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2026/05/09

香港の老舗の歴史にまつわるお話を香港老舖記錄冊 Hong Kong Historical Shopsさんとのコラボでご紹介したいと思います。香港老舖記錄冊さんは、Facebookなどで香港の歴史的なお店を独自で取材して発信しています。香港文化の象徴として老舗の存在は欠かせない、老舗が存続していくことが香港の文化を盛り立てることだと言います。香港を愛するHong Kong LEI編集部のわたしたちもまた、昔から愛され続けている香港で誕生した商品が、どんな会社によって作られ、どんな背景で誕生したのか、また、どんなところで、どんなふうに作られていたのかなどを垣間見たくなりました。題して「香港オタクのための愛すべき香港老舗の歴史をたどる」です。でも長いのではしょりまして(笑)「香港老舗の歴史をたどる」と命名いたしました。どうぞよろしくお願い申し上げます。


今回ご紹介するのは、上環にあった「海安咖啡室」です。2021年10月30日に惜しまれながら閉店しました。香港の茶餐廳の中でも、独特のポリシーとこだわりがあり、それを貫いた上での有終の美だったようです。どんな歴史とストーリーがあるのか覗いてみましょう。


海安咖啡室–上環
創於: 1952年
經營: 茶餐廳
地址: 上環干諾道西17號地舖
撰文: 阿金@HONG KONG D
攝影: 阿金@HONG KONG D

海安の独特さ

香港で現存する2番目に古い冰室であり、1952年に開業してから現在に至ります(編集者注:)。もう少しで70周年(プラチナジュビリー)を迎えようとしていました。海安はメディアの取材をほとんど受けないため、最も古い歴史を持つ油麻地の美都餐室と比べると、脚光を浴びる機会が少ない存在です。

海安は、いわゆる「コーヒー大王」と呼ばれた黄橋氏が創業した捷榮咖啡の流れを汲んでいます。同じく黄橋氏の手による九龍冰室や蘭香室などはすでに閉店しており、海安は唯一現存する店舗です。黄橋氏が20年以上経営した後、当時の従業員であった欧陽蝦氏(通称「蝦叔」)に引き継がれ、その後一時期は黄伯の手に渡りましたが、2011年からは蝦叔の娘である欧陽(Annie)氏が引き継ぎ、現在に至っています。

かつてこの一帯が船員や港湾労働者で賑わっていた時代、海安は埠頭の近くに位置していたため、主に船員にサービスを提供していました。「海安」という店名には「航海安全・天候順調」という意味が込められています。

欧陽氏姉弟が引き継いでからの約10年間で、海安という看板は一段と発展しました。個人的には、香港における老舗継承の模範的な事例の一つだと考えています。かつては来客も少なく、閉店寸前の状態から、現在では地元の人々に支持され、観光客にも愛される冰室へと変貌しました。その背景には、細部に至るまでの徹底したこだわりと、日々変わらぬ努力の積み重ねと顧客からの信頼があります。(中略)

店の外にある希少なひさし付きのファサードや大きな鉄製シャッター、手書きの看板文字から、店内の冷蔵ケース、ダイヤル式電話、レジ、鉄製扇風機、コンセント式の時計、無垢材のボックス席に至るまで、あらゆる細部から「海安」の歴史の重みが感じられます。二代目が引き継いでからも、大規模な改装は行わず、できる限り本来の姿と味わいを守ってきました。築70年以上の唐楼の中で、当時の姿を保ちながら営業を続けることは、実際に担っている人でなければ、その大変さは理解できないでしょう。古さを守ることで日々どれほど多くの問題に直面するか。すべてを取り壊して一から作り直すよりも、はるかに多くの時間と労力を必要とします。

現在、清潔で快適な空間で温かいミルクティーやフレンチトーストを楽しむことができますが、かつての海安は非常に汚れ、老朽化が進んでいました。「痰を吐かないでください」という注意書きも、昔は飾りではありませんでした。現在では調味料の容器やシロップ瓶に至るまで非常に清潔で、べたつきは一切ありません。これは閉店後にすべての備品を片付け、一つひとつ丁寧に拭き上げているためです。

