2024/03/23

 


このコラムは4回に分けてお送りします。
第1回 まずは読んでみて!香港人が描く香港小説2選
👉第2回 文学研究者のボクが唸った香港小説2選
第3回 美しい香港食エッセー&元祖散歩学エッセー
第4回 もっと香港がわかる! 学術系ブック3選


 

香港は、誰もが「書きたくなる」街!?

大東先生:香港を舞台にしていて、日本語で書かれた小説は、わたしが知っているだけで20冊以上はあります。そのうち15冊くらいを読んだところですが、大きくその特徴をまとめてみますと、大きいカテゴリーのひとつは、あの~、観光小説が多いなと感じますね。つまり、「日本人が観光客として香港に来ていろんなことが起きる小説」です。中島京子さんの小説に『ツアー1989』という作品があります。特徴のある小説ですが、これも観光小説に当てはまると思います。

もうひとつの特徴は「ハードボイルドの舞台になりやすい」という面があります。黒社会、やくざの世界が舞台の小説ですね。西木正明さんの『スネークヘッド』が、まさにこのジャンルの作品です。

それと、金融都市という特性を生かした経済小説、企業小説ですね。のちほど紹介する早瀬耕さんの『未必のマクベス』ですとか、橘玲さんの『マネーロンダリング』がそれです。

「観光」「黒社会」「金融都市」といったキーワードをもつ香港は、多くの小説家にとって「書きたくなる」街のようです。先ほど申し上げた20冊のうち、直木賞作家と芥川賞作家が、合計7人もいます。

わたしはやはり文学研究をしているので、どうしても文学的な視点から作品を読みたいですし、推薦したい。そのなかで紹介したいと思うのが、早瀬耕さんの『未必のマクベス』と橘玲さんの『マネーロンダリング』です。

 

香港を舞台にしたパスティーシュ小説『未必のマクベス』

(書籍情報)『未必のマクベス』早瀬耕 著 / ハヤカワ文庫 / 1,100円(税込)

編集部:30歳代のIT企業に勤める日本人男性が、友人と共にバンコクで大きな商談を成立させて、日本への帰国の途中にマカオに立ち寄る。そこで出会った娼婦から「あなたは、王になって、旅に出なくてはならない」と啓示めいたことを告げられる。商談の成功を経て香港駐在になったものの、赴任先には彼を面白く思っていない人物による罠が待ち受けていて、主人公もこれに抗ううちに闇に落ちていく…という企業サスペンス小説です。

先日、東京の書店に立ち寄ったら、10年前に発表された小説なのに『未必のマクベス』が平積みされていて、驚きました。

大東先生:この作品は、いわゆるクチコミから人気が広がったんですよね。いまも根強い人気があるんですね。

発売後10年経っても書店に平積みされるほど人気

大東先生:文学の世界では、パスティーシュですとか、文学理論の用語ですとインターテクスチュアリティと言われる、「先行する文学作品の影響を受けながら、新しい作品が書かれていく」という考え方があります。本作は、タイトル通りシェイクスピアの「マクベス」を下敷きに、現代の香港に舞台を置き換えられた小説です。これだけでも、文学好きとしてはそそられてしまいます。

さらに、香港ならではの金融小説であり、同時に恋愛小説でもある。なにより、文章が大変上手です。わたしが読んだ香港を舞台にした小説の中でも圧倒的に上手く、だから文学的っていうことなのだと思います。

編集部:先生、わたしもこの作品を読んで興奮しましたが、ちょっと恋愛に関して純粋過ぎるのでは…と鼻白んでしまいました。

大東先生:たしかに、初恋の女性への執念がすごいですね。中2病的と言われてもしかたないかもしれません(笑)。それを差し引いても、やはり魅力があります。すごくよく香港がわかって描けている本だと思います。

香港ならではの金融小説『マネーロンダリング』

(書籍情報)『マネーロンダリング』橘玲 著 / 幻冬舎文庫 / 913円(税込)

大東先生:香港っていう街が持っている、ある種のまがまがしさを感じたければ、橘怜さんの『マネーロンダリング』の方が面白いです。はい。国際的な金融都市の裏側の顔を知ることができる。

編集部:『マネーロンダリング』は、アメリカの金融業界で働いた後に香港に流れついて、もぐりの金融コンサルタントをする日本人男性が主人公です。彼が、香港に来た日本人の女性クライアントから脱税指南を請われ、それに応じる。すると、のちにその女性が多額のカネと一緒に失踪し、主人公も事件に巻き込まれていく。

巻頭に「本書で紹介される、タックスヘイヴン等を利用した税務上の種々のテクニックは、あくまでも著者の想像上のものであり…」と前置きがされるほど、手練手管の金融テクニックが描かれています。

大東先生:これも度肝を抜かれましたね。『未必のマクベス』レベルの小説がもう1本あったんかっていう。橘玲さんも、大変文章が上手です。かつ、「金融香港」では何がどう機能するのか、舞台装置としての仕組みを把握した上で書かれています。

これがないと、先ほど申したような観光小説になっちゃうんですね。もしくは、単なるハードボイルドになってしまう。「京都嵐山殺人事件」の香港版みたいな。ここが香港を舞台にした小説の落とし穴で、やはり「どれほど香港のことがわかっているか」が肝なのかな、と感じます。

 

編集部:次回は、『第3回 美しい香港食エッセー&元祖散歩学エッセー』をお送りします。

大東先生:小説以外に、香港に関する本に関していえば「食」に関する本っていうのが結構ありますね。そんななかで、「食」を通して香港の土地と人がわかる、素晴らしい本が何冊かあります。(つづく)

聞き手:深川美保(編集部)


 

大東和重

1973年兵庫県生まれ。比較文学者(日中比較文学)。関西地方の大学にて教授職。2023年4月より香港教育大学に訪問学者として滞在。1年間の在任期間、香港小説、香港関連書を読みつくし、香港の隅々まで歩きつくした。翻訳された海外の短編小説を毎回1編読んで語りつくすPodcastも更新中。

Podcast : 翻訳文学試食会 Apple Podcasts, Spotify

離島の鴨洲にて、深圳の街を背景に

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