2025/03/11

香港のカンフー映画には必ず登場する「木人」。詠春拳の鍛錬道具であり、カンフーの象徴的な存在です。映画「少林寺木人拳」などの影響で、日本では「木人拳」として知られていますが、正式には「木人樁(モックヤンジョーン)」と言います。

中国武術の道場ではよく見かけるものですが、木人樁の練習は初心者がすぐに学べるものではありません。詠春拳の三つの型「小念頭・尋橋・標指」を習得し、対人稽古で一定の水準に達してはじめて、木人樁の修行に進むことができるのです。

わたしの通う道場では、少なくとも一年半から二年程度は習ってからようやく木人樁の稽古を始めます。その間に師父は弟子の態度や真剣さ、稽古の頻度、習熟度などを考慮して、教えるタイミングを決めます。

 

木人樁との初対面

初めて道場を訪れたとき、木人樁の重厚な佇まいに圧倒されました。カンフーファンなら誰もが憧れ、触れてみたいと思うもの。しかし、初心者には触れることすら許されません。

基本稽古を続ける中、先輩たちが黙々と木人樁に打ち込む姿を見て、「かっこいいなぁ、いつか習えるようになりたい」と、強く思ったものです。

そして、入門してから1年以上経ったある日、ついにその瞬間が訪れました。

「今日から木人樁を伝授する」

その言葉を聞いた瞬間、小躍りしたい気持ちになりました。

木人稽古の目的

まず林師父から、木人樁の練習の目的と意義について説明を受けました。梁相系では、木人樁の動きを便宜的に百手(実際はそれ以上)と考え、それを十節に分けて学びます。

木人樁の全節を学ぶには、少なくとも1年はかかります。しかし、ただ順序と動きを覚えるだけでは不十分で、どのような状況で使用できるかを理解し、実戦で応用できるようになることが目的です。そのため、学んだ後も繰り返し稽古を重ね、技を磨いていきます。

木人樁の稽古にはさまざまな目標があり、まず、正確な姿勢や手足の位置、重心のバランスを確認しながら、技を磨いていきます。また、相手に効率よく力を伝えるための発力の練習にもなります。

稽古を重ねることで、無駄な動きや力任せの癖を修正し、より洗練された動作へと昇華させていくのです。そして、木人樁を単なる道具としてではなく、相手をイメージしながら取り組むことで、実戦で応用できる技術へと昇華させていきます。

木人樁は振動でフィードバックはくれますが、人のようには動きません。そのため、技を何度も反復練習でき、正確さを高めるに適しています。まさに「静寂の師」であり、最高のトレーニングパートナーなのです。

また、集中力が高まり、心が整うので、心体の調和を図る禅やヨーガのような効果もあります。

さらに、木人樁が発する独特の音にはリラックス効果もあり、特に忙しさが際立つ香港では、心をリセットする大切な時間となるのです。

「死んだ木人を打つな」

先生によく言われたのが、「死んだ木人を打つな」(別打死人樁)という言葉です。これは、相手を意識せずに木人樁を打つこと。実際の敵を想定し、相手の攻撃や反応を意識しながら行うことで、初めて技術として活きるもので、これは型の稽古と同じです。

例えば、手技を意識しすぎると自然と目線が下がり、重心が前に寄り、基本の後傾姿勢が崩れてしまいます。そんな時はよく先生に、「木人の頭に視線をやれ!」 と指導されました。

木人樁稽古の目的は、単に順序や動作を覚えることでも、闇雲に強く打つことでもありません。相手を意識しながら丁寧に鍛錬しなければ意味がないのです。

 

技術のデータベース

木人樁は、伝統武術の知恵を記録し、後世へ伝える「技術のデータベース」です。武術は長い間、師から弟子への口伝で伝承されてきましたが、昔は定まったカリキュラムがあるわけではなく、大きく変化していった経緯があります。言葉や型だけでは、細かな動きを正確に伝えることが難しい場合もあります。

木人樁は、構造的に設計されているため、手や足技の起動や角度、力の伝え方を具体的に確認でき、誤った動きを修正するのに役立ちます。これにより、先人たちの技術や哲学を動きを通じでより正確に学ことが可能になるのです。

一家に一台木人樁!?

木人樁にはスタンド式と壁固定式の2種類があります。かつて詠春拳は紅船(オペラ劇団の移動手段)で伝承されていたため、当初は甲板固定式でしたが、時代とともにスタンド式が生まれました。価格はスタンド式が約HK$2,000、壁固定式が約HK$7,000。

道場に木人樁はありますが、家に設置したいと考える人も少なくありません。しかし、香港の住宅事情では、スタンド式でもかなり面積をとってしまいます。「奥さんに無断で購入し、家庭崩壊の危機に……」なんて笑話もあるくらいなので、慎重に計画することをおすすめします。

ちなみに、わたしは知り合いから中古の木人樁を譲り受けました。毎日練習できるのは最高なのですが、気づけば腕にシャツやジャケットが……。まさかの衣紋掛け化。でも、これも一つの「実用性」なのかもしれません。


タッカー

葉問一番弟子の梁相師公の直弟子である林樹成師父の入室弟子(内弟子)となり、林一門では外国人として初の師範免許を取得。林樹成詠春國術會の助教(アシスタントインストラクター)として活躍するかたわら、香港で日本人などを対象にした香港詠春拳クラブ(Hong Kong Wing Chun Club)を主宰。2022年、香港武術教練公会(香港武術指導者協会)登録会員。

X:wingchun_tucker
IG: wingchun_tucker
Website: wingchun.fit
FB: lsswingchun

 

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