2020/10/15

養護施設の子どもたちと過ごした日々

「20代のころは、日本の社会福祉を変えてやる! って真剣に思っていましたね」と小さくこぶしを握るジェスチャーを交えながら、笑顔で語る櫛田さん。彼女はDYMヘルスケアで子どもの発達に関する相談業
務、診察中の医療通訳などを行っている発達支援コーディネーターだ。

櫛田さんの活動の原点、それは養護施設の子どもたちと過ごした幼少期にある。戦後に祖父の櫛田一郎氏が戦災孤児のために始めた乳児院が、時代とともに虐待や親の精神疾患、経済的事情で親と暮らせない子どもを預かる養護施設となった。櫛田さんは施設を経営する家族と共に、その敷地内で暮らしていた。

「幼稚園にも施設の子どもたちと一緒に通っていました。わたしは幼稚園の後に両親の元へ帰るけれど、あの子たちはみんなで暮らすところに帰るんだなぁ、わたしも行きたいなぁと思っていたのを覚えています。あのころの経験は、子どもの福祉を考えるようになった大きな要因ですね」

大学の教育実習で訪れた小学校で不登校の子どもと接し、自分の気持ちは学校に来られない子どもたちに向いていると実感した櫛田さんは、大学卒業後、愛知県の児童養護施設に就職。2歳から18
歳までの、家族と一緒に住むことができない子どもたちと寝食を共にした。

「日本の福祉制度は欧米に比べると歴史が浅く、まだまだ成長するべき部分がたくさんあると思います。今では22歳まで国の支援が受けられるようになりましたが、当時は子どもが18歳になると支援は打ち切られていたんです。つまり、大学へ行くには家賃も学費も自分で支払わないといけない。18歳でそんな風に独り立ちができる子がどれだけいますか? 結局、頼る人がいなくて違う道にそれてしまう子を見ると『もう何なんだ! この国は!』って思いますよ」

当時の気持ちがよみがえったのか、櫛田さんは語気を強めた。

社会福祉の最先端を見てみたいと、支援活動を通してつながりのあったカナダへ渡った櫛田さん。そこで2年間、青少年自立支援センターや問題行動のある子どもが過ごすグループホーム、在住日本人や日系人をサポートする福祉団体や老人ホームなど、さまざまな施設でボランティアをしてきた。英語もこのときに「必要に迫られて必死で」勉強したことが、現在の通訳に役立っている。

帰国後は、児童養護施設、青少年の自立を支援する施設で働き、東日本大震災のときは災害ボランティアもしてきた櫛田さんだが「わたしがいくら勉強して日本の福祉を変えようとしても、変えられない。1人の力なんてちっぽけなものだと実感した」と言う。

「それでも、わたしたちは社会福祉を良くするための努力はするべきですし、目の前にいる人のために、自分ができることをするのが大切だと思っています」

マチルダ国際病院で行った乳幼児マッサージコースでの様子。

子どもの特性を理解してサポートしていく

カナダで知り合った香港系カナダ人のCovinさんと5年間の遠距離恋愛を経て結婚した櫛田さんは、2011年に香港へ移住。縁あって、マチルダ国際病院で日本人患者の診察や手続きのための通訳、産前クラスやベビークラスを受け持つことになった。

「これまで、つらい環境で育つ子どもたちを見てきたので、マチルダで出会う恵まれた家庭環境の子どもたちや保護者との出会いは、すごく新鮮でしたね」

6年間勤めたマチルダ国際病院から移ったDYMヘルスケアには、クリニックの立ち上げから携わり、子どもの発達・教育相談にも乗っている。寄せられる相談はさまざまだが、日本語、英語、中国語、国
籍の違う親の言語と、多言語の環境での子育てに悩む保護者が多いそう。たとえば「先生の指示をあまり理解できていない」子どもが、実は「耳からの情報処理が苦手」「全体の発達がゆっくりしている」のが原
因で、多言語教育につまずいていることもある。櫛田さんが、お母さんの相談に乗って、必要な専門家を紹介したり、学校の先生の理解や協力を得るために、自ら学校を訪れて説明をしたケースもあるという。

「わたしが相談者のご自宅へうかがって学習環境を整えたり、お子さんの学習ペースを一緒に考えることもあります。たとえば宿題に時間がかかってしまうお子さんでしたら『宿題がわからない』のか、『集中することができない』のかを見極めます。集中するのが苦手であれば、机を囲ってブースを作り、集中できる環境を作る。計算問題なら1分で何問解けるかやってみようとタイマーを使うこともあります。できたら
褒めて、時々ゲームや好きなことをはさんであげても良いですね」

最近は、九龍のこひつじ幼稚園で月に一度、先生方に「こういう風にアプローチすると子どもが理解しやすいですよ」など子どもの発達に合わせたアドバイスをしている。

「子どものこういう行動が気になる」「発達障害なのかな?」 と保護者が心配なときは、適切な検査機関も紹介するが「発達障害だと線引きすることよりも、検査を受けることで子どもの特性や苦手な部分を理解して、どうサポートしていけば、その子が毎日生きやすくなるのかを考えていきたい」と櫛田さんは言う。

カナダのJapanese Social Serviceという団体で3歳児を対象にした子育て支援プログラムにて。

子どもに目いっぱいの「愛」を

子どもにとって一番大切なのは、何といっても「愛」。絶対味方になってくれる人が1人でもいれば、大きな支えになる。だからこそ「お母さんには、子どもを目いっぱいかわいがってあげてほしい。困ったことがあったら専門家に相談して」と櫛田さん。「お母さんもたまには息抜きをしてくださいね。お母さんがハッピーだと、お子さんもハッピーなんですよ!」

養護施設では「この子にとって何が一番なのか」を考えてきたが、香港でも目の前にいる子どもや家族にとって「何が一番なのか」を考える点では同じ。そうやって、櫛田さんは困っている人にずっと寄り添ってきた。そして、自分にとってそれが「使命」だと思っているという。

「病院の仕事は、そもそも人に『ありがとう』と言っていただける仕事。おごってはいけないと常に自分に言い聞かせています。これからも、させていただけることがある限り、人のために何かできる人間でいたいです」

*Hong Kong LEI vol.40 掲載

WRITER書いた人

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