2022/01/11

ある日のこと。病院の待合室で、eHealth という電子カルテの宣伝ビデオを何気なく見ていました。字幕は標準中国語と英語です。

さて、画面に写ったのは具合の悪そうな幼い息子を前に、何やら心配そうに話しをしている夫婦。若くてハンサムなお父さんが、これまた若くて美しい妻に向かって呼びかけます。

「老婆」。

オイ、君! 若くて美しい妻に向かって「老婆」とは何事か!! と思ったのですが、でも、『老婆』の下の英語字幕は「sweetie」となっています。あれ?「老婆」と書いて「スイーティー」と読む??

疑問に思っていたところ、ちょうど翌日の広東語レッスンのテキストに出て来ました。妻の呼び方、「老婆」。早速先生に聞いてみることにしました。「先生。日本人男性が妻に『おい、老婆』などいう呼びかけをしたら間違いなく夫婦喧嘩が勃発しますが、広東語では、それはスイーティーという甘いささやきの言葉なのですか?」と。すると困ったような顔をした先生は「いえ、別にスイーティーってほどではないけど、言われて頭にくるようなこともない、何とも中立的なただの呼びかけの言葉ですね。友人などに『わたしの妻が……』と言う時には『我老婆……』というような言い方もします。太太(タイタイ−ミセスのこと)よりもう少しくだけた感じですね」と説明して下さいました。

そもそも腹周りの脂肪に加えシミと白髪が気になるお年頃のミセスに『太い太い』ってつけるのはどうかと思うのですが、その上、旦那からも『老婆』と呼び掛けられたら……もう、わたしを姥捨山に連れてって! って逆ギレしたくなるところです。

ところで妻が老婆なら、夫は老爺なのでしょうか? 日本育ちのわたしの感覚では、婆と爺は対となり、協力しあい、桃太郎を育てたり、枯れ木に花を咲かせたり、大きなカブを引っこ抜いたり(おっとこちらはロシア民話!)と相場は決まっているのですが、広東語で『老爺』というと、夫ではなく、妻から見ての義父となります。そして夫は『老公』でした。ややこしいですね。どうも、婆と爺が単純に対になっているということではないようなので注意して下さい。

老婆という表現が出たついでに、この老婆の名を冠した美味しい広東地方伝統のお菓子をご紹介しましょう。その名も老婆餅(ロウポーべン)。老婆と餅。いい組み合わせです。日本的感覚ですと、老婆が火鉢でじっくり焼いた手作りあんこ餅を想像しますが、広東語での意味は『妻が作った菓子』。名前の由来は諸説あるようですが、お味の方はと言いますと、パイ生地に甘さ控えめの冬瓜の餡が入っており、その餡の食感がもちもちしていて好好味、ホウホウメイ!(好=すっごく、好味=美味しい)。大抵どこの中国菓子屋のショーケースにも並んでいますので、是非覗いてみてください!

老婆餅はまた、香港を舞台にしたミステリー、『13・67』(陳浩基著)の最終話にも登場します。日本で『このミステリーがすごい!』を始め各賞を受賞したこの本、香港の歩んできた過去50年を物語の背景におりこんでいる点、また香港在住の方であれば地理関係やその土地の雰囲気もよくわかると言う点から、老婆餅と共に長い冬の夜の御供に是非皆さまにお勧めしたいと思います。

話を呼びかけに関する表現に戻しましょう。広東語では英語と同様に、敬称が男性用、既婚女性用、未婚女性用、と分かれております。ミスターが『先生』、ミセスは先ほどご紹介しました『太太』、そして未婚女性は『小姐』です。英語では女性の既婚、未婚に関わらずに使用できる『Ms.』がありますが、香港にはありません。ある日、習ったばかりの『太太』を使って、早速先生に「陳太太(仮名です)」と呼んでみたところ、なんと「あなた、わたしが既婚か未婚か知らないでしょう? そういう時は安全策をとって『陳小姐』と呼びかけることをお勧めしますよ」と言われました。

性別や既婚未婚を問わずに誰にでも『さん』か『様』をつければいい日本で育ったわたしには、ちょっと慣れない習慣です。また以前住んでいたフランスでは、外で見知らぬ女性へ呼びかける際に『マドモワゼル』や『マダム』を使用しますが、これは未婚既婚に関係なく、ピチピチのヤングレディ以外は全員『マダム』と呼びます。来港当初に家具の配達および組立に来たお兄ちゃんに数回『ミス』と呼びかけられまして、その時「ほう、わたしはそんなに若く見えるのか」とすっかり気をよくしてしまい、彼の帰り際にチップを思い切り弾んだということがあります。でも今考えるとただ単に、「知らないオバサンだし、既婚か未婚か知らないから『ミス』って呼んでおこう」と思っただけなのでしょうね。新しい気付きは喜びですが、多めにあげた分のチップが返ってこないのは無念です。

その後、呼びかけについての授業中、ふと先生がこう続けました。「呼びかけと言えば、最近の若い人達は自分の彼氏や彼女のことを豬(ジュー、日本語でいう豚です)って呼びあっていますね。これは親しみを込めて」。ビックリしたわたしが「先生、日本で彼氏が彼女に『おい、ブタ』なんて呼びかけたら、間違いなくビンタが飛んできます!!」と言うと、苦笑いされました。

いよいよ来月2月は『情人節』、バレンタインデーがやってきますね。香港のバレンタインデーは欧米同様、男性が女性に花束を贈ったり、お互いにプレゼントを贈りあう日だそうです。今年の『情人節』はチョコレートのことは忘れ、恋人と豚と呼び合いながらブヒブヒプレゼント交換をしたり、または旦那様に『老婆や』と呼ばれながら、行灯の灯ったテーブルでディナーを楽しんだりと、そんな香港風のロマンチックが止まらない一日を過ごすのもよいかもしれません!

ではまた次回!


小林杏 (Anne Kobayashi)


東京都出身、青山学院大学仏文科卒。ニュージーランド、日本、フランス、英国での就業経験あり。ロンドンでの出産子育てを経て、2020年に来港。今まで住んできた土地のように、香港も愛おしい場所となりつつある今日この頃。趣味は読書、舞台芸術鑑賞とカンフー映画鑑賞。

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