2026/06/07
今後この小さな美術館の活動をお知らせすることが多くなりそうな予感がした、素晴らしい展示会をご紹介しましょう。(もうすぐ終わってしまいますのでまだの方は今すぐ行きましょう!笑)
香港の九龍サイドの観塘(クントン)で産声を上げた「一新美術館(Sun Museum)」。中国の芸術文化を広く伝え、地元の若手芸術家を支える民間の非営利美術館として、2015年に設立されました。多くの人々に愛されてきたこの美術館は、2024年、香港島の西営盤(サイインプン)にある西源里(サイユンレーン)へと移転し、10年目の節目に活気ある下町の路地裏で、現代のアートシーンとより深く繋がるための、多様な発信地へと生まれ変わったのです。美術館はサイズ感は小さいですが、じっくりと見応えのある構成で、巨大な美術館とはまた違った良さがあります。

そんな新しい拠点で、現在、移転後初となる版画展「刻骨銘心(Profound Impressions):劉春杰の原版と版画芸術」が開催されています。中国の近代版画の父とされる文豪・魯迅の名を冠した、最高栄誉である「魯迅版画賞」の受賞歴を持つ美術家、劉春杰(リュウ・チュンジエ)氏の40年にわたる創作の軌跡をたどる、見応えのある展示です。会場には、1991年から2013年にかけて制作された48点の名作がずらりと並びます。

南国の熱気を帯びた香港の街から一歩足を踏み入れると、そこに広がっているのは、まったく異なる世界の景色です。劉氏の精神的な原郷である中国東北地方の「北大荒(ほくだいこう)」をテーマにした初期の作品群は、どこまでも広がる北の大地の雄大さと、厳しくも美しい農村の暮らしを雄弁に物語っています。力強い大胆な線と温かみのある色彩で描かれた風景は、どこか詩的な情緒を纏い、観る者の心へじんわりと染み込んできます。

この展示会の最もユニークな試みは、完成した版画だけでなく、実際に使われた「原版(版木)」そのものを隣同士に並べて展示している点にあります。なかには、版画として刷られた紙はなく、彫り込まれた木版だけを独立した立体彫刻作品として展示しているものも14点あります。そうすることで、どのような工程を経て刷り上がった1枚なのか軌跡を見ることもでき、その何枚もを重ねて生み出された色彩の素晴らしさにも目を見張ります。

劉氏は「原版はニワトリであり、版画は卵のようなもの。観客には、創作の源である最初の光景を見てほしい」と語ります。彫刻刀が木を削り、深く刻み込んだ跡の凹凸や質感からは、紙に刷られた平面の作品以上に、芸術家が込めた息遣いやエネルギーが直接的に伝わってくるようです。まさに展示会のタイトルの通り、骨に刻み込まれるような深い印象を残す空間が広がっています。
2004年に彼が南京へ移り住んでからの作品は、社会や人間性を静かに見つめる「私的な思索」シリーズへと変化していき、技法もコラージュやインスタレーションへとさらなる進化を遂げていきました。伝統的な職人技を大切にしながらも、現代的なコンセプトを融合させ、常に枠を超えようとするその姿勢は、伝統を継承しつつ新天地へ挑む一新美術館の歩みとも重なって見えます。

作品を鑑賞したあとは、同じ敷地内にある「一新書院(Sun Bookshop)」へと、余韻の続きを楽しみに行くのがおすすめです。ここには、芸術や歴史に関する選りすぐりの書籍が美しく並び、ページをめくるたびに知的好奇心が心地よく満たされて、つい1冊美術書を買ってみたくなります(笑)。さらに、併設された落ち着いておしゃれなカフェ「一新珈琲(Sun Cafe)」へと足を延ばせば、厳選されたこだわりのコーヒーや軽食を味わうことができます。アートの至福感に浸りながら、静かに流れる時間のなかで一呼吸おくのは、なんとも素敵な自分へのご褒美となるでしょう。
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にぎやかな香港の日常から少しだけ離れ、西営盤の静かな美術館で、木の温もりと鋭い刀線が織りなすアート、そして本とコーヒーに身を委ねる時間は、心に心地よい潤いを届けてくれます。地下鉄の駅から歩いてすぐというアクセスの良さも、気軽に訪れやすくて嬉しいところですね。この特別な展示は、2026年6月14日まで開催されています。ぜひ大切な方を誘って、芸術家が刻んだ情熱の記憶と、穏やかな路地裏の文化空間に触れてみてくださいね。
ちなみに、この後は、「第二回西源里選画(The 2nd Hong Kong Paintings in Sai Yuen Lane Exhibition)」という双年展(ビエンナーレ)が開催されます。(2026年6月26日〜10月18日開催)。これは全香港の芸術家からオープンに作品を募った公募展で、今回はなんと700件を超える応募のなかから選ばれた93人の芸術家による118点もの絵画が一堂に会します。水墨画や油絵、アクリル画など多彩な技法で描かれた作品たちは、街の熱気や日常の詩情を映し出し、香港のダイナミックな創作力を肌で感じさせてくれるに違いありません。
こちらも西営盤の新拠点でどのようなストーリーを紡ぎ出すのか、今からとても楽しみですね!
一新美術館(Sun Museum)
「刻骨銘心:劉春杰の原版と版画芸術」
会期: 2026年6月14日まで
住所: G/F & 1/F, Artisan House, 1 Sai Yuen Lane, Sai Ying Pun, Hong Kong
アクセス: 港鉄(MTR)西営盤(サイインプン)駅B3出口から徒歩約1分
開館時間: 火曜日〜日曜日 10:00〜18:00(月曜日・祝日は休館)
入館料: 無料(事前予約推奨)
Webサイト:https://www.en.sunmuseum.org.hk/
敷地内施設: 一新書院(書店)、一新珈琲(カフェ)
一新美術館は、「孫少文基金会(Simon Suen Foundation)」という民間の非営利の慈善団体によって設立・運営されています。基金会の創設者である孫少文(サイモン・スエン)博士は、香港の著名な実業家であり、長年にわたり中国の伝統芸術や文化、国学の発展・伝承を支援してきた熱心な芸術愛好家です。
美術館は出口に向かって左手の黒いビルです。
Hong Kong LEI (ホンコン・レイ) は、香港の生活をもっと楽しくする女性や家族向けライフスタイルマガジンです。
