2024/10/11

前回のあらすじ

内股スタンスで一見強そうではない中国拳法・詠春拳の生徒募集の張り紙を見て気になった空手有段者のタッカーは初級の公開講座に申し込むことを決意した。


当時ジム通いしていた大埔にある李福林体育館の掲示板に生徒募集の張り紙が出ていて、詠春拳が本当に実践的なのかを確かめようと初級クラスにサインアップしました。

大埔李福林體育館

この講座はもともと同じ系統の別の先生が教えられていたのですが、わたしが申し込んでからは林樹成先生が担当されることになっていました。

第1回レッスンではまず林先生の師匠は梁相先生という方で、香港に詠春拳を根付かせた稀代の武術家・葉問先生の一番弟子だということを習いました。

広東省仏山で発展した詠春拳は上流階級が嗜む門外不出の拳種で一般公開はされておらず、1950年以前に香港で詠春拳を知る人はいませんでした。

後に、梁相先生は香港における詠春拳の基盤を築き優秀な門人を多数輩出し、詠春拳を世に知らしめた人物だと知りました。

詠春拳生徒募集ポスターの一部

ブルース・リーが葉問道場に入門したのは梁相先生よりも何年も後の時期で、ブルースは梁相先生の弟弟子にあたります。

当時わたしは広東語はほとんどできなかったので、雰囲気でへーとしか思っていませんでした。

講座を担当された林樹成先生はとても温厚な方でしたが、同時に師匠譲りか硬派な一面がありました。

 

長年詠春拳を指導されてる林先生の道場は非公開で、入門には保証人による推薦が必要とのことでした。

わたしが参加したのはあくまで表向きの講座で、受講イコール入門を意味しませんでした。

空手では型が少なくとも8つ、多いところでは数十ある流儀もありますが、詠春拳の型は3つだけです。

まず基本型の「小念頭」から習いました。

内股の独特なスタンスは二字拑羊馬(イージーキムヨンマー)と言って、一般的な両膝を開いて腰を落とす「騎馬立ち(四平大馬)」と対照的に膝を内側に絞る「ヤギ立ち(両膝でヤギを挟み込む)」です。

基本スタンス「二字拑羊馬」

上半身は後傾させた状態のままで、これは普段の生活ではほぼすることがない不自然な姿勢で、詠春拳に対する疑いはますます深まるばかりでした。

独特姿勢を維持して足は不動のまま、両手を後ろに引いた状態から型が始まります。

動かすのは肘、手首、肩だけで、空手の型と比べると派手さや豪快さに欠けるものでした。

しかし、少なくとも20分以上かけて鍛錬しなければならず忍耐力が試されます(林先生の時代は1時間)。

学生時代はテニス部の玉拾いから始めたり、空手でも基本型にじっくり取り組んだりした経験があったので耐えられなくはありませんでした。

しかし、心の中ではスマートフォンで好きな動画やゲームで瞬時に脳内報酬が得られる時代に生きる、特に香港の若者や子どもには難しいだろうなと思いました。

そんなこんなで2カ月間は基本型と突きだけを習いましたが、これだけでは詠春拳の実践性を評価することはできません。

3カ月目も続けたかったのですが、継続する受講者が少なく残念ながら講座打ち切りになりました。

林先生のアシスタントとして弟子の方が何人か毎回教えにきてくれていて、その中に英語と北京語が話せる方がいました。

彼は日本が好きで少し日本語も話すことができて、珍しい日本人の受講者によくしてくれ、林先生の非公開道場に見学に来ないかと誘ってくれたのでした。

先生の道場は内装用のタイル店などが並ぶ旺角砵蘭街の古い雑居ビルの4階(香港は英国式なので、日本の5階に相当)の一室にありました。

看板や表示がなくて民家の間違いではないかと思ってドアに耳を近づけると、

「カン!カン!カン!ブニュニュ〜ン、カン!」

と異様な音が聞こえてきました。

恐る恐るベルを鳴らすと、門人の一人がドアを開け招き入れてくれました。

非公開道場の稽古風景

中はまさに秘密基地のようで、映画に出てくる清朝政府打倒を目論んだ秘密結社のアジトを彷彿とさせました(大げさ!)。

壁には映画で見たことのある古びた木人や武器。

(大変なとこに来てしまったのかもしれない・・・。今夜は家に無事帰れるかな?)

秘密道場の雰囲気は公開講座とはかなり異なっていて、先生のオーラも違うように感じられました(正直怖かった!)。

公開講座での経験はノーカウントで、正式に入門して一から教えていただくことになりました。

入門は見習いの位置付けで、正式な弟子になることを意味しません。伝統的には正式に師弟関係を結ぶまでは先生は師傅で、入室弟子(内弟子)になって初めて師父と表記することが許されます。発音は同じシーフ。

中国武術のコミュニティーでは入門して最初に型を教えてくれる師兄(シーヘン、先輩)のことを「開拳師兄」と呼び尊びます。ある意味イニシエーションの儀式的な側面もあります。

開拳師兄に一つ一つ丁寧に動きを習い、その日はほぼ基本型の鍛錬だけで終わりました。

使用言語は広東語で詠春拳用語はわけがわからなくて、見よう見まねで覚えるしかありません。

普段使わない部位の筋肉を酷使して疲労困憊し、エレベーターのない雑居ビルの階段を足を引きずりながら降りました。

ネオンが揺れ妖艶さを放つ旺角の通りを重い体を支えながらその日は帰宅の途につきました。

つづく

 


タッカー

葉問一番弟子の梁相師公の直弟子である林樹成師父の入室弟子(内弟子)となり、林一門では外国人として初の師範免許を取得。林樹成詠春國術會の助教(アシスタントインストラクター)として活躍するかたわら、香港で日本人などを対象にした香港詠春拳クラブ(Hong Kong Wing Chun Club)を主宰。

X:wingchun_tucker
IG: wingchun_tucker
Website: wingchun.fit
FB: lsswingchun

 

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