2024/03/30


このコラムは4回に分けてお送りします。
第1回 まずは読んでみて!香港人が描く香港小説2選
第2回 文学研究者のボクが唸った香港小説2選
👉第3回 美しい香港食エッセー&元祖散歩学エッセー
第4回 もっと香港がわかる! 学術系ブック3選


 

香港食エッセーは星の数ほどあれど……

大東先生:小説以外に、香港に関する本といえば「食」についての本が結構ありますね。そんななかで、「食」を通して香港という土地とそこに暮らす人がわかる、素晴らしい本が何冊かあります。

編集部:食のエッセーは、平野久美子さん『食べ物が語る香港史』、牛島直美さん『香港こだわり食材百貨』、野村麻里さん『香港風味 懐かしの西多士』などがあげられます。どの著者も、香港に住み、あるいは足しげく通い、香港の食生活を身近に感じながらエッセーが綴られています。

ほかに、ガイドブックはもちろん、レシピ本、日本でもグルメで有名なチャイ・ラン氏の翻訳本など、香港の食に関しては数えきれないほどの本が発行されています。

 

珠玉の香港食エッセー『香港風味 懐かしの西多士』

(書籍情報)『香港風味: 懐かしの西多士(フレンチトースト) 』 / 野村麻里 / 平凡社 / 1,760円(税込)

大東先生:なかでも野村麻里さんは特別な書き手だなと思います。これほど文章が磨き抜かれた本はほかに読んだことがない。完成度が高いです。

しかも、この1冊を読むと、香港の食べ物だけでなく、どこに行けば香港らしい風景に出あえるかもわかる。香港への旅のお供として1冊あげるならこの本を推薦したいほどです。

編集部:野村麻里さんの『香港風味 懐かしの西多士』は、2017年に発行された本ですので、どなたも入手しやすい本だと思います。

大東先生:香港の庶民が食べる物はほぼ網羅して書いてあります。それほど、香港人の生活に入り込んでいるのに、一方で香港人を突き放し、同時に自分自身を突き放したように書いている。例えば、最初に食べたときに「まずい」と思ったものも、あとになって過去のご自分を疑って、再度食べに行っている。そういう胆力のあるお腹をお持ちの方です(笑)。

編集部:野村さんは、グルメ雑誌のライターをされていて、1996年から6年半香港に住んだと本書にあります。本書は香港返還20周年を機に発行されました。

大東先生:それほど年月が経っているとは感じられないほど、経験のどれもが瑞々しく綴られています。本書のなかに、時間をかけて煮だすスープ「老火湯(ローフォートン)」が登場しますが、まさにこの本自体が「老火湯」のようです。

また、どこをとっても野村さんの文体になっていることにも大変驚かされます。香港への関心の有無を問わず、美しいエッセーとしても、たくさんの方に読まれてほしいです。

 

お散歩エッセー陣のひとり狼、山口文憲

編集部:香港にまつわる旅の本として、旅行者の間で必ず話題に上がるのが、沢木耕太郎さんの『深夜特急』です。数冊にわたるシリーズのなかで、香港が登場するのは第1巻のみなのですが、尖沙咀のチョンキン・マンションのゲストハウスに泊まったくだりに憧れて香港を訪れたという人は多いです。

大東先生:実は中学生の時に読んで以来、手にとったことがありません。その後バックパッカーの聖典みたいになったんで、意固地になって、当時出てた巻のあとは読まず仕舞いです。

編集部:『深夜特急』の発行は1986年ですが、同じ頃に、香港に関する本として発行されたのが、山口文憲さんの『香港 旅の雑学ノート』『香港世界』です。

ガイドブックには到底載らないような、床屋の看板、パジャマで外を出歩く人、流行りの髪型などをしげしげと観察しては記録した「お散歩エッセー」です。

この2冊は発行から約40年を経て、河出書房新社から復刊されています。

『香港 旅の雑学ノート』 / 山口文憲 / 河出書房新社 / 2,002円(税込)。写真左は、1985年発行の新潮文庫版。写真右は復刊版。
『香港世界 』 / 山口文憲 / 河出書房新社 / 990円(税込)

大東先生:いま復刊を果たすとは、さすが、山口文憲さんは人気ですね。

本書に記録された香港の風景には失われたものも多いですが、今でもパジャマ姿で外をうろうろ歩いている香港人を見かけると、もう、山口さんの本を思い出さずにいられない。山口さんは、時と共に失われてもなお残る「香港らしさ」のエッセンスを、当時から掴んでいたと言えます。

学術的に言うと、これは「路上観察学」というジャンルに属するものです。1980年代、日本には、赤瀬川源平さん、藤森照信さん、南伸坊さんなど、大変な書き手がそろっていました。

香港でも、2010年以降、香港人の著者による、地元の都市風景にまつわる本が多数発行されています。一番有名な本が『香港散歩学』です。しかし、ここで切り取られている風景は、実は40年も前に山口さんが切り取ったものの焼き写しと言える。

日本の「路上観察学」が、のちの香港の散歩本に影響したのです。

編集部:香港の季刊雑誌『就係香港』も、毎回、香港のある土地が特集のテーマになっています。

大東先生:日本の数ある執筆陣のなかでも、山口文憲さんは孤高のライターでした。

ジャーナリストのように問題点を突くわけでない、センチメンタルのかけらもなく、読者の好みに歩み寄った風もない。路上で見た香港の風景を写真に撮り集め、記録していて、だから面白い。復刊した2冊とも読まれることをおすすめしたいです。

 

編集部:次回は、最終回です。『もっと香港がわかる! 学術系ブック3選』をお送りします。

大東先生:香港を知るうえで、たくさんのことを教えてくれるのが、研究者が書いた香港にまつわる本です。一般的な書物ではないものの、私は見つけたらなるべく購入するように心がけています。(つづく)

 

聞き手:深川美保(編集部)


 

大東和重

1973年兵庫県生まれ。比較文学者(日中比較文学)。関西地方の大学にて教授職。2023年4月より香港教育大学に訪問学者として滞在。1年間の在任期間、香港小説、香港関連書を読みつくし、香港の隅々まで歩きつくした。翻訳された海外の短編小説を毎回1編読んで語りつくすPodcastも更新中。
Podcast : 翻訳文学試食会 Apple Podcasts, Spotify

 

大学の講座にて、日本で刊行された香港本について語る大東先生

 

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