2024/12/20
社会の見方がかわる、そんな体験をして欲しくて
聞き手:紅磡リンダ
編集:深川美保
〈目次〉
<従来の枠にとどまらない美術館、M+>
<作家活動からキュレーターの世界へ>
<アートにまつわる文脈を紐解く>
<横山さんに3つの質問〉
<従来の枠にとどまらない美術館、M+>
中国で最も有名なクチュールアーティストのひとり、郭培(グオ・ペイ)。彼女の展覧会が2024年秋に、香港の美術館 M+(エムプラス)で始まった。世界中から注目を浴びる彼女の展覧会、そのオープニングの記者会見で、ずらり並んだ報道陣を前にプロフェッショナルにかつ楽しそうに作品を紹介する女性がいた。横山いくこさん、M+ デザイン&建築部門のリードキュレーターだ。
美術館には収蔵作品の収集、調査研究、展示企画を行う専門職がいる。それがキュレーター。横山さんのお仕事だ。
ただ、横山さんの職場であるM+は一味違う。M+という名称の「プラス」は「従来の美術館が扱うアートの枠にとどまらない」という意味。アジア初のヴィジュアル・カルチャー美術館として、伝統的な美術の捉え方にこだわらず、学際的な視点で作品を捉えなおすという方針をとっている。
郭培(グオ・ペイ)氏とともに。M+会場にて。(Photo: Winnie Yeung @ Visual Voices, Image Courtesy of M+, Hong Kong)
前述の郭培の展覧会は、横山さんが手がけた企画のひとつ。ここで展示されているのはまばゆいクチュールドレスの数々だが、横山さんは、文化革命で失われた中国の伝統工芸の復活までをリサーチし、欧州と東洋の服飾文化の歴史、ひいては現代のファストファッションへ疑問を感じて欲しいといった社会的メッセージを込めた。「服飾デザインのひとつをとっても、地域情勢、政治、環境問題といった社会問題と切っても切り離せない」と、新しい視点をもたらしてくれるのだ。
郭培(グオ・ペイ)氏の展覧会「Guo Pei: Fashioning Imagination」より。(Photo: Dan Leung, Image courtesy of M+, Hong Kong)
(Photo: Dan Leung, Image courtesy of M+, Hong Kong)
<作家活動からキュレーターの世界へ>
「わたしはラッキーなことに、仕事と趣味が完全に一致してるんです」と語る横山さん。楽しそうに作品を案内していた姿も、さもありなんだ。しかし、彼女がキュレーターという職業に巡り合ったのは意外にも遅い。もともと彼女は椅子のデザインをやってみたいと日本の美術大学の工業デザイン科に入り、さらにスウェーデンの美術学校を卒業し、同国でパブリックアートの作家として社会に出たという経歴を持つ。キュレーターを目指したのはその後なのだ。
「自分のアトリエを借りて、作家としてスタートを切ったとたんに、作家は孤独な作業だと気づいたんです」。自分には向いてないと思い、当時のパートナーとギャラリーをオープンしたのだという。このギャラリーを通じて他のアーティストや作家をサポートしたり、展覧会を企画するという仕事に楽しさを覚え、徐々にキュレーターという仕事に目覚めたのだという。
そして「これがわたしの領域」と確信するに至った横山さんは学生に戻る決意をし、スウェーデンの美術大学に新設されたキュレーションを専門に学べるコースに入学。卒業後もスウェーデンに残り、同大学のエキシビジョンマネージャー、インディペンデントのキュレーターなどとして活躍した。
ちょうどその頃、はるかかなたの香港ではM+の建設計画が動いていた。幅広い芸術作品の発信を目指す美術館設立のため、既存のキュレーターの枠にとどまらない人材を探していたM+の要望に、横山さんがぴったり合致したのだ。
「わたしはキュレーターという職に巡り合うまで、回り道をしてきました。作り手側もキュレーター側もやったので、専門分野だけに深い知識を持つ従来のキュレーターにはない俯瞰力があります。そんなところがM+にとってちょうどよかったんですね」。横山さんはM+の理念に賛同し、それまで一度も来た事がなかった香港へ引っ越しを決めた。
企画展「Making It Matters」では、修復されたテイラーのネオンサインと様々なネオン看板のオリジナルスケッチが新たに展示に加わった。(Photo: Dan Leung, Image courtesy of M+, Hong Kong)
<アートにまつわる文脈を紐解く>
M+で仕事を始めて以来、横山さんはウォークマンを「自分だけの世界に浸るという新たな文化、今で言う『おひとり様カルチャー』をつくった装置」として展示したり、日本のデザイナー、倉俣史朗が手掛けた寿司屋「きよ友」の店舗を新橋から丸ごとM+のギャラリー内に移築して展示するなど、話題のプロジェクトを手掛けてきた。
直近では、建築家黑川紀章の代表的作品であり、老朽化によって取り壊しされた中銀カプセルタワービルの1ユニットを収蔵し、展示を開始している。精力的に活動を続ける横山さんの原動力は何なのだろう。
2024年、中銀カプセルビルのユニットがM+に収蔵された。(Photo: Dan Leung, Image courtesy of M+, Hong Kong)
「例えば、マグカップ。陶器で、シンプルなデザインで、価格も10HK$。消費者としての購入理由はそれでいいんです。でも、『なぜ10HK$でこれが製造できるの?作っている人のお給料は?どこでつくられているの?どうやって売られているの?』っていろんな文脈で、異なった見方ができます」
「物を一つの文脈だけで終わらずに、それが他の分野や現代にどうつながっているかを発見したり、ひいては社会の見方が変わったり。そういうことをM+に来てくれた人に体験をして欲しいなと思っています」
自身の人生自体が、そういった体験に彩られてきたという横山さん。アートやデザインを通じて時代や社会を見る目が変わる、そんな体験を提供したいと今日も仕事に向かい合っている。
M+が収蔵した中銀カプセルビル「A806号室」があった場所を指す横山さん。
<横山さんに3つの質問>
Q1: お休みの日はどう過ごされていますか?
休みの日にもアート仲間と国内外の展覧会に行きます。アートやデザイン、建築をみて、ご飯を食べて、飲んで、っていう感じです。食べるのも、ご飯を作るのも好きなので、友人を家に呼んだりもします。
Q2: スウェーデンから香港へ。生活の変化でご苦労はありましたか?
だんぜん環境です! スウェーデンで冷房が不要な生活を20年していたので、冷房に慣れていなかったし、水道水が冷たくないとか、道が汚いとか……。往来の多い道路わきで海鮮物を日干ししている光景にも疑問を感じたりしていました。今はかなり慣れましたが。
Q3: 生まれ変われるとしたら、どこで何をしたいですか?
今の仕事以外に、他にやってみたいことはないです。あと、どのタイミングで生まれ変わるかにもよりますね。200年前に生まれていたら、植物学者カール・リンネのように世界中を飛び回って植物を集めるなんて楽しそうだと思います。でも、温暖化の進んだ100年後だったら、ボタニストは希望が持てない職業ですよね(笑)。
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