日は祖母、週末は料理が趣味だった父の手料理を食べて過ごす。オーストラリアへ移住を経て、結婚を機に日本へ移り20年以上。中国国際薬膳師、発酵食品ソムリエ、発酵ライフアドバイザーの資格を持ち、中華圏および日本の食文化への造詣も深い。現在は、日本の人々に香港料理を伝えるべく東京で活動中。

Instagram
@hongkongrecipe

note「レシピ保護区」
https://note.com/recipesanctuary

人在東京 Prime Kitchen Labo

 

 

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