2022/07/15

臨床心理士は心の専門家

「わたしたちは、話を聞くプロなんです」河合さんは、自身の仕事をそう説明した。

彼女は、臨床心理士として日本のクリニックや小学校、刑務所などでカウンセリングに取り組んできた。今年の1月から、香港の中環にあるクリニックに勤務し、精神科医とタッグを組んで治療を行っている。

「病気の原因になる心理的な問題を解決するために、カウンセリングをされる方もいますが、自分自身をより深く理解するためにカウンセリングを受ける方もいらっしゃいます。臨床心理士は、患者さんの心の旅の伴走者として、専門的に援助するのが仕事。ご自身の問題に対して、どんな気持ちを抱えているのか、これまでの生い立ちが現在の状態にどのようにつながっているのかなど、適切な方法で掘り下げていきます。たとえば、対人関係で悩まれている方が、話をする中で、自分のコミュニケーションパターンが攻撃的だった、あるいは依存的だったと気づく場合もあります」

コロナパンデミックが続く現在、クリニックでは、対面だけでなくオンラインでのカウンセリングにも対応している。

「この年半で誰もが疲弊している印象はありますね。(香港に住む外国人の中でも)一般的に日本人は限界までがんばりがち。耐えられなくなり、蓄積したものが爆発してしまう方もいます。その他の国の方は、環境がイヤなら引っ越したり転職したり、柔軟な対応をされる方が多いのですが」

コロナ禍になって飼い始めた熱帯魚。孵化(ふか)した稚魚を探すのが最近の楽しみ。

河合さんによると、自然災害が起きたとき、人間は一致団結して戦おうとするのだそう。確かに、コロナウイルス発生初期はそうだったが、今は状態が変わってきている。

「行動規制や隔離施設への不安などが長く続くと、人間は怒りを抱くものですが、漠然とした怒りに適切に対処するのは難しい。専門家のサポートで怒りを見極めて対応することも大切です」

河合さんは、幼稚園から高校までいわゆる有名一貫校に通っていたが、「個人」でなく学校名で判断されることに対して、常に違和感を抱いていたという。守られた世界から出ようと、アメリカの大学へ。そして、臨床心理士の資格取得のために日本に戻り、大学院で臨床心理学を学んだ。

「自分を理解しないまま患者さんの治療なんてできませんから、大学院では自分自身と向き合うセッションでしごかれました。まるで千本ノックですよ。集団精神療法のクラスでは、それまで胸に抱えてきたものが出てきて、涙が止まらない学生が続出しました。教授は『命を預かる仕事をする覚悟がないならやめろ!』と厳しかったですね」

訓練を重ねたことで、河合さんは心の専門家としての技法を身につけ、セッション後に気持ちを切り替えられるようになった。自身の心を守るために、それは大切なことだという。

仕事を辞めて香港へ来た当初は情熱をもてあまし、香港の大学で中医学と薬膳のクラスを受講したそう。

香港で自宅出産!?

夫の転職に伴い香港へ移住したのが6年半前。 人のお子さんの話になると、「自分の子どもには全然冷静に対応できないんですよ!」と母親の顔に。そして「実は、2人目の子は間に合わなくて自宅出産だったんです」と 、さらっとつけ加えた。え?……香港で自宅出産? 思わず耳を疑った。

「夫は日本へ出張中で、家にいたのは当時3歳半の長女とヘルパーさんだけ。予定日より早くお腹が痛くなって、陣痛かなと思ったときにはもう動けなくて、赤ちゃんが出てきてしまったんです」

夫に電話で出産の模様をライブ中継しながら、「リビングルームで数回力んだら産まれた」という。へその緒がついた状態で、そのまま救急車で病院へ運ばれた。出産後の連絡で事情を知ったマンションスタッフも、事情聴取(事件扱い?)をしに来た警察官も、「一体どうしちゃったの」と驚きを隠せない様子だったそう 。母子共に元気だったのが救いだ。それにしても、計画出産が主流で、風水で出産の日や時間を決める人もいる香港で、河合さんの自宅出産は極めて稀なケースだったに違いない。

いつかは香港で仕事をしたいと願いながらも、出産と子育てに追われる日々。そんなときにクリニックの話が舞い込んできた。3人の幼い子どもたちの育児と仕事の両立に不安がなかったわけではないが、「子どもに母親が働く姿を見せたい」という夫の後押しもあり、クリニックへの勤務を決めた。

「日本だと、わたしのような非常勤では子どもを保育園に預けるのが難しいんです。でも、香港では住み込みのヘルパーさんがいるおかげで、子どもが小さくても仕事に行ける。本当にありがたいです」

患者の目線で世界を見る

東日本大震災で、福島から東京へ避難されてきた方々を担当したときのことは忘れられないと、河合さんは言う。圧倒的な力に押しつぶされ、立ち上がりたくても、体力も気力も残っていないという方に対して、河合さんは寄り添うことに徹した。とにかく、その方のいる世界を描写し、「今こういう気持ちでいるんですね」「その気持ちはこういう感じに似ていますか?」と聞くなど、その方の気持ちを言葉にして、同じ目線に立つことに集中した。

スクールカウンセラーとして勤務した小学校では、友だち付き合いがうまくいかず「問題児」というレッテルを貼られていた子も担当した。そのときも、子どもを評価するのでなく、その子から見える世界をただ理解するようにしていたという。子どもは、安心できる場所や人が見つかれば好転するのも早く、「子どものレジリエンス(折れない心)はすごい」としみじみ感じたそう

身体を健やかに保つために医師やトレーナーを頼るのと同じように、心をメンテナンスするためにカウンセラーを使う。ときにはそれが必要だ。

「なんだか気持ちがモヤモヤするな、育児で疲れたな、というときに、ちょっと話をしに行ってみようかという感覚で、カウンセリングを利用してください。友だちや家族には話しにくいことでも、ここなら安全にお話できますから」

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*Hong Kong LEI vol.50 掲載

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