平日午後3時半からこうした清掃作業に充てられ、通常は4時閉店、金曜日はさらに早い午後2時半に閉店します。これは店主が、年配の従業員が銀行や通院などの用事を済ませやすいよう配慮しているためです。日曜日と祝日は必ず休業し、スタッフ一人ひとりが家族と過ごす時間を大切にできるようにしています。旧正月には2週間以上休みを取ります。海安は本来ならもっと利益を追求することもできるはずなのに、あえてそうしていないのです。

彼らには、ある意味で不器用なまでの理想や信念が数多くあります。土地の高い香港では、ほとんどの茶餐廳や冰室が回転率を最大限に上げて、少しでも多く稼ぐことを重視しています。ですが海安では、比較的ゆっくりと長く座って過ごすことができます。食事を終えても、店員がすぐに食器を下げることはありません。店主は何度もこう語っていました。「店の外に長い行列ができることを望んでいるわけではなく、訪れた一人ひとりがこの空間をゆっくり楽しんでほしい」と。冰室とは、本来人が少し立ち止まり、時間をゆるやかに過ごすための場所であってほしいのだと……。多くの人は、海安が持ちビルだからこそ、こうした“現実離れした”考え方ができるのだと思っていますが、実際には彼らも家賃を払いながら営業しているのです。

土鍋入り公仔麵は、提供時に必ずお客の目の前で蓋を開けることにこだわり、紅豆冰には独自の伝統的な作り方と飲み方があります。エッグタルトが冷めていれば温め直すかどうかを尋ねてくれますし、蔥蛋碎牛に黒胡椒がかかっていないのを見れば、さりげなく手を貸してくれます。さらに、三色豆をわざわざ手切りしていたという話に至っては、もはや奇談レベル……。こうした細やかなこだわりから、友人とわたしは冗談交じりに海安のことを「茶餐廳のファインダイニング」と呼んでいます。

かつてはメニューも少なく、茶餐廳の定番であるサテービーフでさえ、ここ数年でようやく加わりました。メニューに新しい料理を一品加えるにも、何度も試作を重ねたうえでようやく提供されます。海安は小さな創意工夫にあふれていて、実は一般販売されていない料理も数多く存在します。ロールケーキに小豆を添えたり、冷たいエッグタルトにレモンを加えたり、杏仁ドリンクにミルクティーを合わせたりと、どれも海安らしい独自の味わいです。常連客に試食してもらい高評価を得たとしても、すぐに商品化することはなく、大量生産が難しいために結局世に出なかった“自分たちだけの楽しみ”の料理もたくさんあります。

店主は、自分たちの厨房を「小さな実験室のようなものだ」と笑います。香港の昔ながらの冰室では、メニューが何十年もほとんど変わらないことが一般的ですが、海安は伝統を守りながらも新しい試みに挑戦する、そのバランスをうまく取っているのです。

(中略)

本来であれば、彼らにはもう一つの敏華冰廳や金記冰室のような成功物語を築けるポテンシャルがあります。それでも彼らは、小さな一軒の店をしっかりとやりきることで十分だと考え、そこにこだわり続けています。

もともと高収入で安定した職に就いていた店主は、店先で会計をするだけの楽な役割を選ぶこともできたはずです。しかし彼女はあえて現場に立ち、最も大変な仕事を担っています。毎日午前3時に店を開け、雨の日も風の日も変わらず、朝11時には自ら厚切りチャーシューを仕込み、最後にシャッターを下ろして店を後にします。この8年間、彼女がかつての生き生きとした姿から、年々疲れがにじむ表情へと変わっていくのを目の当たりにすると、この店にどれほどのものを捧げてきたのかが、痛いほど伝わってきます。

もしかすると、海安はこの時点でひとつの終止符を打つことが、すでに避けられない結末だったのかもしれません。老舗がそのまま受け継がれていかない理由は、実にさまざまです。それでも彼らがこの場所に残した、丁寧に積み重ねてきた仕事への姿勢と、人を大切にする精神は、多くの人の心に深く刻まれています。さらには、「店とは過去の歴史にしがみつき、それを消費するだけであってはならない。今をきちんと積み重ねていくことこそが最も大切なのだ」と、改めて考えさせられた人もいるのです。

 

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