2025/04/15
雞酒
(ゲイ ジャウ:廣東語発音)
鶏の生姜酒煮(薬膳風)
弟一家が来日しました。
まだ生まれたばかりの、ほやほやの姪との初対面です。
細くて小さな手、くるんと丸まった足。すべすべの肌を見ているだけで、時間を忘れてしまいます。
その顔は驚くほど弟に似ていました。
抱き上げた瞬間、胸の奥に沈んでいた記憶が、ふわりと立ち上がってきます。
──ああ、これは。
かつて赤ちゃんの弟を抱いていたときの感覚です。
今腕の中にいる姪よりも、弟はもっとずっしりとしていて、頭も少し重かったように思います。
「まあ、男の子と女の子の違いかな」とつぶやきながら、わたしはそっと微笑みました。
弟とは10歳以上離れている自分、母が妊娠したと知ったとき、わたしはもう中学生でした。
それから母のお腹がふくらみ、弟が生まれて、泣いて、歩いて、話して──成人するまでの年月を、わたしはすぐそばで見守ってきました。
姪を抱いた瞬間、わたしの中の時計が巻き戻されました。
思い出されるのは、産後の母がベッドに横たわっていた日々。
虚弱な体でありながらも、笑顔を絶やさず、弟のために必死に母であろうとしていた姿。
そしてそのそばで、祖母が台所に立ち、せっせと作っていたあの料理、雞酒(ゲイジャウ)です。
この料理は、産後の体力回復を助ける「補身食(ほしんしょく)」の一つで、家庭によってさまざまなレシピがあります。
我が家の雞酒は、丸鶏を丸ごと使います。
内臓も、キンカン(卵になる前の黄身)もすべてそのまま。
皮付きの太めの千切り生姜をたっぷり加え、もち米で作られた甘いお酒だけで煮込みます。水は一滴も使いません。
味付けはシンプルに塩だけで素材だけで仕上げる潔さ。
煮込むうちに、生姜の芯から体を温めるような香りが立ち上り、次第に甘くふくよかなお酒の香りが空間を満たしていきます。
そして最後に、鶏の脂と出汁の香りが重なり合い、あの独特の「雞酒の香り」が完成します。
そして今、日本にいるわたしは、自分なりの雞酒を作ってみました。
丸鶏も、内臓も、キンカンも、近所のスーパーではなかなか手に入りません。
だから今回は、鶏もも肉だけを使いました。
みりんと紹興酒を合わせて甘さと深みを出し、皮付きの生姜をたっぷりと。
さらに、薬膳の雰囲気を少しでも再現したくて、きくらげも加えました。
水を使わず、鶏と酒と生姜だけで、炒め煮のように仕上げます。
スープというより、しっかり味のついたおかず。
それでも、鍋から立ち上る香りは、確かにわたしの記憶の中にあるものと重なっていました。
ひと口食べると、強烈なお酒の香りがふわりと広がり、続いて生姜の辛みがじんわりと体を温めてくれます。
やわらかな鶏もも肉の食感と、コリコリとしたきくらげの歯ごたえが心地よく、どこか懐かしくて、温かい。
食べ終えたあと、煮汁に水を足して、もう一度火にかけてスープにしました。
生姜の香りが再び立ち上がり、食後の静かなひとときを、そっと温めてくれるようでした。
Tips:丸鶏にナツメやクコの実を加えて、水を足してコトコト煮ると、ぐっと香港の本場っぽい味になります。
材料(2人分)
鶏もも肉 … 1枚(約250g)
生塩糀パウダー … 5g(鶏肉の重さの2%)
生姜(皮付きのまま太めの千切り)… 50g
乾燥きくらげ … 5g(戻して細切り)
長ねぎ … 1/2本(斜め薄切りまたはぶつ切り)
紹興酒 … 80ml
みりん … 20ml
塩 … 小さじ1/3(味をみながら調整)
サラダ油 … 大さじ1(炒め用)
※水は基本加えませんが、仕上げにスープへ展開する場合は200ml加えます。
作り方
1、鶏もも肉は一口大に切り、生塩糀パウダー(5g)をまぶして、10分ほど置いて下味をなじませます。
2、きくらげは水で戻し、固い部分を取り除いて細切りにします。
3、フライパンまたは中華鍋にサラダ油を熱し、生姜を加えて弱めの中火で、香りが立つまでじっくり炒めます。
4、生姜の香りが立ってきたら、鶏肉を加え、表面に軽く焼き色がつくまで炒めます。
5、きくらげと長ねぎを加えてさっと炒め合わせ、紹興酒とみりんを加えます。ひと煮立ちしたら味見をし、必要であれば塩を少しずつ加えて調整します。
6、全体を軽く混ぜたら、蓋をして弱火で10分ほど煮込みます。
7、汁気が少し残る程度になったら火を止め、蓋をしたまま数分蒸らすと、より味が馴染みます。
残った煮汁は薬膳スープに
具を食べ終えたあとの煮汁に、水を200ml加えて火にかければ、やさしい薬膳スープになります。
お好みで塩や胡椒を少し加えて、味を調えても美味しくいただけます。
雲姐(ワンジェ)
料理研究家。香港に生まれる。幼少期、平日は祖母、週末は料理が趣味だった父の手料理を食べて過ごす。オーストラリアへ移住を経て、結婚を機に日本へ移り20年以上。中国国際薬膳師、発酵食品ソムリエ、発酵ライフアドバイザーの資格を持ち、中華圏および日本の食文化への造詣も深い。現在は、日本の人々に香港料理を伝えるべく東京で活動中。
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