2021/01/14

香港でのコーヒー栽培に挑戦

金さんのコーヒー農園は、中国との国境近くにある。住所がないからとスマホへ送られた地図だけを頼りに、畑へ向かうことになった。車1台がやっと通れるような山道を進む。スマホの電波が途切れがちなこの状況で、迷子になっては大変! と冷や汗をかきながら、何とか畑にたどり着いた。

大きな鉄の扉の中にある敷地は、学校が建てられそうなほど広い。目の前には、小さい苗から2mを超えるものまでコーヒーの木が約150本並んでいる。金さんは1年前からこの土地を借り、1人でこれらの木を育てているという。

「コーヒーの苗を植えられる土地を求めて、ここへたどり着きました。水耕栽培や、爬虫類の餌用コオロギの飼育も、以前の畑の借主から引き継いでいます」

香港に移住して30年になる金さんは、香港で産業をおこして、香港人が誇りに思える地産のものを作りたいと、日頃から思っていたそうだ。あるとき、旅行で訪れたハワイでコーヒー農園を見学し、「香港でもコーヒーが栽培できるかもしれない」と思いついた。コーヒー好きは世界中にいるし、香港土産として売れるかもしれない。

「ハワイの農園では、80歳を過ぎたおじいさんが1人で1500本のコーヒーの木を世話していたんですよ。彼にできて、わたしにできないはずがないでしょう」

コーヒー豆は、コーヒーチェリーという赤い実の種を焙煎したものだというのはご存じだろうか。その実が収穫できるまでに、一般的に3~5年かかるといわれている。金さんの苗も、香港の自宅の鉢植えで3年間世話をして、やっと去年花が咲いた。香港でもコーヒーが育つことが確認できたので、すぐに畑の準備に取りかかった。

「政府から借りられる畑は、コーヒー農園を作るには狭いので、不動産屋さんから紹介されたこの土地を去年から借りています。『土の品質はどうですか?』と前の借主に聞いたら『OK 、OK! 有機!』って言うから信用してしまった。今はめちゃくちゃ後悔しています」

というのも、いざコーヒーの苗を植えようと地面を掘ってみたら、土の下から大量のゴミが出てきたそうだ。これでは無理だと、敷地内のほかの場所を掘ると、そこからは石やコンクリートの塊がゴロゴロ。

「全部掘っていたらキリがないし。しゃあないから、コーヒーを植えたいところだけ掘って、石とコンクリートを取り出したんです。出てきた石は置き場がないから石垣にしてね。石を運ぶために道をコンクリートで固めたりと、コーヒーを植えるまでに時間がかかりましたよ。植えてからも、雑草は生えるし虫はいるしで、てんてこ舞いですけど」

台風で苗が倒れたら支え棒をつけ、見たことがない害虫は写真を撮って調べる。次々と生える雑草を抜き続けて関節炎に。トライアンドエラーの繰り返しだ。植えたコーヒーの20%は枯れてしまったが、今年は20本ほどの木が真っ赤な実をつけた。取れた実は少しずつ集めて、大切に冷蔵庫に保管している。

「どうせ作るなら、もちろんおいしいコーヒーにしたいよね。でも、たとえおいしくないコーヒーができても『世界で一番まずいコーヒー』で売れるんちゃうかな」

モロッコのザゴラ砂漠にて。モロッコ生活は3週間がストレスの限界だったそうで、香港と行き来の生活だったという。
やりたいことにまっしぐら

「わたし、やりたいことがたっくさんあるんですよ」と話す金さん。彼女のこれまでの人生は、プライベートも仕事も「やりたいこと」に向かって常にまっしぐらだった。

日本の大学を卒業後、アメリカで半年間過ごし、香港で旅行代理店に勤めるために移住したのが30年前。その後、広告代理店に転職。上海やドイツで暮らしたこともある。なんと、2008年から6年間は、モロッコでレンタカーの商売をしていた。

「旅行でモロッコへ行ったら、めっちゃおもしろくてね。香港のネイザンロードみたいに活気があって、人がたくさんいるのにコンビニもデリバリーもない。自分が未来から来たような感覚で、ここでなら何かできそう! って思ったんです」

知り合いが1人もいなかったモロッコで、レンタカーショップやフットマッサージ店を6年間経営していたという金さん。その手腕と行動力、そして物おじしない度胸には圧倒される。

「やりたいことがあったら、まずゴールを決める。それに向かってこの順番でこれをする、という段取りさえ見えれば、何でもできるんですよ」

新しいことを始めたいと思っても、「やり方がわからないから」「学ぶ時間がないから」と、挑戦すらしなかった経験はないだろうか。それに比べ、金さんの考え方の何とシンプルですがすがしいことか。「そんなことできるの?」と言う人もいたのでは?と尋ねると、金さんは真顔で答えた。

「うーん、周りの人の言葉は耳に入らない。『あなたはできないかもしれない。でも、わたしにはできるかもしれないから、やってみる』。わたしはそう思っているんです」

2017年のアドベンチャーレースに、男性2名と金さんでチームを作り参加。金さんは松葉杖で走り切った。
香港でできることに全力を尽くしたい

「香港に来て、長距離トレイルランニングとドラゴンボートにはまってね」

やると決めたら、とことんやる金さん。2000年の「マクレホース100㎞トレイル大会」では、女子4人チームで優勝。ドラゴンボートは、監督兼選手としてフィリピン人女性チームを率いて、2004年の試合で敗者復活戦から優勝を手にした。「2年前に左足首の手術をして以来、まだ朝は松葉杖だけど、午後になると足がほぐれるから山を走っています」という。

「平坦な道を何も考えずに走るのは性に合わへん。足元や時間を気にしながら、集中してデコボコな山道を走るのが楽しいんです。人生も山あり谷ありでなんぼでしょ」

今はまだ、コオロギと、水耕栽培で育てるバジルの売り上げ以外、収入はほぼゼロ。しかし、これまでの蓄えを切り崩しながら、あと2年は農園を維持して生活できる見込みだそうだ。今後コーヒー豆がたくさん採れるようになれば、何とかなるだろうし、システムが出来上がれば協力してくれる人、引き継いでくれる人が現れるに違いないと金さんは考えている。

「わたしに残された香港での時間が何年かはわからない。けれど香港にいる間、香港でできることに全力を尽くして、何かをここに残したい」と語る金さん。

「まだまだやりたいことがいっぱいあるからね。To be continuedよ」

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*Hong Kong LEI vol.42 掲載

WRITER書いた人

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