2024/04/12

マレーシア出身、台湾で活躍するツァイ・ミンリャン(蔡明亮)監督。彼の作品はベネチア国際映画祭金獅子賞をはじめ世界各国の映画賞を受賞し、日本でも高い評価を得ています。今回、第48屆香港國際電影節では彼が過去10年にわたって撮り続けている「ウォーカーシリーズ(行者シリーズ)」の最新作、「Abiding Nowhere(無所住)」が出品されました。俳優リー・カンション(李康生)氏が僧侶に扮して、超スローモーションでさまざまな都市を歩く姿を撮った「ウォーカーシリーズ」には、商業映画界からは引退したツァイ監督の美学が詰まっています。

ツァイ監督と出演した俳優のリー・カンション氏、俳優Anong Houngheuangsy氏に最新作について、そして監督と日本、香港との関係についてお話を伺いました。

「Abiding Nowhere」スチール(写真提供:HKIFF48)©Claude Wong

編集部
ツァイ監督の「ウォーカーシリーズ」の一連の作品は、極端に遅いスピードで歩く僧(リー・カンション氏)、そして2016年以降は街をランダムに歩くAnong Houngheuangsy氏をただただ撮り続けるという作品です。今回出品された最新作「Abiding Nowhere」は音楽、ナレーションはおろかセリフもありません。この映画をどう読み解くのかは、完全に観客にゆだねられています。そのため、監督の意図しなかった解釈がなされる可能性も大きいと思います。

ツァイ監督
この映画を修練の場だと思っていただければと思います。オーディエンスにはこの映画を「道場」だととらえて欲しいです。つまり映画に自身を没入して、体験して欲しい。映画は、その体験したことを学ぶ場所だと考えて、自ら映画の意味を導き出して欲しいのです。その結果、それぞれ異なる解釈を持っていただくこと、それが最も適切な観客と映画とのコミュニケーション方法だと考えています。

この映画のコンセプトは非常に限られた表現方法で提示されています。商業的映画、政治的映画、そういったカテゴリーを超える表現方法を模索したんです。繰り返しになりますが、観客自身でスクリーンを読み取って欲しいと考えていますし、その結果、わたしの意図しない解釈や意見が出たとしても、わたしはそれを受け入れます。これまでも様々な自由な意見をいただきましたし、わたしの映画を拒絶する人ももちろんいました。でも、それでいいんです。

 

編集部
監督は「ウォーカーシリーズ」の作品を10年間続けて撮ってきました。一連の作品では僧侶に扮したリー氏に対する通行人の様々な反応が、見どころの一つとなっています。この10年で通行人の反応に変化はありましたか?

ツァイ監督
(映画に反映される違いは)時間経過よりも、地域差によるものが大きいですね。例えばフランスでは彼(僧侶に扮したリー氏)に話しかけようとしたり、彼の前で手をかざしたり(まるで「あなた目が見えるの?」と確認するようなしぐさ)といった多くのリアクションがありました。彼にお金を恵もうとした人までいたんですよ。それに対して、最新作を撮影した米ワシントンDCでは通行人の反応は乏しかったです。まるで俳優が誰にも見えない透明人間になったかのように感じました。日本で撮影した「ウォーカーシリーズ」作品「無無眠」では俳優の安藤政信氏を起用し、東京の渋谷で撮影したのですが、時間が早朝だったので通行人は少なく、彼らの反応をうかがうことはできませんでした。この時はカプセルホテルなども撮影し、時間に追われた日本人のライフスタイルを感じました。

「Abiding Nowhere」スチール(写真提供:HKIFF48)©Claude Wong

編集部
「ウォーカーシリーズ」の撮影で最も苦労することは何ですか?

ツァイ監督
天候ですね。例えばマレーシアでは猛暑、東京での撮影時は極寒でした。そんな中での俳優の体調管理や感情の変化には気を遣います。東京の時には袈裟の下にスカーフを巻くなど配慮をしました。あと、砂漠で焼けるように熱い砂の上を裸足で歩かなければならないということもありました。俳優は何事もないような顔を保たなくてはならないので大変です。

俳優リー・カンション氏
撮影が大変な時は心の中でお経を唱えています。極端な天候下での撮影や、周囲の騒音が大きい時など、心が乱れたり気性が変化したりする要素はいくらでもあります。そんな時は監督の「カット」という声が聞こえるまで心の中で祈り続けているんです。袈裟を身に着けている間、わたしはベジタリアンになるんです。そうすることで僧侶に敬意を払っています。

 

編集部
10年の間に様々な場所で「ウォーカーシリーズ」を撮影されました。同じ場所でもう一度撮影してみたいと思える場所はありますか?

ツァイ監督
シリーズの最初に撮影した、西安からインドへの旅をもう一度したいですね。(「ウォーカーシリーズ」は、唐時代に玄奘三蔵が中国からインドまで17年かけて歩いたといわれる故事にインスパイアされています)この旅では様々な経験をして、今思えば貴重なモーメントの連続でした。もちろん旅の行先は決まっていたのですが、撮影中にはどこに行くかわからないような気持ちと、同時に「行かねばならぬ」という不思議な衝動に駆られていたんです。それぞれの国で手探りで前に進むような感覚を覚えました。
とは言え、今後我々を招待してくれる国があればどこへでも喜んで訪れます。もともとは1年に1本の映画作りを10年続けるということが目的だったのですが、すでに今回の作品で達成してしまいました。夢がかなったんです。でも、このジャーニーは今後も続けたいと思っています。
「スローの力(遅いことの力)」は強いです。有意義で、美しくもあります。現代のスピード社会とは対立するコンセプトですが、速度を落として、気持ちを落ち着けることはとても重要です。

「Abiding Nowhere」スチール(写真提供:HKIFF48)©Claude Wong

編集部
ツァイ監督は日本で多くのファンを得ています。なぜ日本で大きな支持を受けるんでしょうか。

ツァイ監督
それはわたしが日本映画の大ファンだからです(笑)日本と台湾は距離的にも近く、文化も似通った部分が多いです。つまり、分かり合える部分が多く、お互いを親しく感じるのです。コミュニケーションが容易なこと、そしてお互いを深いレベルで理解し合えることが理由なのではないでしょうか。

 

編集部
最後に香港映画について。香港映画は80年代、90年代を最後に、低迷期に陥ったとも言われています。過去のような輝かしさを取り戻すことは可能だと思いますか?

ツァイ監督
わたしは若い時、たくさんの香港映画を観ましたし、香港はわたしにとって親しみのある愛すべき場所です。2019年には「ウォーカーシリーズ」を香港で撮影しました。香港映画が返り咲くことを切望しています。ただ、香港映画の将来には難しい要素があることを感じます。創造性にとって一番大切な要素は自由ですから。


取材協力

The 48th Hong Kong International Film Festival / 第48屆香港國際電影節

#HKIFF48

Mira Hotel
https://www.instagram.com/mirahotel.id/

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