2022/11/04


はじめに
Hong Kong LEIのWebコラム「キリ流香港散策」を連載中のキリさんが、2022年1月に『爐峰櫻語 戦前日本名人香港訪行録』という本を出版しました。この本はキリさんが、明治~昭和期の日本偉人の香港来訪記録を調べてまとめたものです。
日本の多くの歴史的偉人が香港に来ていたこと、その偉人たちは香港のどこへ行き、何を見たのか、香港からどんな影響を受けたのかなどを、キリさんの本を日本語訳にする形でお伝えしたいと思います。
このコラムは『爐峰櫻語 戦前日本名人香港訪行録』の一部分の翻訳であり、また文字数の関係から意訳しているところもあるので、内容をより深く知りたい方はぜひキリさんの本をお手にとってください。

第4回 横光利一:1936年2月28~29日


横光利一(よこみつ りいち)
1898(明治 31)年~ 1947(昭和 22)年 、福島県出身の小説家 、俳人、評論家。川端康成と共に「文芸時代」を創刊し、新感覚派として大正から昭和にかけて活躍。代表作に『機械』、『上海』がある。1936(昭和11)年、東京日日新聞と大阪毎日新聞の特派員として、ベルリンオリンピック観戦のため渡欧した。

1936年2月、横光利一はベルリンオリンピックが行われるドイツへ向かっていた。39歳の時、神戸を出発し、上海、香港、台湾、シンガポールなどを経て欧州を旅した。同行したのは詩人の高浜虚子と歴史学者の宮崎市定。

横光は日本の著名な小説家として、香港の「中国郵報(チャイナメイル)」のイギリス人記者にインタビューされた。記者の態度や行動を観察し、当時の香港の文化水準についてコメントしている。記者2人はとても礼儀正しく、質問をした後、直立不動で「サンクユー」と言い、礼をしたという。

「新聞記者が礼儀を重んじない限り、一国の文化は絶対に上らない。民衆に恐怖を与える新聞記者が増加するほど文化は下降する」と述べている(注1)。

横光利一を乗せた箱根丸は、朝、香港に着いた。横光利一と高浜虚子は下船し、それぞれ自動車で香港島を一周した。風に波立つレパルスベイ(淺水灣)一面に咲く黄色い花を眺めながら、香港の風景は、旅の幸せを充分に味わわせてくれると感じた。

レパルスベイ(2022年10月撮影)

下車後、横光はマスクを着けて街を歩いていたが、周囲の注目を集めたという。子どもたちは彼を追いかけてまでマスクを見ようとし、立ち話をしている人も話を中断して見入る。人々の反応が面白いので、横光はずっとすれ違う人たちの反応を観察して歩いた。遭う人遭う人が、マスク姿の彼を見て一瞬同じ表情になり驚いていたという。そんな香港の人々は、上海の人々より俊敏で活発だと横光は述べている。

もし横光が昭和ではなく2020年に香港を訪れていたら、むしろマスクをしていないと、街中で噂をされてしまうだろう。

横光の旅行記には、彼の乗っていた自動車が故障し、山で1時間立ち往生したことが書かれている。自動車の修理が終わるまで、彼は景色を見ながら待っていた。しかし自動車はついに修理できなかった。彼は街頭で密柑を買い、食べながら俳句を作っていた(注2)。
そこに1台の自動車が走り去った。それは高浜虚子とその娘が乗っていた自動車だった。横光は呼び止めたかったが、速すぎてタイミングを失った。仕方なく、また景色を見ながら、句を作ったという。

横光は、「香港の夜景は世界の四大夜景の一つだと云うが、私は昼間の景観の方をとる」と書いている(注3)。
香港滞在中、緑豊かな山々も昔は禿山だったと、開港以来80年の大きな移り変わりを感じたり、山頂に向かって段をなす建物の美しさに感心したりした。
また、香港には冒険小説の挿絵にあるような島がたくさんあることに気づいた。海賊の隠れ家が香港にあると聞いたという横光の好奇心は踊った。
彼の香港への縦横無尽の幻想も素晴らしい。

 

(訳者注)
注1  横光利一「欧州紀行」青空文庫 (底本:講談社文芸文庫版、2006年)
注2  横光利一が香港で作った俳句は、「枯枝の落つ間も動く舟の数」、「暴れ若葉九龍の波尖とがる」などがある。出典は注1に同じ。
注3  注1に同じ。「四大夜景」の残り3か所がどこかは不明だが、この当時から香港の夜景が世界的に有名だったことが判る。


コラムの原本:黄可兒著『爐峰櫻語 戦前日本名人香港訪行録』(2022年1月、三聯書店(香港)有限公司)

 

〈著者プロフィール〉
黄可兒(キリ)
香港中文大學歷史系學士、日本語言及教育碩士。日本の歴史や文化を愛し、東京に住んでいた頃に47都道府県全てを旅する。『爐峰櫻語 戦前日本名人香港訪行録』は、夏目漱石研究の恒松郁生教授との縁で、2019年から始めた日本偉人の香港遊歴研究をまとめて上梓したもの。

 

キリさんのWebコラムはこちら「キリ流香港散策

 

翻訳:大西望
Hong Kong LEI編集。文学修士(日本近現代文学)。日本では明治期文学者の記念館で学芸員経験あり。


 

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